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【連載小説】「心の雛」第八話

(第一話はこちらから)
https://note.com/pekomogu/n/ne7057318d519

※この小説は、創作大賞2024「ファンタジー小説部門」応募作品です。


(本文 第八話 2,919字)


 ある日の昼過ぎ、新しい患者様が来た。
 先生がざっと問診票に目を通し、今気になっているという症状を再確認する。

 今日の先生の出で立ちはいつもの白衣と、その下に紺色でストライプのシャツと淡いグレーのニットを重ね着していた。シャツにニットの組み合わせ。とび色の瞳。柔らかくふわっとした茶色の髪。いつみてもイケメン過ぎて私はめまいを起こしそうになる。
「……かのうとわ子、様」
 先生が小さく呟いた。知っている人なのだろうか。


 叶様は見目麗しい女性だった。凛とした立ち姿に細身のパンツスーツがよく似合い、視線は鋭くまっすぐ先生を見つめていた。艷やかな黒いショートヘアは手入れが行き届いているようで寝癖のような変なハネは見られない。耳元で蝶のピアスがキラリと光り輝いていた。
 正直なところ、いつもの患者様とは全然違った。とても心の病を治しに来るような雰囲気ではなく、私はびっくりした。
「お忙しいところお時間を頂戴してしまい、申し訳ございません」
 スッと叶様が一礼した。先生はと言うと、まぁいつも通りだった。
「ご丁寧にありがとうございます。問診票も丁寧に書いていただきまして、大変助かっております」
 私は患者様に見られぬよう事務机の影に隠れていた。隠れていても入口や待合室の様子が分かるよう、いい感じのところに鏡を設置してある。鏡ごしの叶様は唇をほころばせていた。
 先生が診察室へと促し、治療が始まった。
 私は診察室の出入り口のカーテンが閉められたことを確認すると、加湿器の水の残量やカウンターにある金魚鉢の様子などを確認した。床の隅にホコリが落ちていたので魔法でゴミ箱へと移動した。ホコリは軽いので簡単である。

 ここ最近、ますます先生の近くにいたいと思うようになってしまった。
 夜は先生の枕元に私専用のカゴにタオルを敷き、そこで寝るようにしている。不安が強い日は先生の指にぎゅっとしがみついて眠ることもある。指一本だけなのに温かくて安心できる。
 叶様を見て羨ましいと思った。他の患者様は男性や女性、年齢層もバラバラなのだけれど、私と同じ「女性」でも死んだような目をされていることが多かった。治療が一区切りつく「卒業」の時は生き生きと素敵な目に変わる。丸まっていた背中もしゃんとする。微笑みながら頬を薔薇色に染めて、先生に感謝と尊敬のまなざしを残して去っていく。
 私も人間だったらなぁ……。
 中指だけじゃなく、身体全体にギュウって抱きつくことができるのに……。

 さっきの新しい患者様があまりにも眩しすぎて、私は嫉妬してしまう。
 こんなに毎日先生の近くにいるけれど。先生と私はあくまで処置する者と患者、の関係だ。それか保護者と庇護される者。
 一人の女性として見てほしい自分がいることに気が付いてしまった。こんなにも小さい身のくせに。羽があれば先生の周りをブンブン飛び回る、虫みたいな妖精シルフのくせに。


 診察室で先生が患者様に、診療ベッドに横になるように指示をしていた。
「はい」
 患者様が返事をする。
 聞き耳を立てているつもりはないが、どうしても聞いてしまう。
 しばらくの間があった。

 突然、先生が「あ」と少し大きい声を出した。普段先生は診察中に大きい声を出すことはない。取り乱すこともない。淡々と穏やかに診察をしていく。私は違和感を感じた。
 鏡で様子を見ようにもカーテンがあるので見えない。
 見つからないようにすれば大丈夫、と急いで事務机から飛び降り(机から床までは麻紐を垂らしてあるのでそれを掴みながら降りればすぐなのだ)、テテテ……と診察室の手前まで走っていく。受付から診察室までは先生の足で四歩、私の足で四十五歩。走ってはいるものの時間はかかってしまう。
 こういう時、私は飛べないことに唇を噛む。

「あ、あ」先生の声がした。患者様の声は聞こえない。
 どういうこと? いつもの診察の感じじゃないことに不安がよぎる。
 なんとか隙間からこっそりと中を覗き見た。先生が目を手で押さえて俯いていた。
 目を瞠った。患者様……叶様という女性が、診療ベッドの上で起き上がっていた。まっすぐな瞳で先生を見……睨んでいた。
 叶様が薄い唇の端を僅かに持ち上げて言った。
「いかがです? 貴方もその性質たちですね?」
 その性質? 私は息を呑み、様子を伺った。
「ええと……。貴方も、と言いますと?」
 先生が返すと、叶様がくすっと笑う。
「ご自分からは言わないのですね。ではわたくしは正直に申し上げます。私は、人の「心」に触れることができるのです」
「…………」
 先生は黙った。この人、先生と同じだ。この女性も触れた人の「心」に触れることができるのか。
 じゃあ先生は、今、触れてしまったのか。でも他の患者様の診察の時はいつも触れている。今は触れたらどうなってしまったんだろうか?
 先生が呻いた。
「痛々しいです」
「そうでしょうね。だから私はここにやってきたのです。早く治してくださいまし」
「はい……。では、もう一度こちらに横になっていただけますか」
「いいわ」
 先生が処置を続けた。足首に触れ、丹念に調べた後、いくつか女性に指示を出し、また整えていく。もう一度確認し、やはりもう一度同じように整えていく。
 他の患者様は一度か二度整えたら次の工程にうつるのに、今回はいやに時間がかかっているように見えた。先生でも難しいくらい重篤な患者様なのだろうか?

「いろいろと、考えるクセがあるのでしょうか」
 先生が尋ねた。
「考えますよ。私も貴方と同じく、心を治す病院の院長を務めておりますから」
「……叶、とわ子様。存じ上げております」
 やっぱり先生は女性のことを知っていたのか! それに女性も先生と同じ心を治すお仕事をしているみたいだ。
 女性は横になり、先生に治療されながら話を続けた。
「たくさんの患者様を治してきましたよ。今やこの科目において私以上に診察できる医者はいないのではないでしょうか。数も、質も。後継者として教えてきた人もおりますが、まぁ大したことなくてまだまだ任せることは難しいようです」
 先生は何も答えない。私はふと疑問に思った。心を治すお医者様がどうして心を治しに来ているのだろうか。

 女性は他にもペラペラといろんなことを教えてくれていた。一体何が病んでいるというのだろうか。彼女の言葉は自信に満ち溢れている。けれど先生曰く心は『痛々しい』らしい。
「貴女は先ほど、僕と同じように「心」に触れることができるとおっしゃいましたね。僕の心に触れたのですか?」
「はい、触れました」
「そのことを認めてしまうんですか?」
「はい、貴方に取り繕っても仕方のないことですから」
「それでいて、診察を続けるおつもりですか? 僕の腕前でも試しているのですか?」
 先生が言うと、女性が叫んだ。

「私の心を‼ 治してもらうためにここに来ているのです‼」

 先生の処置の手が止まった。私も息をすることさえ忘れて様子を見た。
 ものすごい活躍をされている院長さんは、急に叫んだために肩で息をしていた。

 女性がどんな表情をしていたのかは私には見えない。
 病院内がしん……と静まり返った。


(つづく)

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