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ひょうすべ その1

前回、烏にまつわる恐怖体験を語ってくれたGさん。
彼女は九州の出身だ。

その辺りには、なんというかそういう話が多い。
Gさんの家から車で二十分くらいのところに親戚の家がある。
そこは民宿も兼ねていて、
二階の一番いい部屋からは裏手にある大きな淵が一望できる。
親戚が集まるとその部屋を使って宴会になる。


その夜も部屋では大宴会がとり行われていた。
大人達は呑んでいればいいが、子供は暇だ。
子供同士で部屋の隅に集まって話をしたり、
テレビを見たりして時間をつぶす。
まだ十歳だったGさんは、
淵が一番良く見える大きな窓の下を陣取り、
この家の娘である、
二歳年上のYさんとそれぞれの学校の話で盛り上がっていた。
ふとYさんは話をやめた。
顔を見ると、淵をまっすぐに見ている。

「何?」

Gさんの問いかけにYさんは、

「ほら。あれ」

とだけ言い、淵を顎でしゃくった。
淵のほぼ真ん中に孤島のように岩がにょっきりと生えている。
その上に人がいる。

「誰かいるね」

「うん。腰掛けてる。裸だ」

この淵ではGさんとYさんは何度も遊んでいる。
岩のこともよく知っている。
だから違和感を覚えた。

「でかくない?」

「うん。ちょっと、でかいね」

目算で、腰掛けている何かは身長が2メートル以上はありそうだった。
不意に風を切るような音が聞こえた。
やがてそれは、すっと立ちあがった。
そしてひょいっ、っと淵に飛び込んだ。
どぼん、という音が聞こえない。
それは水面にふわりと立った。

GさんとYさんは息をつめて見入った。
後ろで酔っ払った誰かが素っ頓狂な笑い声を立てた。
それ、は笑い声に反応した。
くっと顔をこちらへ向けた。

「やばい」

Yさんが小声でそう言い、
Gさんの頭を掴んで身を低くさせた。
それから約三十秒。
心臓の音がうるさかった。
だがそれ以上に酔った大人達がうるさい。
いらいらしていると、Yさんがゆっくり身を起こした。
ほんのちょっぴりだけ窓から頭を出し、外を見た。

「……Yちゃん。まだいる?」

Yさんは首を振った。

「大丈夫。いなくなってる」

Yさんの表情は幾分緊張していた。

「退屈か。まあ大人の席のお供はなぁ」

急に声をかけられ、二人の体は跳ね上がった。
二人のおじいさんだった。この家の持ち主だ。
酔って真っ赤な顔をしている。

「じいちゃん。淵に、変なのがいた」

「んん? 魚か」

「ううん、そんなんじゃなくて。でっかい男」

「そうそう。2メートルくらいある」

「ははあ」

おじいさんは胡麻塩頭をざりざりと撫でた。

「出たか。そいつはひょうすべだな」

「……ひょう……すべ?」

「そうだ。河とか淵に出る妖怪だ。まだおったんだなぁ」

おじいさんは遠い目をした。

「昔はよう見た。あいつはでかくて、変な笑い声をたてるんだ。
ひひひってな。でもな、絶対につられて笑っちゃいかん。それとな」

おじいさんは二人のそばでどっかりと座り込んだ。

「見てもいいが、見つかってはいかん。
 お前ら、あいつを見たことをあいつに気付かれてないか?」

YさんはGさんの顔をちらっと見ると、首を振った。

「気付かれてない」
<つづく>



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