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「生産性の向上」が生活を脅かしているという話

日本社会ではとにかく「生産性の向上ガー!」の話題ばかり。
だから、ビジネスパーソンは常に仕事の生産性を高めるにはどうすればいいかを考え続けています。
これが本当に厄介。
業務中だけ仕事の効率を考えるだけならまだしも、プライベートでも、例えば「充実した休日を過ごすためにはどうすればいいか?」みたいなことを考えるようになり、「生産性の向上」が私たちの生活を脅かしつつあります。

仕事でもプライベートでも効率的に生産的に過ごす。
こんなクソみたいなことを考えているから日本人の多くは病んでしまうのではないでしょうか。
「生産性の向上」なんてあくまでも仕事の量を少なくするための手段でしかありません。
にもかかわらず、世界で最も勤勉な(大嘘)日本人ビジネスパーソンはあらゆる場面で生産性なるものを活用し始めるようになってしまった。

結果、SNSではリア充のマウント合戦。
仕事の方法論だの、休日は〇〇でランチをして過ごしたとか、「それ誰得?」みたいな内容がSNSでは溢れています。
彼らは本当に心から充実しているのでしょうか。

私は生産性とかキャリアとか全く興味がないので、好きなことをして過ごしていますが、「生産性の向上こそが正しい」と考えている人はあまり自分の時間を過ごせていないように感じます。

というか、「生産性の向上」なんてしょせん会社の労働がベースになっているだけなので、大それたものではないのですが、世界で最も勤勉な(大嘘)日本人ビジネスパーソンは無駄に正当化してしまっている。

そもそも今は労働がオワコン化しているので(特にホワイトカラー)、「いかにして余暇の時間を増やすか?」が重要なテーマだと思うのですが、「生産性を高めて余暇の時間を徹底的に増やす」という発想を世界で最も勤勉な(大嘘)日本人ビジネスパーソンはまるで持っていません。

そういう意味では日本人は人生に対する考え方が世界でもかなり遅れているように感じています。
「生産性の向上」を目的としている限り、豊かな生活を送ることは不可能だろうし、全てを仕事に結びつける考えが自分を貧しくしているということに気づいたほうがいいのではないかと思います。

「生産性の向上」に脅かされず、自分の時間を過ごすことが人生のQOLを上げるのではないでしょうか。
会社の仕事を美化している限り、「生産性の沼」が抜けることは難しいでしょう。



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