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抱きしめる東京

この本は東京オリンピックに至る時代の東京。1970年前後の東京、そしてバブルの絶頂期の東京を、森さんの「育った町」の「私生活」を通じて活写されたもの(「抱きしめる、東京」という題名に、森さんは少し照れていらっしゃるけれど)。

僕より7歳ほど歳上の森さんは、ちょうどバブルの絶頂期に30歳代も半ばを過ぎたあたりの年齢だったと思いう。平成以降に生まれた後輩たちには「オイシイ思いをした世代」と思われているかもしれないけれど、この本のなかに以下のような一節がある。

子供服のお下がりをよくくれるMさんは、女の子と男の子、音楽事務所に勤める夫と四人家族。「一人一枚、布団を敷くのが夢よ」と彼女がいうと、みんなどっと笑った。そこに居合わせた仲間の、それは共通の夢だったからだ。たいていの家が、一DKや二DKに物が溢れ、布団がまともに敷けないでいた。そんな狭い家にもいちおう嫁入り道具のタンスやクロゼット、ときには鏡台やソファまであって、家具のすき間に二枚ほど布団を敷いて一家で寝るのである。共働きでけっこうボーナスも出、二人合わせて年収は一千万近い、ときにはそれ以上収入のある家庭がこんな暮しだ。

あの頃の僕については、確かに「棚ボタ」的だったなと反省している。

でも、だからといって全員が「棚ボタ人生」でもなかったということだ。森さんの文章は、そういうことを端的に説明してくれている。

確かにバブルだったんだけど、あの時代はあの時代なりに苦しい思いをしていた人も多かった。無責任に生きることができた若者や、銀行にのせられて、あれよあれよとビルを建てて、一時でも「オイシイ思い」をしたのは、むしろ少数の人たちだったのかもしれないと、今は、あの頃を、そんなふうに振り返っている。

なんだったんだろうね、バブル。
バブルな僕ら。

でもね。もうハッキリとは思い出せないんだ、あの頃のこと。


「抱きしめる、東京 」 森まゆみ 著/ポプラ社発行(ポプラ文庫)                1997年講談社文庫より発刊され、その後、絶版になっていた作品が2010年10月再販されたもの。今もときどき新古書店などで目にする。


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