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四季と時間帯で分類するやつ その1。

蓮さん
・夏の夜
線香花火に火をつけて貴女は笑う。
派手に火の粉を飛ばす手持ち花火より、僕はこっちのほうが好きなのです、そうこぼしたのを覚えていてくれた貴女は、集団が苦手で少し距離を取って一人でいる僕のためにわざわざ線香花火を持ってきてくれた。
しゃがんで見る、ぱちぱちと明るく花開くような火花は、大きな打ち上げ花火を小さくしたみたいだ。
「とても綺麗ね」
そっと、楽しそうに笑う貴女の横顔をうかがおうと視線を動かしたその瞬間に膨らんだ火の玉が落ちて、あっという間に光を失った瞳が一瞬真っ暗になったと勘違いする。僕一人で、独り占めは、いけないですよね。色んなものがないまぜになったような匂いを乗せ、湿った温い風が吹く。こんな夏の夜が、貴女に似合うと思った。勇気を出して、皆のところに戻ります、と言った僕に手を差し出してくれた貴方は、とても綺麗で強い人だ。

明道さん
・秋の夜
昼間はまだ暖かかったのに、どうしてこんなに寒くなったんだろ…と、それぐらい冷えた夜に僕達は目的の店に向かって歩く。よく知らないけどやたらと浮かれ気味の人達の波に逆らうのは僕たちだけのように思えた。前を歩く貴方の長い髪の先が揺れるの眺めながら、はぐれないように着物の袖を握って。寒さに弱い貴方はざっくりと編んだウールの長いストールをぐるぐると首に巻いている。僕もそれぐらい着てくればよかった…、なんて思っているとふいに止まった貴方の背中にぶつかった。
「おっと、どうした。着いたよ、徳田」
いつの間にか苦手な人混みを抜けていて、喧騒から少し遠のいた路地に佇む店の前にいた。ずっと俯いていたからだろうが、なんだか魔法みたいだ。ちょうどビルの隙間からまんまるなお月様が見えて、空気には優しい出汁の匂いが混じっている。貴方と過ごすこんなに寒い秋の夜には、暖かい鍋物がきっと合うだろう。

おもちくん
・春の昼
ぽかぽかと暖かい日差しをたくさん浴びながら、のんびりと街を歩く。冬から春になりたて、そんな昼間だから、随分と歩いたように思うけれどかいた汗もさらりと乾き、心地が良かった。
日当たりの良いあの坂にはもう桜が咲き始めているみたいだよ、そう、のほほんと笑う君は、先程和菓子店で買った桜餅と三色団子が入った袋をご機嫌に揺らして、住宅街へと続く緩い階段を登り始めた。
中程まで登ると、後ろを振り返る。春特有の、少しだけ霞んだ柔らかい空気に包まれた街の風景が眩しくて、僕は目を細める。
「休憩する?」
さっきお昼ごはんを食べたばかりだけれど…という言葉を飲み込んで、春がよく似合う君に向かって振り向き、頷いた。

ほたか
・夏の朝
なんとか暑くなってくる前に仕事場へ辿り着こうと、僕はかなり早めに家を出る。
まだ少し爽やかだけれど、早々と登った太陽の光はもうすでに強くて目に刺さるみたいだ。
駅の改札を抜け、人でごった返すホームへ上がる。僕と同じ考えの人が多いのか、はたまた皆が皆、仕事に追われる社会人なのか。あとは学生さんたちのにぎやかな声。若いな…元気だな…。そう思ってげっそりしながら、ホームにに滑り込んできた電車に乗り込んだ。この時間でも、席は空いていない。つり革に掴まってふと、車両を見渡すと、知っている人を見つけた。1番すみっこの座席に案外小さく収まって眠っている君の黒髪を見つけられた僕はなかなか凄い、かも。伏せて眠るタイプじゃないんだ…。随分無防備な寝顔でかわいい。窓から差し込む、夏の強い光にも動じず。今日もがんばってね、僕は心に中でそう呟いて、2駅だけ離れた仕事場に続くホームへと降りた。

セイラさん
秋の昼
女性のファッションで、1番好きな季節って、秋かもしれない。
すれ違う女性、若い女の子、お姉さん、マダム。どの人の服装も、この季節は一層素敵に見える気がする。
そんなことを思いながら、街路樹の木の葉が色づき始めた広い通りを歩く。ファッションて、難しい。だけど、見るのは、大好き。だから、ショーウインドウがたくさんあるこの通りを歩くのは嫌いではなかった。ただ、自分が着ているところはどうも想像しにくいのだけど…。と、ふと道路を挟んで向こうの通りに彼女の姿が見えた気がして、足を止めた。あ、やっぱり、セイラさんだ…。僕でなくても、皆が、振り返りそう。なんていうか、彼女に着てもらえるお洋服はきっと幸せだろうな、そんな風に思った。秋の太陽の優しい光に照らされた彼女はとっても綺麗で。ふふ、良いもの、見ちゃった。声は掛けないでおこう。僕、欲しい本があるんだった。

千冬
冬の夕方
なんだか、人は沢山いても静かに感じる。年が明けて、本当に少しずつ日が長くなり始めたなって思う冬の昼下がり、帰り道に君とばったり会って、話しついでなんとなしに電車に揺られ、バスにも揺られ、僕たちは今、海にいる。海に面した公園で、ちょうど日が落ちていく時間帯は散歩やジョギングをする人の姿もまあまあある。きっと彼らは季節関係なく此処を利用する人たちだろう。
柵に腕を掛け、体重を委ね。とりとめもなく、日々のこと、愚痴、恋人の話。今日はなんだか話し足りなくて此処まで来たのだけど。そんな話題もぽつ、ぽつと、少なくなった頃、一気に冷えてきた空気をいっぱいに吸い込んで、君は笑った。
「あんま来たことなかったけど、さっむい海も悪くないね」
冬、落ちかけの陽の光は、濃いオレンジで思っていたよりも強い。
きっとこちらを見る君の目はとっても綺麗なんだと思って、視線を合わせるのは恥ずかしいから、風になびく長い毛先が光に透けるのを見ながら。
僕も、うん、悪くないと笑った。

直純
秋の夕方
昼間は温かいのに、夕方になると冷えてくる。そんな秋の夕方、皆がどことなく寒そうに歩く通りが見えるカフェのカウンター席で飲むあったかいカフェオレって、ものすごく贅沢だと思う。
僕がぼんやりしてるように見えたのか、君は顔を覗いてくる。
「直、なに考えてんの」
向かい合わせの席を選ばなかった僕に君はほんの少し不満そうだった。そんなに僕の顔、見てたかった?かわいい。むすっとしそうなので、口には出さないけれど。
その代わり、僕はううん、と首を振って。それより、チョコチップスコーン、一口分けて、と口を開ける。
なんの躊躇いもなく、ん。と手で分けるのではなく、そのまま差し出してくるところが君らしい。遠慮なしに一口いただく。ほろっとする甘さ。
あのね、気を許せる優しい君って子とこうしてカフェにいられるのって、幸せだなって思ってたんだよ。そう言ったら、君はどんな反応をしてくれるだろう。

伴さん
夏の夜
「あーー良かったな。こんなとっからでも見える思わんかった」
花火大会の夜、貴方のお店はちょうど定休日で。
せっかくなので皆で集まろうという話になった。結構酒豪なメンツ。会場には行かず、花火が終わって混む前にと、花火が上がっている真っ最中に僕たちは雑居ビルの2階の居酒屋にいたわけだけれど。
お酒がそんなに飲めない僕たちは事前に自分たちが酔い始めたら一回外に出ようと計画していた。目配せしあって煙草に付き合うことになる。喫煙所は屋上にあるらしい。花火の音を遠くに聞きながら階段を上がり屋上に出ると、生温い夏の夜の空気が僕たちを包む。煙草に火をつける貴方の傍ら、いろんな方位を見て回ることにした僕は、ほんの少しだけのビルの隙間から切り取られた花火が見えることに気づいた。思わず声をあげてこっち、と腕を引っ張り指差すと、僕よりもっと子供みたいにはしゃぐ貴方。
本当は花火、見たかったんだよね。僕もです。細く切り取られた花火と煙草のくゆる紫煙の香り、そして笑う貴方の横顔。それをそっと盗み見る、こんな夏の夜が、僕はとても好きなんだな、と思った。

ケイさん
春の夕方
桜が散って、たんぽぽが綿毛をつけ始めたので、慎重に摘んで一つずつ吹きながら僕はのんびり川辺を散歩しながらうちに帰る途中で。
向こうから歩いてきた貴方と目が合ったとき、少し恥ずかしかった。
けれど、その大きな身体になんとなく似合わないエコバッグにたくさんの食材(ネギが飛び出していた)を下げていた貴方も少し恥ずかしそうだった。
立ち話、と言ってもあまり話題が見つけられずに、一言、二言、ぽつぽつと言葉を交わしながら光る川の水を眺める。あ、そうだ、と僕が差し出した綿毛を受け取った貴方は表情こそあまり変わらないものの嬉しそうだ。ふう、と貴方が吹いた種が風に乗る。
「どこか…良いところに落ちて、また花をつけると、良い…ですね」
そう言って笑うと、そうだな、と吹いた方向を見たまま貴方は頷いた。
さて、帰ろう。それぞれ反対の方向へ、それぞれの家庭へ。少しだけ特別に感じた、春の夕方。最後の種を風に放つ。

たいよー
秋の夕方
「こんなところで、なにしてるの、たいよー…」
そう声を掛けながら僕は彼がなんとなく、此処にいることが分かっていたような気がした。何度か、この場所で彼に会ったことがあるから。
疲れているような横顔が、橋から川を望む柵に手を掛けた僕に向けられるけれど、彼もなんとなく僕が此処に来るような気がしていたというふうだった。
とんぼが飛ぶ夕焼け空に、ススキみたいな植物の葉が擦れるしゃらしゃらした音が大きく聞こえるこの場所は、この街でも比較的静かな場所で。
お互い、こういう場所が好きなんだろう。たぶん。
そして少しだけ疲れた時、此処に来るのも同じなんだろう。たぶん。
何も言うことなく、太陽が落ちて移ろう空模様を眺めた。いつの間にか赤とんぼはいなくなって、辺りが暗くなっていた。
「帰ろ、直ー」
そう言う彼の笑顔はいつもののんびり優しいもの。僕は頷く。駅までまだしばらくある。一緒に、歩いて帰ろう。

きざし
冬の朝
息を吸い込むと、冬の匂いと、冷たいキンとした空気が肺に入ってきて、一気に目覚める冬の朝。まだ暗くて、お寝坊の太陽が登り始める前の時間。お仕事終わりに緩く着崩したスーツにコートを羽織って、今から眠りにつく繁華街を駅に向かって歩く。敢えての遠回り。いつも寄るコンビニで温かいミルクティーを買おうと思いながら、ホットドリンクが並ぶ棚を眺めていると後ろから声を掛けられた。
「きざし…、おはよう…」
珍しい。ゆっくり瞬きしながら挨拶を返す。僕の格好に別に何を言うでもなく、いつもの様に接してくれる彼の前では僕も緊張するような事は不思議となかった。
「なんか早起きしてねぇ、さっむ…」
結局、温かいカフェオレを買って、飲みながらのんびりと同じ道を歩く。もっこもこに防寒対策をしていてもやっぱり寒いのか、きざしはミルクティーのペットボトルを握りしめたままだ。彼のことを、いつも一定だと思う。不思議で、儚くて、けれど消えないまっすぐな線があるような。などと思っている間に駅に着いていた。手を振って別れる。もと来た道を戻っていく彼の背中を眺めながら、こっちが目的地じゃなかったのかな、とハッとした。後で、ありがとうとメッセージをいれておこう。

しづるさん
秋の朝
秋とはいっても、からっからに晴れて日差しはまだ強いし、残暑が残っている。
綿のカーディガンはまだ早かったかもしれない。朝一に買いに出ようと思っていたけれど、結局パン屋さんの開店時間の1時間後に家を出た瞬間に思った。
とはいえもう戻るのも面倒なので、そのまま歩く。
駅の反対側は比較的賑やかな通りが続いていて、お目当ての店にたどり着くまでにも誘惑が多い。ふらふら見て回りながらふと、綺麗だな…と秋の花ばかりが並ぶお花屋さんに目を向けると、知っている横顔を見つける。
しづるさんは、照れたように笑いながらアレンジメントを店員さんに頼んでいた。シンプルだけどセンスがいい、お家に飾るのかな…、凪さんにあげるのかな…、どっちもかな…。どちらにせよ水を差さないようにしよう、と思ってパン屋さんに向かって歩きだした。なんだか、嬉しくなったからまっすぐに。
僕も、恋人の好きなパンを早く買って帰らなくては。

らぶのすけ
夏の夕方
浴衣の着付け、できるよ、と僕は頷いた。ただ、君の背だと少し短いかもしれないけれど…と言っても、全然良い!と譲らないので、僕の藍染の浴衣(蔦の透かしがほんの少し入っている麻の生地)を貸してあげることにした。着せられ慣れていないのが分かるぎこちない動きに時々笑ってしまう。その度に君はなんだよーと少し不満そうに笑う。きゅ、と強く帯を締めるとうぇ、と声を漏らす。腰なんだけどな…。兵児帯とはいえ、最初はきつく結んでおかなければ解けてしまうから、我慢してもらう。僕とは体格も違うので、合わせるのに苦労はしたけれど、ちゃんと時間に間に合った。最後に、これ、無くさないでね、と和紙の団扇を帯に刺す。
ところで、どうしてこの浴衣が良かったの?そう尋ねると、君はその質問待ってましたとばかりのしたり顔で。
「お前も連れて行ってやろーと思って」
ほら、そんなこと言っている間に、日が傾いてきた。花火大会に間に合わなかったら、元も子もないでしょう。大きく手を振る君に手を振り返す。夏の終りの花火大会、赤とんぼがすい、と空を飛ぶともう、秋が来る。

しずく
春の昼
毎年、桜が一番綺麗な頃の平日、僕たちは互いの休みを合わせると決めている。
朝起きて、いつもよりゆっくりと朝食を食べ、こっそり色違いのシャツ、色違いのスニーカーを履いて家を出た。最寄りの美味しいパン屋さんでサンドイッチとパニーニ、おやつに苺の乗ったデニッシュを買って駅に向かう。電車でたった3駅のところに、桜が見事な公園があるから、僕たちは随分良いところに住んでいると思う。手は繋ぐけれど、いつもなんとなく恥ずかしそうな君が今日は自分から手に触れてくれたことが嬉しかった。
「綺麗ですね、」
公園の中に入ると、平日とはいえ人が多い。案外、入り口の桜が1番綺麗に見えたりするのは、僕も君もおんなじみたい。
うん、とっても綺麗。桜の淡いピンクと、空の透き通った青さと、君の笑う顔が。こんなところで言ったら恥ずかしがるので、帰ったら伝えようと思う。
この特別な季節を、この日を、ずうっと待っていた。また来年も、二人で来れたら良いね。

奈月

夏の朝
「直くん!海にいこう!」
朝一にメッセージが届いた。僕としずくが早く起きていることを見ていたみたいなタイミングだ。海=日焼け そして水着は着たくない。
けれど、こんなお誘いでもなければ僕たちが海に行くような機会はないね、と話し合って「何時にくる…?」とお返事する。
「1時間半後!!」と返信がきたのを確認してから準備を始めた。
フルーツティーを作って冷やし、いざ着替え、となっても二人共ビーチサンダルも水着もない。まあいいよね、と笑う。UVカットのパーカーを用意して、日焼け止めを塗りたくっていたらあっという間に約束していた時間になる。
「おまたせーっ!みんないるよ!」
差してくる夏の日差しに負けないくらい元気いっぱいの君の笑顔はとても眩しいのだけれど、釣られて笑顔になる。下の駐車場を覗くと手を振ってくれる数名、みんな大好きな人たち。明るい彼らと僕を繋いでくれているのは君で、君が自然体でいるから僕たちは一緒にいられるのだと思う。
夏の朝、海を目指して走る車の中はとても楽しい。きっと今日は良い日になる。