見出し画像

メニューに詩を入れる

パリにある「Table」というブルーノ・ヴェルジュスという料理人の店のウェブサイトを見ていて、そのメニューの格好良さにシビれた。パクチーハウス東京を作って以来、ずっと自分でメニューリストをつくっている。開店当初は、すべて写真付きで1ページにつき1つのメニュー。すべてが創作料理なので、まずは見た目から判断してほしいと思っていた。

やがて、予想外のものが出てくる方が喜ばれるということに気づき、また、ビジュアルメニューで選んでもおしゃべりしているうちに何を頼んだのか大抵の人は忘れ、改めてメニュー名を聞いて驚くことも分かった。どうせなら、メニューを注文するときに、勝手に想像してもらうのも面白いなと思った。

メニュー名は説明的(羊肉のスパイス炒めをパクチーの絨毯の上に並べました)ではなく、語呂のいいダジャレ的なもの(ヤンパク)にした。初めて来る方は、スタッフに聞かないとなんのことか全く分からない。分からないから聞く人もいれば、分からないけど(知ったかぶりして)聞かない人もいる。いずれにしても、料理が届く時に初めて、その姿を見ることになる。

その後、スタッフに「店が忙しくていちいち説明していられません」と言われ、写真メニューに変えた。店主として実は全くしたくないことだったのだけど、人を雇いマネージすることの困難さから、それを受け入れざるを得なかった。「分かりやすい」と表面的な評判はよかったが、驚きと感動は減じた(ことに気づかなかった人は多い)。次に、「メニューと違う」と言われる事態が生じた。使う野菜が変わるので当然のこと、という場合もあれば、下からあおるように撮影するので印象が違うこともあった。

「写真と同じものを出さなきゃダメだ」という意見が大勢を占めた。僕はスタッフの意志の尊重を重視した。しかし、心の奥底では、それは店の劣化だと思っていた。スタッフ不足と密かなる閉店の決意により採用を抑制したことで、僕が厨房に一スタッフとして入るようになったとき、一皿ごとに違う絵を描きたいと思った。やりたいようにやった。しかし、あるとき「他のスタッフが真似をする」というように指摘が入った。真似すればいいじゃないか。

それは「店の劣化を産む」「クォリティコントロールができなくなる」という店を守るための真面目な指摘だったのは間違いない。しかし、それをそれぞれの感情、思いを尊重しつつどう覆すか、大いに悩んだ。僕は店のスムーズな運営のために、遊び心をある程度封殺した。ビジュアルメニューは再び文字だけのメニューに変更した。「遊び心の許容」を文化として根付かせるまでには至らなかった。

メニューの方針はそれ以降ずっと一緒。見開きで眺められるぐらいがいいとずっと思っていた。パッと見て直感で選んでもいいし、分類(コーヒー・お茶・ビールなど)から絞り込んで行ってもいい。パクチーハウスを各地でやるときや、パクチー銀行でコースメニューをつくるときは、白紙に筆ペンなどでメニューを書いて掲示する。メニュー名はこれまでの蓄積もあるし、その日思いついた料理に以前からの方針を以って名付けたりもする。食べる時、ゲストが「なるほど」とか「面白い」とか、強い印象を感じてもらえるように。

さて、「Table」のメニュー。ウェブにはワインリスト/メニュー(食事)/ティーリストの3つが並んでいた。「explore」または「discover」と書かれたボタンを押すと中身(Googleドライブに入ったPDFファイル)が見られる。ワインリストは極めて普通。驚いたのは、食事のメニューだ。僕が好きでないと思った説明的なものだが、おそらく冒頭に詩的なメッセージが書いてある。

僕はメニュー名をつけることが優先だが、料理を出していくときに意図を話し、結果的にストーリーが紡がれる。その日、店に来た人はそれを楽しむことができるが、それはそれでおしまい。この表現方法を借りれば、その時にできたストーリーを残し、蓄積できるかもしれないと思った。思いつきでつくり、それで終わり、でもいいのだが、メルマガやブログを書くように、料理をつくったその日を振り返る。これまでインスタでかろうじて写真は載せようと意識していたが、そこに言葉を残せないかと強く思ったのだった。

ブルーノ・ヴェルジュスはおじいちゃんシェフ。以前は起業家、ブロガー、料理評論家だったそうだ。ミシュランの講評の中にある「すべてが注文を受けてから作られ、付け合わせやソースは、食材を歪めることなく引き立てることだけを念頭にデザインされている」ということ、「地元の生産者との直接的な関係」という食材の調達ポリシーは、パクチー銀行の現在の姿とほぼ一致する。僕も1年後には50歳になるので、それまでにパクチー料理のレベルを数段階上げることにしようと思った。
https://table.paris/
https://paxi.coffee/

本文は佐谷恭の「パクチー起業論」2024年3月11日の文章です。

ここから先は

0字

¥ 389

この記事が参加している募集

仕事について話そう

パクチー(P)コワーキング(C)ランニング(R)を愛する、PCR+ な旅人です。 鋸南(千葉県安房郡)と東京(主に世田谷と有楽町)を行き来しています。