【連載小説】「心の雛」第三話
(第一話はこちらから)
https://note.com/pekomogu/n/ne7057318d519
※この小説は、創作大賞2024「ファンタジー小説部門」応募作品です。
(本文 第三話 1,438字)
あっという間におやつの時間が終わってしまった。幸せな時間というものは何とも儚いものである。私は魔法で食べ終わったお皿たちを台所の流しに移動した。
人差し指に意識を集中させ、浮き上がったことを確認したら指をスイっと移動したい場所へ向ける。僅かにお皿たちの周りが光り、私の思い通りに動いてくれる。
「君」
それを見て先生が小さく息を溢した。テーブルにまだ置かれたままのスプーンと重たいマグカップをさっと掴み、私の代わりに置きに行ってくれた。
「あまり魔法は使わない方がいいと思いますよ。君が疲れてしまいます」
「大丈夫です。それにお皿を洗うのは先生で、私はお手伝いできないのですからこれくらいは」
「……いつも、ありがとう」
毎日交わされるこのやりとり。おやつの時間が毎日あるのだから仕方ない。
私はとても小さい。手足を見てため息をつく。
両手を目の前に持っていき、指の隙間から洗い物をしている先生の背中を眺めた。
裸足の足は貧弱で、例えば今私が乗っているテーブルの端から端まで歩いたとすると、たぶん十二歩くらいか。
私は、妖精なのだ。
ちなみに飛べない。これがものすごく悲しいことになってしまっている。
私の背中には四枚の羽があり、上向きに大羽が二枚、下向きに小羽が二枚で上手く動かせば飛ぶことができるはずだった。でも私の羽は千切れている。小羽は一枚だけあるものの、残りの羽はとうに千切れて存在しない。
飛べないので、全て歩いて何かをしなくてはならない。
ただし、魔法を使えばプリンをお皿に乗せたりお皿をテーブルへ移動することができるので何かと重宝している。使わないと一体どれほど時間がかかってしまうことか。
先生はよくおっしゃる。僕がすればいいことだ、と。
『君と出会う前は、いつもおやつの準備は自分でやっていたから』
そうだけど、今は私がいる。先生はお仕事があるのだからお仕事をしていない私ができることはやらせてほしい。先生はいつも困ったように笑っていた。
「プリンはあと何個でしょうか」
洗い終わった先生が私に振り向き、尋ねた。私は先ほどの冷蔵庫の中を思い浮かべた。
「一個です」
「じゃあ明日プリンを作れるよう、今日は買い物に出かけますか。明日は天気も悪いみたいですし」
うわぁ! 先生とお買い物! 私はとたんに上機嫌になる。
病院のドアプレートをクローズにした。先生が白衣を脱ぎ、代わりに春用の薄いコートを羽織る。ベージュのトレンチコートとオフホワイトのニット、ちらりと見える水色のシャツの裾、長い足がとても素敵な先生。私はさらに上機嫌になる。
一通りの準備ができると、先生は私をひょいとつまんで胸ポケットに入れてくれた。暑くないか、苦しくないか、いつもそうだけどたくさん私を気遣ってくれる。
「牛乳は絶対に忘れちゃダメなやつですよ! 先生」
そう言うと、先生が口角をあげ、分かっていますよと朗らかに答えた。
卵は鶏が産んでくれるけど、牛乳と砂糖だけは買い物で調達しないといけない。さすがに牛までは飼っていない。牛を飼えば牛乳は手に入るかもしれないが、牛のご飯をまたどこかで仕入れないといけない。先生は生活の全てを自給自足にしているわけではないのだ。
街についたら私は隠れる。
見つかれば「狩り」に遭う。
それだけは絶対に避けなければならないのだ。
先生の胸ポケットはいつもほんのりと温かい。規則正しい心音と歩く振動で、いつしか私は安らかに昼寝を堪能していたのだった……。
(つづく)
第一話はこちらから
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