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【連載小説】「心の雛」第九話

(第一話はこちらから)
https://note.com/pekomogu/n/ne7057318d519

※この小説は、創作大賞2024「ファンタジー小説部門」応募作品です。


(本文 第九話 2,564字)


 森の奥にひっそりと佇む心の病院。
 院長は奥野おくの こころ。患者様からは こころ先生、と呼ばれ親しまれている。
 街から遠いこの場所にやって来る患者様は皆、心の病を抱えている。
 老若男女を問わず、誰もが心先生の治療を受けたくて足を運んで来る。

 本日の新規患者様は先生と同じお仕事をされているらしく、知っている名前だったらしい。だからか。他の患者様の予定を調整し、今日は彼女のみの予約にしていた。
 女性の名はかのうとわ子。
 会話から察するに、心の病を治す病院でたくさんの患者様を治してきたかなりの実績を持っているらしかった。それほどの人が、どうして今日ここに来たのか。
 治療を続けていると、彼女が叫んだ。

わたくしの心を‼ 治してもらうためにここに来ているのです‼」

 先生が彼女の「心」に触れた時、「痛々しい」と言っていた。
 自信満々で身なりにも気を使えるほどの彼女も、心に暗い部分がある一人の人間だったのだ。


 叶様が叫んだ。
「貴方はどうか分かりませんが、私はもうたくさんなのです! 自分は治すだけ治して誰も治してくれない。こんなに人を救っているのに誰も救ってくれない! 私は救われないのか⁉ それはおかしいでしょう! いろんな病院で診ていただいたけれど、ちっとも良くならない!」
 ギンギンと声高に叫んでいる。耳が痛くなりそうだ。
 女性がさらに続けた。
「貴方の噂は聞いていますわ。薬を使わない治療をされているとか。モットーはそれはそれは理想的ですね。
 ……治せるものなら治してみせてちょうだい! 私は辛いのです! 誰も、私の心に、手を差し伸べてはくれないのです‼」


 再び病院内は静まり返った。
 女性の告白の後、先生は静かに話し始めた。私は診察室の外でこっそりと中を見ていた。先生が心配だったからだ。

「……当院は口コミだけで新しい患者様がやって来ます。街から離れ、交通の便もひどいここに来てまで治したいという切実な思いを持っている方だけを、僕ができる範囲で診ています。これは貴女の診療方針とは真逆と言っていいはずです」
 女性が言った。
「診療方針……。そこまで私を知っているのですか」
「えぇ、知っています。この業界で知らない人はいないのではないでしょうか」
 女性がせせら笑った。
「そう。少し気分が良くなってきたわ。まぁそれもリップサービスか、治療の一貫なのかしらね」
「……余計な感情や駆け引きは置いといて、治療を続けましょう。治したいのでしょう?」
 先生が、さっきは仰向けだったのを今度はうつ伏せになってもらい、診察を続けた。
 しばらく静かに診察が続けられ、やがてベッドの上に腰掛けるよう指示をした。
 ……最終段階だ。座った状態で背中から首あたりを丁寧に触れながら整えるのは、いつも先生が最後にする治療なのだ。
 指示された通りに女性が座り、先生が手を背中に添えた。
「それでは大きく息を吸ってください」

 突如、くるりと女性が振り向き、先生の胸に手を添えた。先生は少しだけ目を瞠った。やめさせることはしなかったので、「心」に触れられていることは自覚しているのだろう。先生は『喜怒哀楽は分かるけれど、気持ちの中までは分からない』とおっしゃっていたので、触れたところで大したことは分からないはずだ。
 私は固唾をのんで見守っていた。

「なんてこと」
 くすくすと女性が笑った。
「怯えが見えますわ」
 ……怯え? 私は困惑した。
「治療する側の貴方が怯えて、治るわけないじゃないですか」
「貴女と会って少々驚いているだけです」
「そうでしょうか?」
 挑発ともとれる言葉に、先生は小さく息を吐いた。
「……それだけですか? 続けましょう」
「いいわ、続けても。でもね、私は治りませんよ」
「そう思っていたら残念ながら治りませんね」
「治るわけないのよ。誰も私を治せない」
「辛いからここに来たのでしょう? 一度貴女のこだわっている様々なことをクリアにして、「今」に集中して、身体の状態を振り返っていただきたいのです」
「私が今考えていることはそういうことじゃない」
「すぐは難しいでしょうが、治したいのなら、健やかに過ごしたいのなら、感情を少し置いておくということをやってみてもいいのではないでしょうか?」

 先生と女性の会話は平行線を辿っている。
 一体女性は何を考えているのだろうか。治すために来ているというのに、治せないと断言する。先生を困らせたいのだろうか……。
 私は先生が大好きだ。患者様たちは皆苦しんで、悩んで、それでも頑張って治療を続けて、そして元気になっていく。素直に先生に「ありがとうございます」と言ってくれる。それなのにこの人は……。
 結局は自分が一番、ということを確かめたいがためにここに来たのだろうか? そんなことを私は考え、なんとも悲しい気持ちになってしまった。


 何度か押し問答をしていたが、突然女性が「もう終わりにしましょう」と言い切って部屋から出てきた。
 まずい! と思ったが遅かった。慌てて壁伝いにそろそろと移動し、観葉植物の鉢植えの影に隠れた。
 ドキドキドキドキ……‼
 彼女に発見されてしまった……のかな? 私は軽くパニックになってしまった。
 先生は私に気が付いたのだろう。ごく自然な動作でするりと女性の脇をすり抜け、床のゴミを拾う動作ですばやく私を胸ポケットにしまいこんだ。
「失礼。ゴミを発見したもので」
 普段嘘をつかない先生が嘘をつく。……いや、すっごくわざとらしいです。
 女性が先生に近づき、再び胸を触ってきた。
 ちょっと! 失礼すぎでしょ! 私はポケットの中でふくれっ面をした。

 フッと女性が笑った音がし、
「先ほどよりも怯えが強くなっていますね。一体何を隠しているのかしら?」
 というくぐもった声が聞こえた。ポケットと白衣の布越しだと少し聞き取りにくい。

 私は先生の胸ポケットに隠れている。心臓の音が聞こえてきた。いつもより激しい気がした。
「何も」
「そ。今日は帰ります。また今度、次の予約の電話をいたしますね」
 そう言い残し、女性は去っていったようだった。

 私はそろりとポケットから顔を出し、先生の顔を下から覗いてみた。
 いつもの穏やかな微笑みはなく、一文字に唇を引き締めた強張った顔の先生がいた。


(つづく)

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