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こえ

“こえ“
チベット音泉祭のアーティストの方々の圧倒的な聲を聞いた時、私もこえ出したいってやっぱり思った。
だけど、それは人生と共にじっくり醸成されるものだから、自分のしたいこと・すべきことと共にゆっくり育ててゆこう、とも思った。
だけど、確かに聲をあげたい欲求は、少し前から確実に根付いているな。
ゆっくりだね。

5/29のLiveは、ミュージシャンと共に手段は色々でセッションLIVEさせて頂きます♪

私はストリップ 劇場で踊ったりもしてた。『女性の裸』て世界の琴線の一つの現れだと思う。私は脱ぐ方、脱がない方の際のどちら側か分からない揺らぐ位置に居る人だと思っている。脱ぐ美学、脱がない美学どちらもあるよ。

そして、また、エネルギーが、どゆ形で出現するのか、それは自分1人で決まることでなくて、周りとの、そして宇宙も含めた世界中との兼ね合いだ。身体の象りそのものなのか、身体響かせ声なのか、脳が動いて言葉なのか、踊りなのか、絵なのか‥etc

ミュージシャンも、何処かで何か感じる方々お呼びして。音嬉しい、ほんとありがたい存在。響き響かれながら紡ぎたいと思う。

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