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手のひらの春は終わり

今年はいつもより、桜の写真を丁寧に撮った春だったように思う。

二年前、当時の恋人と上野公園に桜を見に行った。
東京の花見はどこに行っても人混みに押しつぶされそうになるから苦手だ。
それでも毎年飽きずに桜を見たいと思うのは季節を感じることが好きだからだと思う。
上野公園の押し寄せる人混みに飲み込まれないように、左手は彼の手を握り、右手は缶ビール持ちながら、背の高い桜の木を数枚だけ撮った。
彼とは次の春を迎える前に気持ちが離れて別れた。

一年前、職場の背の低い桜の木の前で写真を撮ってもらった。その人は同じ職場で働く先輩で、素人ながら写真のコンクールで入賞するプロ並みの腕前を持っていた。大きな一眼レフを前にさまざまな気持ちを抱えながら気づかれないように笑顔を作った。
職場を離れる時、彼女からメッセージを貰った。
「あの時の笑顔が忘れられません。」
私も大好きな職場に咲く桜の木を目の前に夢中でシャッターを切る彼女の姿をきっと忘れないと思う。

今年は、朝散歩をした時に立ち止まって大きな桜の木の下で何枚も、何枚も、写真を撮った。
東京にいる好きな人のことを思いながら。
人が少なくて、背も低くて、手が届く桜の花びらが綺麗で。まだ小さい蕾が可愛くて、溢れ出るような生命力の強さを近くに感じながら。
その日は、とてもよく晴れた日だった。

好きな人に桜の写真を数枚送ったら、彼も似たようなアングルの写真を一枚だけ、送り返してくれた。

「中目黒は人が多いよ。」という一文を添えて。

わかるよ、中目黒はよく行ってたし、背が低い桜の木を見つけると、なぜか触りたくなるんだよね、と心の中で思いながら、その偶然の一致の一枚が嬉しくて、少し笑顔になった。

彼から届いたLINEに、
中目黒の桜は誰と見たの?とは聞かなかったし、
来年は一緒に見ようね、という約束もしなかった。

手のひらの春は終わり、
もうすぐ緑が眩しい季節がやってくる。

私たちの青の魔法はまだ解けないままで、
ただ時間だけが進んでいく。

いつかまた会える日がくるのだろうか。
もうこのまま会えなくてもいいや、と思いはじめている自分にも気づいて、少しだけ悲しくなった。

来年は、どんな桜をどこで誰と見るのかな。


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