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いまさら真面目に読む『美味しんぼ』各話感想 第12話「そばツユの深み」

 「初期の『美味しんぼ』からしか得られない栄養素がある…そんなSNSの噂を検証するべく、特派員(私)はジャングルへ向かった… 


■ あらすじ

 夜の銀座でそばの屋台という珍しいものを見つけた山岡・栗田コンビは「面白そうだし後学のために」と一杯いただくことにした。屋台の主人は鉄火なひとで、「そばの味がわからねぇやつはこっちからお断りだい!」と冷やかし客を蹴散らしている。山岡が「もり」を注文すると主人は「そばの味がわかる客が来た!」と大喜びで支度する。
 主人の誇りはなんといっても国産そば粉100%の十割そば、それを適切な技法をもって麺に仕立て茹であげ〆る。栗田はその鮮烈な香りに圧倒され激賞するが、山岡はツユの味が物足りないと指摘する。場を丸く収めるということを知らない山岡イズム。その指摘に怒った主人と小競り合いをしているうちに、警官がふらりと立ち寄り「営業許可証をみせてください」と穏和に話しかける。主人は照れ笑いか、やばいときの引きつり笑いか、いずれともつかないぎこちない笑顔でもって「今申請しています…」と答えるのが精一杯だった。つまり無許可!闇屋台!闇そば!そんなもん見つけてしまった以上、警官としては見過ごすわけにもいかず「1週間後におりるはずで、それを待っていられなくて…」という主人の言い訳もまったく言い訳になっていない。今度は警官と小競り合いが始まる。
 その状況でヌラリと現れた大柄の男、とてもカタギには見えないコワモテ中松警部が「…おいそば屋、もりを一つ作ってみろ」と言う。周囲の警官らが「ここは無許可営業なんで…」と諌めるも「余計な口出しすんじゃねえ!」とキレ返す。「うまかったら許可証の件は俺がなんとかしてやるぜ」と今の時代ならパワハラ&職権濫用&服務規程違反でクビだこんなやつ。

 そんな流れで警部は主人の作ったそばを食うと…

山岡クラスの的確な指摘が出来る警部…何者だ!?

 山岡と同様、ツユがいただけないという指摘をする。「落第だな、そば屋…」営業許可に向けた最後の頼みの綱がキレてしまった。1週間後にはおそらく正規の許可証が出て、大手を振って営業できたというのに勇み足を踏んでこのザマである。コンプライアンスの大事さを今に伝えてくれる。(警部もな!)
 ただし警部は「一か月研究しろぃ」とツユを改善するチャンスをくれる。一か月猶予をやるが、それでもダメなら営業許可はやらんというわけだ。警視庁としての公式見解はいざ知らず、死物狂いでやるしかない状況に追い込まれた(*自分で招いたピンチ)主人、気にかけ足繁く味を見に通う山岡、しかし打開策は見いだせないまま時間は過ぎる…そんな折、ふらりと屋台に現れたダンナにツユの味を激賞される。
「このツユの味だ、私の探していたのは!」

なんと、名店の主がその味を認めてくれ、そして教えを請う!?

 なんとダンナは江戸の世から続く浅草・雷門の名店「藪」の主で、そんなビッグネームに褒められたものだから主人は舞い上がって、「藪」の厨房で自分のツユの作り方を披露する。お返しに…と「藪」の主が自分の店のツユの作り方を見せるが、そこには途方もない知恵と工夫、そしてとんでもない手間がかかっており、蕎麦好きが高じて独学、我流でやっていた屋台の主人は電流が走るほどの衝撃を受けるのであった。

カエシ、ダシの作り方もひと工夫ふた工夫あり、すべてに圧倒される主人

 ここまで差を見せつけられては、「藪」の主が「このツユうまいねー!作り方教えて!」と言ってきたのが狂言だとさすがに理解する。

この屋台の主人は「恥」を知る人間であった

「何もかもあんたの仕組んだことだったんだ!!」と山岡を睨めつけ、恥ずかしさのあまり顔を紅潮させる屋台の主人。場は一気に険悪なムードになる。「藪」の店主が諌めようと口入しようとするも、「この御恩一生忘れません!!」と最敬礼する屋台の主人。

感情(プライド)の爆発、しかしその数瞬後には己を「素人」と認める

 その姿勢に「藪」の店主は「いい若い衆じゃねえか、江戸から続くうちの味を受け継いでくれりゃこんなにうれしいことはねえ…」と感じ入ったのだった。そして、果たして中松警部の再来の際には…

このコマめっちゃカッコ良い、ノレン、後ろ姿、すべてが完璧だ

「この野郎、窃盗犯だッ!!」 !?ええぇ…?
「雷門の『藪』の味を盗みやがったな!!」 あっそういう…
「とはいえ『藪』の味にゃまだはるかにおよばねえ」 えっ窃盗とは?
「だがこの分なら見込みはあらあ」  おっ!つまり!
「営業許可証明だ、取っときな!」
 いよっ警部!!ヒュゥー!!粋だねえ!
中松警部は「美味しく出来上がって」いなければ営業許可を出さねえと言っていたが、色々の事情を斟酌して「藪」の味にはまだ及ばないものの、屋台の営業許可証を授けて、夜のマチ(銀座)に去っていくのであった。

■ 「心意気」でつながる物語

 この話を一言で表現するなら「心意気」「意気に感じて」という言葉が沁みるのではないだろうか。山岡の放言が発端となった営業許可証をめぐるドタバタ、それに内心山岡も心を痛めていて力になりたいと思ったのだろう、だから足繁く屋台に通っては「まだまだだね…」なんて憎まれ口をたたきながら、なんとか営業許可証を取れるように、主人に指摘をしてきた。これも最初に直截な苦言を呈した人間のスジ目や責任の取り方だろう。
 しかし、ようよう埒が明かないということで、名店「藪」の協力を得ての狂言実行と相成る。仮に屋台の主人が天才で、「藪」のすべてをインストールしてしまったら…という懸念もなくはない、しかし屋台の店主は狂言であったことを見抜き、よくも俺に恥をかかせてくれたな!…とは言わない。彼の口から出てくるのはひたすら「藪」の店主と山岡への感謝の言葉であり、早速ツユづくりに邁進していく。「藪」の店主がツユの味に感心したのもウソ、作り方を教えてほしいと言ったのもウソ、プライドをくすぐられ、そして破壊されて、全て山岡が仕組んだ狂言と理解してなお、感謝の言葉が出てくる。
 試練の日、中松警部に出したそばはもちろん完璧ではなかったかもしれない。ただし、警部は明らかな主人の進歩を認め、これから銀座でそばの屋台をやる許可をいただくことができた。
 だれも悪人がいない、その上基準に達しない屋台の店主に対し、それぞれの持ち場で協力を惜しまない。営業許可が出るまでに営業していた主人が悪いのだけれど、それを超えて「藪」の主人、山岡、そして中松警部の「心意気」の痛快さがすばらしい、そんな話だった。 (若干中松警部の職権濫用が気にはなるが…)

■ 「藪」のそばツユの作り方

強いそばに負けない強烈なダシを取る方法、それは表面的な知識では及ばないものだ

 これは第7話「ダシの秘密」でやった、「出来るだけ薄く鰹節を削る」必要のある料亭の基本ダシの作り方とは真逆のもの。「おすましのダシとは違って」とわざわざ言っているのも読者に違いを認識させるため、そして屋台の主がおすまし的なダシの取り方をしていると気付いていたのでこうした言い方をしたのだろう。鰹節は出来るだけ薄く削って、湯に入れたらサッと取り出しましょうというのはいかにも教科書的で、自分のそばに合わせたやり方ではなかったことを知った屋台の主人が「俺みてえな素人にこんな大事なことを惜し気もなく教えてくださるなんて!!」と自らを素人とハッキリ自覚し、口にする。繰り返しになるけどプライドが粉砕された瞬間に御礼が言える屋台の主人はこれからそば界のスターダムをのし上がっていく大人物だろう。

■ 屋台の営業許可について

 ちょっと気になったのは、「屋台の営業許可を取るのに警察って関係あるんだっけ?」ということ。そりゃあ無許可営業をしょっぴくのは彼らの仕事だけど、飲食店の営業許可を出すのは保健所(局)では?と疑問がわいたので調べてみた。↓東京都の場合

 この引車というのがいわゆる屋台のこと。やはり東京都では保健局の担当だ。以下は営業許可申請の手続きフロー。 

https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/kyoka/files/2019idougyousyou.pdf  

 中松警部が屋台の営業許可証を持ってきたのは「おかしい」ということになるし、検査に合格してから数日は許可証が届かないようなので、屋台の主人が「あと1週間ほどで許可が下りる」といっていたのは、検査にはパスしたということだろう。中松警部、1ヶ月待つ必要あった?細けえこたぁいいんだよ!って感じだけど、ふつうに現行犯で闇屋台やってたのをお目溢ししてもらったのだから何も言えないね!(コンプライアンス…

 ということで今回は随分「いい話」で、こんな『美味しんぼ』がずっと続けばいいのに…と思わされる回でした。

◆ 今さら読む『美味しんぼ』

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◆ 私の本業は…

・実は、本業は…
 私の本業は観光促進、移動交通におけるバリアフリーを目的とする組織のイチ職員で、食い物のことに関しては偉そうに話せる立場にないんです。≠鉄道オタク の視点で、日本の鉄道はこれからどうなっていくのか、特にローカル線って維持するのがいいの?すべきなの?っていうところを考えるためのマガジンも出しています、もしよろしければ是非以下を…
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