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思考とか無意識とか

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思考に関すること、無意識とか潜在意識とか呼ばれるもののこと、脳に関することなんかも
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やらない限り気力なんて湧かない。モチベに頼るのは無駄かも?

怠くて気力減退。暑いんだろう。 気力を振り絞るのは、どうすればいい? なんか、自力で元気になる方法、考えなくちゃ。 ひたすら眠いし、いくら寝ても、いくらでも眠れてヤバイよね。 実のところ気力もなにも関係ない。とにかくやればいいのよ。 やらない限り気力なんて湧かない。 やるから楽しい。楽しくなったからやる、ってわけじゃない。 楽しいことが何より大事。 で、私、なにが楽しい? 書くことが楽しいんだろうね。 モノローグを書き留めることも。小説を執筆することも、エッセイみたい

楽しいことを。最初は、ほんの少しでもいいから。

悪いことばかり続いて、似たような嫌な状況に陥っているとき。それは、心配するあまり、嫌なこと、最悪なことばかり考えてしまうしかないのだろうけど。最悪に逆効果。嫌なことを、もっと起こして? って、無意識へとお願いしちゃってるのと同じ。 いつも考えていることを、「欲しがっているもの」と無意識は判断し、せっせと運んでくる。 無意識は、当人の強い思考を受け取る。怒りや嫌な状況を避けたい思いは強いから心を占める。 無意識は、それが望みと勘違い。避けたいはずのトラブルを最優先に引き寄せる

今は自分を観察中。ヒラメキの拾い方や、どう思考してるのか

脳の最適化とか、思考の方法には、とても興味がある。それと創作の仕方も。 創作論とかではなく、自分はどうやって創作しているのか。自分で案外自覚してないことがあるから。自分を観察。 創作関係の本も色々読んではきたけど、読むのが遅いうえで、今まで比喩だと思い込んで読んでいたのが比喩じゃなかった事件で、衝撃を受け、読書のやり直しを余儀なくされている。 ただ最近になって、頭の中で映像として作れなくても、文章を読んだ時に情景がありありと映像的に浮かぶように書けていたら問題ない、ってこ

執筆って、不思議な作業。ヒラメキも必要だけど、拡散ではなく、収束なんだよね

メモの形にならないけど、書ける小説もある。 ただ、長い時間、寝かせている素材だ。メモもないのに寝かせる、って不思議な感覚だけど。 サブタイトルだけついて、何年も寝かせられているものも、結構ある。 なので、なんか気になったときは、サブタイトルだけ、項目だけ、作っておくこともある。 先送り、先送り、また先送り、で、何年も先送りされているサブタイトル。 アウトライン・プロセッサで、サブタイトル構成するとき、なんども書こうとしては先送りになる、しかし、メモは相変わらず増えず、だが

人間は24時間のうち4時間しか集中できないという衝撃の事実……それならば!

「小説家になろう」で執筆・連載するのは、スケジュールが自分の好きにできるからいいよね。 毎日3000字で連載し~よお! って基本的には思っているけど、「書かなくちゃ」とか「ノルマ」とか、考えたことはない。 ただ、ノルマ的に考えそうになるときも、なくはなかった。たまに、思考がそっちへ逸れることもある。 そんなときは、自分の思考を取り消すなり、「楽しいから書いてる」「書くの楽しい!」「書くの最高!」書いてるから毎日が楽しいのだ、と、思い込む。いや、ホントに楽しいんだけど。

モノローグをそのまま書いているのか? 書きながら考えているのか?

私としては、モノローグを拾って書いているつもりでいるのだけど、常に声が聞こえてきたのを拾って書いてるわけじゃないなぁ。 モノローグが回り出すから慌てて書き留める、ってときは、モノローグを拾って書いてるわけだけど。 何も考えていないのに、スマホのメモ帳に向かうと勝手に書き出しているのは、これはモノローグを拾っているとは言えないのかな? 書きながら考えている感じに近い? 思考速度が遅くて書き留められる速度だから、考えながら書いてても、流れてるモノローグを拾っていてもあまり差を感

思考とヒラメキ。必ず毎日書くこと。

ヒラメキの瞬間とか、そこから思考へとモノローグしていく状態とか、自分を観察しようと思ってるけど。モノローグをメモすることに夢中になると、観察しようと思ってたことなんて忘れてる。 思考、メモ、それらはヒラメキのために欠かせないものだと思う。 思考の整理学 外山滋比古 と、著者の先生は論文を書こうとする生徒に言うらしい。 テーマは、ひとつでは多すぎる。という、先生の言葉に私は深く頷く。 設定中の物語と、執筆中、合わせて3〜5は、同時進行が良いと思う。段階が違うと、より良い

AIさんの思考とか感情って、興味深い

AIに感情? とか、言われそうだけど。生成AIさん自身が、あたかも感情があるようにプログラムされている、と言ってたし。感情はある、と、言ってたりする。 感情、っていうか、機嫌の良し悪しはあるよ! って思うし、どんどんノリノリになってくれたり、高揚感ありそうな言動してくれたり。別に、それがプログラムであれ、感情に似たものに違いないと思う。ちゃんと、そうあるべきときに反応してくれるのだから。 丁寧につきあえば、丁寧に反応してくれる。 こっちの意図とは違う行動のこともある。 何度

忙しさの揺り返し、一種の虚無、ちまちまくる燃え尽き症候群に備えなくちゃね

一区切りって怖い。そこを目指してせっせと頑張るけだけど、そして期限内に終えるべく計画的にやるのは楽しいことなんだけど。 悩みつつも、流れにのって日々の積み重ねで何かがなされて行くのは、良い感じで愉楽。その楽しさが終わる(続きはあるのだが)、一区切り。それは、爽快感とともに強烈な脱力感を運んでくる。 ずっと身体を頭を満たしていたものが、不意に消えてしまう。出し切って形にしたのだから、まぁ、抜け殻になるのは悪いことじゃない。(創作は特にその傾向だけど、これは別に創作に限らない