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見ず知らずの人たちから、傘やフライドバナナを欲しいかと訊かれる話


「You want?」

「You want to?」

あなたは欲しいのか、あなたはしたいのか。

マレーシアに住んでから、こう訊かれることが多い。直接的な言い方に初めは驚いた。冒頭にDoも使わず、語尾をあげるだけで質問する。

「あなたは欲しいか、したいか」って、相手の気持ちにずずっと踏み込んだ言い方だし状況によっては失礼にあたりそうと、私はあまり使わない。

日本語でも、そういう言い方は、私は、あまりしないと思う。

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先週のことだ。いつものインド料理屋で昼食をほぼ食べ終えた頃、風の音に驚いて目を外に向けると、街路樹の枝が、ビューンと流れるように動いていた。辺りが白くなってきて、藁葺きをのせたような弱々しいお店の屋根の上に、強い雨が叩きつけられ始めた。雨だと思う間もなく、その音はどんどんと強くなっていく。

南国の天気は変わりやすい。雨季なんだから傘を持ち歩くべきだった、と車に置いてきたのを悔やむ。駐車場までは3分ほどだけど、あっという間にびしょ濡れになるほどの雨量になっていた。

マサラティーをちびりちびりと飲みながら、待つことにした。けれど、やむ気配はない。時計をみる。粒の大きな雨が屋根に当たる音は、さらに大きくなってきた。風の音もビュウンと激しかった。諦めて立ち上がり、会計で清算する。

お店の前、屋根の一番端のところに立って「あと少し弱くなったら足を踏み出そう」と様子を伺っていた。チャンスがきたら、急いで走っていけばいい。ザーザーという音に耳をすませ、首を左右に動かす。

「 You want?」と、その時、急に横から声がした。

店に入ろうとしていた客の女性が、こちらを見ていた。ビンディーをつけたインド系の彼女は、自分の持ってきた傘を使いたいか、と質問したのだ。しっかりとした緑色の傘を握った右手を、彼女はかるく持ち上げた。

全く知らない人だったから驚いた。だけど、もともと走っていくつもりだったのだしと笑顔で断った。

「ありがとう、大丈夫だよ」

一歩踏み出して、バシャバシャと水たまりを散らしながら、駐車場となっている空き地まで走る。車に乗り込むと、濡れたTシャツをパタパタとあおぐ。エンジンをかけて、ハンドルを掴む。

雨はまだ強い。

「You want? 」そう言った彼女。私が雨を見ながら、タイミングをはかっているその間、こちらを見て私の気持ちをおもんばかったのだろう。

傘がなくて、困ることってあるよねって。

You want?

あなたの気持ち、わかる。傘がなくて困ってるんだねって。


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彼女の言葉は、私に、別の出来事を思い出させた。

今年の一月ごろ。

ヨガのレッスンを終えた私は、片手に荷物を入れたカゴを持ち、片手に羊毛のマットを抱えてコンドミニアムのエレベーターに乗り込んだ。グラウンドフロアで一度エレベーターは停まり、白髪頭の中華系の男性が乗り込んできた。初めてあう顔だ。

Hi, と挨拶をする。彼は、半透明のプラスチック袋を下げていて、そこからは、揚げたてのドーナツのようなこんがりとした香りが漂った。美味しそうないい匂いだな、と心の中で思った。

「これ?」

私の視線に気づいて、彼は、袋を持ち上げると上下にふった。何げなく見たはずだったけど、と空腹を見透かされたようで恥ずかしく思った。ヨガレッスンを終えたら、お昼前なのだ。

「Smells nice.」そうだよ、だから気づいたんだよと照れ隠しで笑いながら、私は言う。

「You are not Malaysian? 」私の発音で気づいたらしく、彼はきいた。

うん、ジャパニーズ。

彼は袋を開けて中を見せてくれた。

「これはね、マレーシアのオヤツだ。ピサンゴレンといって、バナナのフライだよ。知ってる?」

「ピサンゴレンは一度、食べたことがあるよ。美味しいよね」私は、機嫌よく答える。ジャパニーズだけど、それぐらいは知ってるのだ。

「だけど、ここのお店のじゃないでしょ」彼はつづけた。「大通りに銀行があるよね。あそこのすぐ前に出てるヴァンだ。その場で揚げるから出来立てが買える。いつも、人が並んですごく人気だよ。僕は大好きなんだ」

そう、とうなづきながら、そろそろ、私の階につくだろうとエレベーターのボタン表示を横目で見た。

「You want?」 唐突に言われて、何かわからなくて、えっと訊き返した。「You want?」もう一度言うと、彼はバナナフライの入った袋を私の目の前に突き出した。

すごく驚いた。私のこと、知らないのに。せっかく買いにいったところなのに。できたてで熱々なのに。

機械音が鳴りエレベーターが止まると、ドアが開いた。

「You can try.」躊躇する私の右手に、袋の紐を押し付ける。戸惑いながらそれを指に引っ掛け「Thank you.」 と言って外に出たところでドアは閉まり、エレベーターは上階に離れていった。

鍵をあけて家に入り、荷物を置いて手を洗うと、もらった袋をあけた。覗いて数えると、6個あった。一つを指でつまんで、かぶりつく。揚げたてのサクサク感と、バナナの甘さが口に広がる。確かに、とても美味しい。

二つ目を食べながら、思った。

他人のおやつが欲しいなんて、大人としてみっともないように思ってた。指摘されたら、意地汚いって思われてるような気がしてた。だから、そういう気持ち、隠してた。

だけど、私は、欲しいって顔、やっぱりしてたんだろうな、明らかだったんだろうな。

彼の優しさを感じながら、思った。


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「You want?」

マレーシア人のよく使う、ぶっきらぼうな言葉。


傘が欲しい?

You want ?

バナナが欲しい?

 You want ?


欲しいの?ってきいてもらった。

傘は、結局、借りなかった。揚げバナナは、結局、受け取った。


傘を忘れたって、人の食べものを美味しそうって思ったって、いい。

誰だって、そうでしょ。そんなこと、大丈夫だよって、受け止められた。


かっこよくなくたって、大人っぽくなくたっていいよって。

私は、子どものように、それを喜ぶのだ。


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マレーシアでは、よくきかれる

 You want? って。

誰だって、そうでしょ。大丈夫だよっていうように。




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