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ドライヤー好きの先輩

2024.04.12
ペぎんの日記#12
「ドライヤー好きの先輩」

中学のときの、先輩の話。

私は中学で陸上部に所属していた。
私が中学2年のときの遠征で、ある先輩と同じ部屋に宿泊することになった。遠くで行われる大会への出場権を私は1500mで、先輩は800mで勝ち取り、私と先輩、顧問の3人だけが大会の前日、競技場近くのホテルに泊まることになったのだ。

顧問に「先輩と部屋一緒でいいか?」と聞かれたが、特に嫌な理由もないし、お金も2人で1部屋なら少しばかり安い。
「大丈夫です」と答えた。
先輩も私と一緒でいいと答えたらしい。

そしていざ宿泊の日、先輩とのお泊りに少し緊張しながらも、先輩はなんかあっけらかんとした人だったので、こっちだけ緊張してるのもバカバカしくなってきて、最終的には部屋の中で沢山お話した。

次の日に備えて、お互いに疲労抜きのマッサージをしたりもした。

先輩とこんなに距離が近いのってなんか不思議だなぁと感じた一泊だった。

そんな思い出を、なぜか今日、授業中に不意に思い出した。そしてその思い出に付随して、先輩がお風呂上がりにずーっとドライヤーをかけていたことも思い出した。

ホテルの部屋。ユニットバスで、ドライヤーと鏡台はドアの中にある。そのドアの中からここ10分間くらいずっとドライヤーの音がする。
先輩が生まれたままの姿で入ってる可能性があるので勝手に開けるのは憚られたが、さすがに長過ぎると思って、「ドライヤーしながら寝るなんてことある?笑」って思いながらドアをノックした。

「せんぱーい、起きてますかー?」

中から返事が返ってくる。

「ふぇーい、起きてるよー」

なんかフワフワした、微睡みながら休日の朝の二度寝を楽しむ子どもみたいな声が返ってきた。声色だけで分かる。先輩が今、なぜだか分からないけどとても幸せな状態にあるのだということが。

「寝ちゃったんじゃないかと思って心配してたんですー。安心しましたー!」

そう伝えて私はベットに戻る。
ベットの上に仰向けに寝転がり、天井を見つめる。明日のレースのことを少し考えてみたりする。
先輩のいない部屋はなんだか少し広すぎる。

そのままボーっとして2,3分過ぎた頃だろうか。先輩のドライヤーの音が止まり、先輩がドアから出てくる。

私は聞いてみる。
「先輩なんであんなにドライヤー長かったんですか?」

「あーごめん、トイレ使いたかった?」

「あいや、そゆわけじゃないんですけど、先輩の髪の長さにしてはドライヤー長いなと思って」

「あー、うち、ドライヤー好きなの!」

先輩いわく、寝る前に必要以上にドライヤーをすると、頭が温かくなり、ものすごく幸せな気分になるのだそうだ。普段は家のドライヤーを使いすぎると怒られるため、使用量は抑えめにしていたらしい。だがホテルでは電気代を気にせずにドライヤーを使いまくれてしまう。だから、ここぞとばかりにドライヤーを使いまくったそうだ。

「もーほんとに幸せ…」

先輩はそう言いながら枕を強く抱きしめてベットに倒れ込んだ。
目を瞑って深く息をしている。
先輩の顔は、幸せを直接に表現したかのように優しい表情を見せていた。

あの日からもう2年以上経つ。
あれから私も、何度か長時間ドライヤーをしてみたがその良さを見出すことができなかった。少し残念。
私にとってのドライヤーは、単なる髪の管理道具でしか無いようだ…。

あのとき一緒の部屋に泊まって、ドライヤーをたくさん使って、一緒の大会に出た先輩。

先輩は今、遠くの陸上が強い高校に通っている。
中学を卒業してから会っていない。

まだドライヤーは好きかな。私のことは覚えてくれているかな。

先輩、元気にしてるといいな。

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