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約束

 わたしは自分のことが好きじゃない。好きな人に対してさえ特に優しいわけでもなく、嫌いな人にはこの世から消えてほしいと願う。好きとか嫌いという感情をもつことさえ嫌いで、誰ともかかわりたくなく、人に期待しない・されないことを潔しとしていた。

 仕事においては決してココロを入れることなく、クレームが来なければそれでよく、営業の笑顔を見せたり、世間話したりという無駄なことは何ひとつしなかった。とにかく自分ひとりで生きていき、他人に自己満足など求めようという気持ちもない。

 というわけで、私の趣味は他人がいなくてもひとりで出来ることばかりだ。プールにひとりで泳ぎにいき、家では読書をして、気晴らしは散歩だけ。

 野球だの卓球だの、誰か相手がいなければ出来ないようなことは決してしない。読書も自分が満足できればそれでよく、読書会するヤツってバカじゃない?と軽蔑していた。

 世の中にあることなんて、友達や恋人なんていなくてもたいていのことはできる。映画を見るのはひとりで良い。酒を飲むのもひとりで良い。旅行もひとりで良い。二人じゃなくちゃ出来ないことなどセックスくらいのものだ。だが、わたしはセックスには興味がないから、ひとりでいて困ることなど何もない。

 病気になったらどうする、怪我になったらどうする、と心配する人もいるが、家族がいようが恋人・友達がいようが、病気になるときには病気になるし、怪我するときには怪我をする。そのときはその時に考えればよいだけだ。


「おじさ~ん、泳ぐのうまいね。教えてくれる?」

「ちょっとだけならね」

「どうやったら25m泳げる?」

「前に進んで泳いで行けば、そのうちたどり着くよ。余計なことを考えず、前に進むことを考えればいいだけさ」

「へぇ、そうなんだね。ボクやってみるよ」

「君が25m泳げるようになっなら教えてね。アイスくらいおごってあげるからさ。じゃあ、おじさんは自分で泳ぎたいから、これでサヨウナラ」

 ガキんちょってメンドクセーな。知らん人に泳ぎ教えろとかウルセーな。


 まぁ、今日の災難はこれだけで済んだ。プールは空いていたから、たくさん思う存分泳ぐことが出来たからよしとしよう。そろそろ帰るか。

 そのときになって、またさっきのガキんちょがやって来た。

「おじさん、さっきはありがとう。ちょっと見ててね」

 何をするのかと思ったら、男の子はプールの端にから泳ぎ始めた。
 溺れているのか?と思うくらいヘタクソな泳ぎだったが、25mを完泳してみせた。さすがにわたしは驚いた。

「どう?ちゃんと見ててくれた?ぼく、ちゃんと泳げたよね」

「まぁ、ちゃんとじゃないけど、25mを泳ぎきったね。頑張ったね。じゃあ、おじさんはもう帰るから。サヨナラ」

 着替え終わって、駐車した場所までゆっくり歩き始めたとき、またガキんちょがやって来た。

「おじさん、アイスおごってよ」

 あぁ、そう言えば約束したな。しゃあないな。

「バニラでいいか?」

「うん」



おしまい


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