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【連載小説】「心の雛」第七話

(第一話はこちらから)
https://note.com/pekomogu/n/ne7057318d519

※この小説は、創作大賞2024「ファンタジー小説部門」応募作品です。


(本文 第七話 1,777字)


 先生の手が血だらけになってから数日後。
 ゆっくり養生し、先生の治癒力のおかげで手はもうすっかり元通り……にはさすがにならず、私はどうにか頼み込んで一滴だけ私の血を水に落とし、先生に飲んでもらうことに成功した。
「ぐ……。に、苦い……ですね……」
 甘党の先生が苦悶の表情で「ひな特製 癒やしの水 〜妖精シルフの生き血入り」を飲み干した。
 飲んだ瞬間、先生の手の傷口が塞がった。二人でおぉお……と感動し、顔を見合わせ、それから二人同時にプッと吹き出した。
「もっと早く飲んでもらいたかったです」
 私が口を尖らせて言うと、先生は真面目な顔で、
「こういうものに頼ってはいけません。本来生き物というものは傷があればじっと耐え、自力で治さねばならないものです」
 ときっぱりと言った。はぁ、真面目すぎ……。でも私はこっそりと安心する。妖精の生き血頼みになってしまったからこそ、妖精狩りというものが始まってしまったのだ。私達はなぜ狩られる側なのだろうか。そのうち繁殖所のようなところで管理され、永遠に繁殖行為でもさせられそうなくらい種族の数は減っている。


 元気もりもりの先生のところに、再び次から次へと患者様がやって来る。
 先生は一人ひとり丁寧に診察し、少しでも整えた状態で患者様たちを見送っていく。

「はい、今日で卒業です。どうか強くなってくださいね」
「今日整えて、次は三日後ですね。大丈夫、◯◯様はいつもご自身を大事にされていますから、整えるたびに良くなってきていますよ」
「ありがとうございます。すっきりした顔をされていますね。きっと、今夜はぐっすり眠れると思いますよ」
 穏やかな先生の言葉は患者様にまっすぐ伝わっていく。
 私の受付のお仕事にも慣れてきた。患者様の前では私は隠れているのだけど、診察と診察の間に次に診る患者様のカルテを探し出して準備をするのと、診察が終わって次の予約日をこっそりメモするのは私の役目。

「君は患者様の前に姿を見せてはいけないよ」
 毎日先生が忠告する。人差し指を口元に当てて、柔らかなとび色の瞳で私にゆっくりと話す。
 先生が私の血で傷を治したがらないのも、この病院に妖精がいると疑われるのを防ぐためらしい。心に触れた時、先生は時々手を傷つけられることがある。傷はすぐ治るわけがないのに私の血で簡単に治してしまえば、変な噂がたつかもしれない。患者様は良い人でも、何かの会話中に「あの病院の先生は傷がすぐ治るの」などと口走ってしまえば相手がどう出るか分からない。
 妖精捕獲支援窓口というものが街には存在する。ここに通告されたらどうなるか。病院に捕獲人たちが私を捕まえにやって来るのだという。
 通告して発見されたら、通告者には協力金が渡される。お金欲しさに情報を売る人間がいることを先生は知っている。
 先生がそういう人でなくて心から良かったと思う。
 私を発見してくれたのが先生で良かったと思う。


 電話が鳴った。電話なら先生がどうしても出られない時、私が伝言を受け取ってもいいということになっていた。
 白く四角い電話機からこっそり魔法で受話器を持ち上げ(先生は私の体調を心配するあまり魔法を使うことを渋るのだ)、机の上に上向きで置いた。
「はい。奥野心おくのこころの病院でございます」
 電話に出るのは今もちょっと緊張する。伝言だけ、伝言だけ。
 先生はトイレに行っていて今は席を外していた。
 電話の相手は新規の患者様だった。
 事前に問診票を書いてほしいこと、書き方、初回の来院希望日時。先生がいつも患者様と対応している内容はよぉく覚えている。私だって役に立ちたいのだ。どうにか電話を終えた。

 先生はトイレの後、おやつのプリンと花の蜜の準備をしていたみたいだった。
「雛、ありがとう。おやつにしましょうか」
 先生が呼びに来た。ジャンプをして受話器を置くところのボタンを踏み、とりあえず電話は切った。優しい先生が私の代わりに受話器を戻してくれた。手のひらサイズの小さい私は先生の肩に乗り、病院の一番奥のプライベート部屋へと移動する。住居は二階だけれど、おやつのためのプリンを冷やしておく冷蔵庫と珈琲メーカー、カップ類は一階にあるのだ。
 おやつを楽しみながら、先ほどの新規患者様について話す。

 二人きりの、穏やかな心安らぐ時間だった。


(つづく)

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