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2024年時事予想問題 第1位 半導体工業の新しい動き

割引あり

はじめに

今年もまた、「各社重大ニュースに載っていない/扱いは小さいが、出題されそうな時事問題」を取りあげます。本文は無料で読めます。末尾の予想問題は有料(500円)です。長年の経験に裏打ちされた実践的な問題を用意しています。よければご利用ください。
(タイトルの写真…熊本日日新聞 https://kumanichi.com/articles/1206461

(0) 日本の半導体工業の現状

日本の半導体の売り上げ割合は、バブル期の1990年には49%あり、世界一位でした。この時期に日米半導体貿易摩擦が起こります。ですが現在はわずか6%にすぎません。
また、現在の世界最先端の製造技術は、回路の幅が3nm(ナノメートル)とされています(幅が狭い方が高性能)。ですが現在の日本では、一部最先端はありますが、40nmがいいところです。日本の半導体産業は、世界の最先端技術から取り残されている状況なのです。
そうした中、2022年から日本各地に半導体工場を作る動きが加速しています。本稿ではその流れと、理由を明らかにしたいと思います。

(1)熊本・菊陽町のTSMC工場

1 TSMCとは

・TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)は、3nmという世界最先端の製造技術を持つ会社です。自分では半導体を設計せず、他の会社から生産を受注する専門の会社(ファウンドリ)です。
・主な顧客はApple、NVIDIA、AMD、インテルなど。回路の幅は細いほど性能が上がります。iPhoneの高性能は、TSMCの製造技術によるところも大きいのです。

2 熊本への受け入れ

・実際はTSMCの単独進出ではなく、ソニー、デンソーも出資した「JSMC」が受け皿となっています。
・2022年着工、2024年末操業開始の予定です。2024年1月初旬に建物は完成しました。
・回路幅は25nm~40nmと最新ではありませんが、このサイズが現在の日本では最も求められているものです。
・国から4760億円の補助金を受けています。
・熊本に決まった理由は、受け入れ先のソニーの工場や関連産業の工場があったためと、阿蘇山カルデラから流れ出す豊富な水があるためとされています。

地図データはOpenStreetMapを利用しています。

3 シリコン・アイランドとしての九州復活か

・TSMC進出は、九州の経済に大きくプラスの影響を与えています。まず、素材、材料、加工など、半導体産業に関連する工場が多数進出を決めています。関連会社だけでなく、半導体工場自体の新規建設も計画されています。すでにTSMCの第二工場計画が進行しています。また三菱電機、ソニーが近辺に半導体工場の新設を計画しています。
・TSMC進出によって、交通インフラの整備も急速に進んでいます。
→「10分・20分構想」。熊本都市圏南連絡道路、熊本都市圏北連絡道路、熊本空港連絡道路の三つのバイパス高速道路を完成させることで、「熊本市中心部からICまでを10分、ICから熊本空港までを20分で結ぶ」交通網を作ろうとしています。

出典:熊本市 https://www.city.kumamoto.jp/hpkiji/pub/Detail.aspx?c_id=5&id=39800

→2022年11月、JR九州と熊本県は、豊肥本線肥後大津駅から分岐して阿蘇くまもと空港に至るアクセス路線の建設に関する確認書を取り交わしました。2034年度末の開業を目指しています。肥後大津駅は南阿蘇鉄道が乗り入れる予定のため、観光業の面でも有利です。
路面電車の延長、モノレールも検討されましたが、輸送力と定時性が優れ、所要時間も短いため、鉄道に決まりました。

出典:熊本県 https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/life/168929_417281_misc.pdf

→2023年12月、JR九州は、豊肥本線の三里木~原町の間、TSMC工場の近くに、新しい駅を設置することを発表しました。

バブル期、半導体工業が盛んだった九州は、「シリコンアイランド」と呼ばれていました。「失われた30年」の間、その名は有名無実となっていましたが、ここに来て復活が予想されるのです。
そしてそれは地域活性化に大きく貢献すると考えられます。九州フィナンシャルグループは、経済効果を10年で6.8兆円と見込んでいます。まさに九州は半導体で大いに盛り上がっているのです。

4 課題

ただ、急速に変化が進んでいますので、課題も抱えています。
・まず急増する人口対策です。この地域はまだ農地が多く、工場で働く人向けの住宅が足りていません。食事をするところ、買い物をする場所の整備もまだこれからです。
・台湾をはじめとする外国からの人材受け入れ対策が不十分です。台湾からは優秀な人材が家族ぐるみでやってきます。そうした人を受け入れるためには、住宅の整備も重要でしょうが、教育での受け入れも重要です。
激しい交通渋滞が予想されています。すでにこの地域ではラッシュ時には渋滞が発生しています。そのための「10分・20分構想」なのですが、TSMC工場稼働には間に合わない可能性があります。
環境対策に不安があります。特に水です。半導体工業は大量の水を必要とします。かつては地下水に有害物質が入ってしまう汚染がありました(ハイテク公害と呼ばれました)。また工業用水の増加は、農業用水とバッティングするおそれがあります。

(2) 北海道のラピダス

1 ラピダスとは

・ラピダスは、トヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、NTT、NEC、ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJ銀行の8社が出資して作られた新しい会社です。2027年に回路幅2nmの半導体を量産することを目標としています。
・回路幅2nmは、現在TSMCでも達成できていません。この技術については、アメリカのIBMから供与を受けることが決まっています。ただこの技術は実験室レベルでは成功していますが、量産で使っているところはありません。
・場所は新千歳空港のすぐ隣です。
・国から2600億円の補助を受けています。

OpenStreetMapのデータを利用しています。

2 北海道に決まった理由

・半導体製造に欠かせない水が豊富であるためです。
・新千歳空港のすぐ近くであるため、海外への輸出に有利です。また札幌とのアクセスも便利です。

3 他の半導体工場との違い

・九州も、次に挙げる宮城も、外国企業との合弁です。一方ラピダスは、日本企業の連合体です。外国企業との合弁だと、外国の事情によって経営が左右されてしまう可能性がありますが、国内資本だとその心配はありません
・実は以前も、日本企業が連合して作られた半導体企業がありました。NEC、日立、三菱のメモリー部門が合併した「エルピーダメモリ」です。ですが2008年のリーマンショック以降危機に陥り、2012年に会社更生法が適用され破綻しました。同社は現在、アメリカのマイクロン・テクノロジの完全子会社になっています。
・2nmの回路はまだ量産例がなく、技術はアメリカ頼みです。加えてエルピーダメモリは、国が保護する動きを見せましたが、結局破綻しました。エルピーダを覚えている人たちからすると、このプロジェクトは「絵に描いた餅」感が強くあります。

4 影響

・北海道新産業創造機構は、ラピダス進出に伴う北海道における経済波及効果は、2036年度までの累計で最大18兆8000億円に達するとの試算を発表しました。
・またTSMC同様、関連産業の進出も計画されています。北海道は、人口減少に伴う経済停滞が進んでいましたが、ラピダスは大きなてこ入れ策になると期待されているのです。
・一方TSMCと同様、交通問題、環境問題、従業員や技術者の受け入れ先(住居、商店、学校など)の問題が起こると予想されています。
・また北海道は建築の力が限られているため(道外から借りてくるのが難しい)、2030年に予定されている北海道新幹線札幌延伸工事に影響が出るのではと懸念されています。

(3)宮城県大衡村の、SBIとPSMCの合弁工場

1 SBI、PSMCとは

・2023年7月、日本のSBIと台湾のPSMCの合弁が発表されました。2023年10月31日にはSBI、PSMC、宮城県、大衡村四者で基本合意書を締結し、宮城県大衡村(おおひらむら)に半導体工場を建てることを発表しました。
・SBIはネット上の金融サービス(銀行、証券、仮想通貨など)や、不動産、バイオサイエンス事業を行なっている、「金融コングロマリット」です。半導体工業の経験はありません。
・PSMC(Powerchip Semiconductor Manufacturing Corporation)は、台湾の半導体メーカーです。2022年現在では世界6位のファウンドリです。
「日本の金融会社が台湾の半導体メーカーと組んで、半導体製造に進出した」ことが大きな話題になっています。28nm/40nm/55nmプロセスの自動車用半導体を中心に、2027年の量産開始を目指しています。

2 大衡村に進出を決めた理由

・プレスリリースでは、「給排水、高圧電力、ロジスティック等のインフラの充実度、災害への強度、周辺の住環境、今後の産官学連携の可能性」から、大衡村に決めたとされます。
・実は大衡村の工場予定地は、トヨタ自動車東日本本社工場・大衡工場の「隣」です。自動車工場の隣で、自動車に載せる半導体を作るのですから、理にかなっているといえます。
・トヨタ自動車東日本の工場は、2011年から操業を開始しました。その際に、工業団地と大衡インターチェンジを結ぶ道路が整備されていますし、電気、工業用水なども整備されました。SBI・PSMCの工場は、「すでに整備されているインフラを活用」しているのです。こうした例は今後増えそうです。

Open Street Mapのデータを利用しています。緑の四角がトヨタの工場です。

3 不安要因

・ただ、これらの話は、すべて「国から補助金が出ること」が前提となっています。後で述べますが、国は半導体の国産化に多くの補助金を出しており、このプロジェクトに補助金を出す可能性は非常に高いといえます。ですがまだ決定ではありません。まだ「絵に描いた餅」段階であることは注意する必要があります。

(4) 日本における先端半導体工場

・キオクシア(元東芝メモリ)は、世界最大級のフラッシュメモリ(電源を切っても内容が消えないメモリー、スマホやマイクロSDに使われる)会社です。三重県四日市市と岩手県水上市に工場を持ち、フラッシュメモリに関しては世界最先端の技術が導入されています。
・マイクロンメモリージャパンの広島県東広島市にある工場は、もとエルピーダメモリの工場でした。ここでは「1β」(ベータ)と呼ばれる、2022年9月時点では世界最先端の技術を使った生産が行なわれています。まもなく「1γ」(ガンマ)の生産も始まる予定です。日本政府は工場増築や、工業用水の確保のために、補助を行なっています。
この3か所については、世界のトップクラスの技術で生産されています。

(5) 半導体工業が急増する理由

1 コロナ禍による半導体不足(特に自動車)

・それではなぜ、このように半導体工業が急増しているのでしょうか。半導体不足が明らかになったのは、2020年から本格化したコロナ禍です。コロナにより、外国からの半導体輸入は滞りました。それまでの先進国の工業(日本も含みます)は、自由貿易を進め、「半導体は安く買える国から輸入すればよい」という姿勢でした。ですがコロナによって、それが不可能になったのです。
・加えて「巣ごもり需要」がありました。テレワークに使うパソコンやスマホ向けの半導体の製造が増えた分、自動車用などの他の分野の半導体が後回しになったのです。
・そのため世界的に半導体不足が起こりました。特に影響が大きかったのが自動車です。2020年の日本の自動車生産は、前年と比べて161万6千台、16.7%減少しました。これは非常に大きなショックだったと思われます(2021年は前年比97%に持ち直しました)。
知っている通り、自動車工場では「ジャストインタイム方式」を採用しており、余分な部品の在庫を持たないことで、コストの削減をしてきました。ジャストインタイム方式の弱さは、東日本大震災などでも明らかになってきたはずですが、根本的な対策は取られてきませんでした。今回のコロナ禍によって、「日本の工業に必要な部品は日本で作らないとまずい」ことが、強く認識されたのです。

2 経済安全保障…緊張する中台関係

・世界最先端の半導体製造能力は、圧倒的に台湾に集中しています。一方で台湾と中国の間には、緊張関係があります。現状では中国が台湾を武力攻撃できる状況にあるとは思えませんが、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以来、「何が起こってもおかしくない」状況になってしまっています。「武力衝突が起こる可能性が高まる」だけでも、私たちは最先端の半導体を入手できなくなる可能性があるのです。
・また、アメリカは中国への高性能の半導体輸出を禁じていますし、中国は対抗して半導体原料の輸出に規制をかけています。これまでは中国から安価に半導体を輸入できていましたが、これからもそれが続くとは限らないのです。
国際紛争に備えて、その国の経済を維持するために必要な資源や製品を、自国でまかなえるようにしようという考えを、「経済安全保障」といいます。半導体は「(現在の)産業のコメ」と呼ばれるように、日本の工業を成り立たせるのに不可欠なものです。そのために、政府は半導体の国内生産を高めようとしているのです。そしてそれはアメリカでも、EUでも同様です。

(6)おわりに……懸念材料

・このように、現在の日本は「半導体バブル」「半導体の復権」に湧いています。そしてそれに伴い、インフラや交通網の整備も進んでいます。「衰退している」という話ばかりの日本の工業においては、珍しい例です。そのため取りあげられやすい題材といえます。ただ、懸念材料もふたつあります。
・一つは「じゃあ食糧自給率は?」というものです。2023年度補正予算で比べてみましょう。農水省の補正予算は8182億円、うち「食料安保構造転換対策」は2113億円です。一方経産省の補正予算は4.5兆円、うち「半導体生産拠点の確保」に6322億円です。輸出が望め、日本の経済拡大に寄与する可能性が高い半導体と、そうでない食糧生産では差があるのはわかりますが、「安全保障」の面では、どちらも重要なはずです。
・もう一つは、「ラピダスの計画実現可能性は低いのではないか」というものです。そもそも日本には最先端の製造技術はありませんし、人材も育っていないと思われます。海外から優秀なエンジニアを雇う手もありますが、大手企業が出資したラピダスが、エンジニアに高額な給料を払うかは疑問です。そしてラピダスが、迅速な経営判断ができるかも疑問です。半導体工業は世界を相手に商売するため、迅速な経営判断が必要です。ですが8社が出資し、船頭の多いラピダスで、それが可能でしょうか。ラピダスには巨額の税金が投入されるため、私たちはその行方をキチンと監視する必要があるのです。

予想問題

近年、日本各地で新たな半導体工業の建設が進んでいます。図1は熊本県、図2と3は北海道、図4と5は宮城県に作られる工場の場所と、周囲の様子を示しています。

図1
図2
図3
図4
図5

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