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連載小説「心の雛」

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全20話、約40,000字/創作大賞2024に応募 森の奥にひっそりと佇む心の病院が舞台のファンタジー小説。院長の「奥野心」と手のひらサイズの小さな妖精「雛」の日常に、ある日新し…
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【連載小説】「心の雛」第一話

「はい、本日はありがとうございました。お大事になさってください」  朗らかに笑って先生が患者様を見送っている。  ペコリと患者様が——来た時よりは幾分明るい表情で——一礼して帰って行った。玄関のドアがゆっくりと閉じ、先生と私はほっと一息つく。 「あと二回、というところでしょうか、先生」  私が尋ねると、先生はゆるゆると首を横に振った。 「さぁ、それは誰にも分かりません。あと二回の診療で卒業できればいいですが、人の心は日々変わるものですし」 「それはそうですね」 「ただ今

誰かを救いたいと願うためには? #創作大賞感想

絵本の世界って不思議です。 今ふと視線の先にある絵本棚には、それはたくさんの絵本がずらっと並んでいるのですが、中でも好きな本は『14ひきシリーズ』『ぐりとぐら』でしょうか。お話の中においしい食事のシーンが出てくるので、それがまた色やイラストもとてもおいしそうで、つい手にとって読んでしまいます。 どちらの作品にもネズミが登場します。 設定の説明もなしに、日本語をしゃべっています。 そして二足歩行をしています。 かまどで火を起こし、食事をし、協力し合って日常を過ごしています

【連載小説】「心の雛」第二話

第一話  次の話  いそいそと先生が裏庭から花を一輪持って帰ってきた。それを私専用の豆皿にそっと置いた。 「あぁ、もうお皿に出してくれたんですね」  先生が私の前のお皿を見て目を細めた。私が小さな人差し指で開けっ放しの冷蔵庫をピッと指差すと、扉がゆっくりと閉じた。私は少しなら魔法を扱えるのだ。 「冷蔵庫くらい、僕が閉めますから」 「これくらい大丈夫です。それより次はカラメルソースですね」 「はい、それは僕がやりますよ」  自家製のカラメルソースをくるりと回しかけ、おやつの準

【連載小説】「心の雛」第三話

前の話  第一話  次の話  あっという間におやつの時間が終わってしまった。幸せな時間というものは何とも儚いものである。私は魔法で食べ終わったお皿たちを台所の流しに移動した。  人差し指に意識を集中させ、浮き上がったことを確認したら指をスイっと移動したい場所へ向ける。僅かにお皿たちの周りが光り、私の思い通りに動いてくれる。 「君」  それを見て先生が小さく息を溢した。テーブルにまだ置かれたままのスプーンと重たいマグカップをさっと掴み、私の代わりに置きに行ってくれた。 「あ

【連載小説】「心の雛」第四話

前の話  第一話  次の話  私達、妖精は、ずっと昔から世界のあらゆる場所で暮らしていた。  魚だって爬虫類だって虫だって、それぞれがいろんなところで逞しく生きている。妖精だってそう。羽があるけれど断じて虫ではない。鳥……は美しくて憧れるけど、虫と間違えられて巣まで持っていかれた仲間がいるので、やっぱり怖い存在だ。  気ままに花の蜜を吸い、思う存分羽ばたき戯れる。いざとなれば魔法を駆使してどうにか生き延びてきた。集落を作って協力して生きる妖精もいれば、小さな家族だけで生き

【連載小説】「心の雛」第五話

前の話  第一話  次の話  先生がプリンを作っている。  シュンシュンと音を鳴らした四角く銀色の蒸し器も準備万端だ。無駄のない手つきで蓋を取り、固まっていないプリンを並べた。濡らした布巾で包んだ蓋をし、先生がタイマー代わりの砂時計をひっくり返した。  私はいつものごとく、テーブルの上にちょこんと腰掛け、プリン作りに集中している先生の背中を眺めていた。本日は休診日である。  先日の患者様の診察を思い出す。 「先生は患者様の身体を整える時、足首を触りますね」 「えぇ、そう

【連載小説】「心の雛」第六話

前の話  第一話  次の話  今日は朝からずっと雨だった。  本日の予約状況は、午前に二名、午後に二名と割と忙しい日だった。  午後枠の二人目の患者様は口がきけない方のようだった。  目も見えて耳も聞こえているようなのに、先生からの質問への応答は頷くか首を横に振るだけだった。これで五度目の診察。治りの具合は一進一退のようだった。  先生は表情ひとつ変えずいつもと同じように診察をしていた。あまり良くないですね、などと言えばさらに治りも遅くなるはずだ。それで先生は、 「こっち

【連載小説】「心の雛」第七話

前の話  第一話  次の話  先生の手が血だらけになってから数日後。  ゆっくり養生し、先生の治癒力のおかげで手はもうすっかり元通り……にはさすがにならず、私はどうにか頼み込んで一滴だけ私の血を水に落とし、先生に飲んでもらうことに成功した。 「ぐ……。に、苦い……ですね……」  甘党の先生が苦悶の表情で「雛特製 癒やしの水 〜妖精の生き血入り」を飲み干した。  飲んだ瞬間、先生の手の傷口が塞がった。二人でおぉお……と感動し、顔を見合わせ、それから二人同時にプッと吹き出した。

【連載小説】「心の雛」第八話

前の話  第一話  次の話  ある日の昼過ぎ、新しい患者様が来た。  先生がざっと問診票に目を通し、今気になっているという症状を再確認する。  今日の先生の出で立ちはいつもの白衣と、その下に紺色でストライプのシャツと淡いグレーのニットを重ね着していた。シャツにニットの組み合わせ。鳶色の瞳。柔らかくふわっとした茶色の髪。いつみてもイケメン過ぎて私はめまいを起こしそうになる。 「……叶とわ子、様」  先生が小さく呟いた。知っている人なのだろうか。  叶様は見目麗しい女性だっ

【連載小説】「心の雛」第九話

前の話  第一話  次の話  森の奥にひっそりと佇む心の病院。  院長は奥野 心。患者様からは 心先生、と呼ばれ親しまれている。  街から遠いこの場所にやって来る患者様は皆、心の病を抱えている。  老若男女を問わず、誰もが心先生の治療を受けたくて足を運んで来る。  本日の新規患者様は先生と同じお仕事をされているらしく、知っている名前だったらしい。だからか。他の患者様の予定を調整し、今日は彼女のみの予約にしていた。  女性の名は叶とわ子。  会話から察するに、心の病を治す病

【連載小説】「心の雛」第十話

前の話  第一話  次の話  コポコポコポ……。  ハーブティーをティーカップに注ぎ入れる音がする。私のお気に入りのハーブとひとつまみの塩も。  ちらりと見ると、ちょうど先生が人差し指でカップの中の温度を確かめているところだった。 「はい。お風呂ができました」 「はぁい」  私は返事をして、カップまでトコトコ歩いて行く。  私のバスタイムはゴージャス極まりない。毎日、ティーカップで手軽にお風呂を作ることができるのだ。  残り湯をもったいないからと洗濯に使う必要もなく、入

【連載小説】「心の雛」第十一話

前の話  第一話  次の話 「何ですか、その禍々しいモノは」  先生の声はいつもの穏やかなものではなく、何かもっと感情を押し殺したような声だった。モノをカバンから取り出した叶様はくすっと笑って答える。 「あら先生、知らないのですか? 「捕獲ちゃん」ですよ」  ——捕獲ちゃん。  可愛らしい名前とは裏腹に、このモノをシンプルに表現するとしたら「虐殺道具」である。  太い黒い棒で一見何の道具かは分かりにくい。人間の女性がカバンに忍ばせられるくらいだから、おそらくそこまで重たい

【連載小説】「心の雛」第十二話

前の話  第一話  次の話  昔から、人とぶつかった時などに意識が途切れることが多かった。  孤児院で育てられた僕は、両親はもちろん自分がなぜそこに存在するのか、ずっと分からないまま生きてきた。はるか昔の話である。 「心くん。ほら、◯◯くんと手を繋ぎなさい」  散歩の時間などははぐれないように手を繋ぐことが強要された。仕方なく手を繋ぐ。興味もない僕と同じ孤児の子の感情が、すぐに僕の中に入り込んできた。  笑っているにも関わらず、触れてしまうと途方もないくらいの悲しい気持ち

【連載小説】「心の雛」第十三話

前の話  第一話  次の話  叶様が僕の目の前に持っている瓶をぐいぐい近付けてきた。目を逸らすが、彼らの心は僕の中に容赦なく流れ込んで来る。  瓶の中には妖精の顔がみっちりと詰め込まれていた。顔。首から下は、ない。生き血を採取する際に身体と頭部を切り離したせいだろう。  ものすごくグロテスクだ。  僕は大きく息をついて、彼女に問いかけてみる。一度に大量の心に触れてしまうと僕はいつも吐き気を催してしまう。 「私達の、心の医者の成すべきことは何でしょう」  叶様はせせら笑った