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7/21木:急遽決定した弾丸一人旅には目的と学びと成長を。

先日のボランティアが中止になったので、休暇を取る理由もないと思って昨日・一昨日の2日間は研究室活動に戻ったのだが、やはりせっかくだからと今日・明日は休暇をとることにした。

26歳学生の私の同年代の友人たちはほぼ社会人だから、平日に突然誘って一緒に出掛けられる人など皆無である。だから、遠出をするならば自然と1人旅をすることになる。

こういうとき、いつも立ちはだかる壁が自分自身の性格である。

私はふらっとどこかに出かけたりすることができない人間なのだ。何のかしらの目的意識を持たないと外に出ることすらできない。だから、一人旅をするにもノープランとはいかず、何かしら旅の目的を設定する必要があるのだ。

そこで、最近の私に必要そうなことを考えてみた。

そのときふと思いついたのが、「竹内浩三」という詩人である。竹内浩三は、三重県伊勢出身の詩人で、戦前戦中に様々な詩を創作したが、23歳の若さでフィリピンで戦死した。

なぜ彼のことが思いついたかと言えば、私が昨年観劇した、彼を登場人物とする舞台劇のセリフが、私の最近考えていたことに重なって思い出されたからだ。

「どう生きるべきか、それはどえらい問題や。それを一生考え続けるんや。」
「理屈をこねる前に、この言葉を教えよう。歓喜して生きよ。」
「楽しいこと、見つけようとしないやつには一生見つからんぞ。探してみ。楽しいこと」

私が何事もあまりしっくりこない中で生きているような感覚がするのは、まだ自分にとって楽しいことを探し切れていないのではないか、と思ったからだ。

竹内浩三は、徴兵され戦線に送られた後でも詩を創り続け、検閲に引っかからぬように書籍の内部をくりぬいて自分の書いた詩を入れ、地元にいた姉に送っていたらしい。

彼がそれほどまでに創作にこだわった理由は、ただ彼がそれが好きで楽しくてたまらなかったからだ。
「弾がおれを殺しに来ても、俺は詩を書くのをやめへん」
戦争中、自らの死が差し迫る中でも創作を辞めなかったその姿は、彼の生き様そのものだ。

よし、ならばこのタイミングで竹内浩三のゆかりの地を巡り、彼の創作に溢れるその思いに触れ、自分自身の生き方を考え直す機会にしよう。

こうして、今回の旅の目的が決まった。名付けて、「竹内浩三ゆかりの地を巡る、三重県伊勢弾丸ツアー」だ。

ってなわけで、計画もそこそこに昨日の夜中に夜行バスに飛び乗り、今日1日竹内浩三のゆかりの地を巡り切って、今現在は三重県のとあるホテルからこのブログを書いている。

もちろん今回の旅はそれだけではなく、今まで行ったことが無かった伊勢神宮や、様々なグルメも楽しめるように行動を計画し、満足感のある1日を過ごすことができた。

と、ここまで書いてみて、人生相談時の准教授の言葉が頭をよぎる。

「暫定でもいいから目的を決めてしまう。そうすると、それを達成するために何をやるべきかがどんどんと決まっていくものだ」

今回の旅でまさにそれを実感した。初めは目的が全くないところから何をしようかとダラダラ考えていたが、ひとたび目的が決まった後は、ものすごいスピードで計画を立てて実行している自分がいた。

そしてよく考えたら、そうやって短時間で計画を立てて実行しなければならないような状況に追い込まれながら最善を尽くすような仕事が好きで楽しかった自分を思い出した気もする。

今回の旅を通して、舞台劇を観た半年前に比べて思考が変わっていたり、良い思考が定着していたり、確かに人間的に成長していることにも気づけたような気がして、ちょっとだけ感動している。


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