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人生の答えを探し求めてゲイバーを訪ねた夜

自分に自信が持てず、他人と比較して凹んでばかりの毎日。ありのままの自分なんてどこにも見つからず、拗らせっぱなしの人生。ああ、自分らしく幸せに生きるって難しい! 「幸せに生きるには」の答えがズバリと書かれている本とかないのか?

そんな私に、医者の嫁で都会のタワマンに住むFカップの美魔女……つまり人生勝ち組の友達Mが声をかけてきた。
「ナミちゃん。いつも暗い顔して本読んでるよねー? もっと楽しく生きようよー」

そりゃああんたみたいに顔がかわいくて爆乳で性格も明るくて誰とでもすぐ仲良くなれるコミュ力おばけだったら、毎日楽しいだろうよ。
しかし相手は勝ち組。看板職人の嫁で田舎の小さな一軒家に住む貧乳の腐女子……つまり負け組の私はグッと堪えて持ち上げた。
「あんたが羨ましいよ。若くてイケメンで金持ちの旦那と、かわいくて気品溢れる娘たちと、毎日さぞ幸せなことでしょうね」

Mは意外なことにこう言った。
「私だって辛いんだけど。ずっと専業主婦で稼ぐ力がないからいつも不安だし、寂しくてしんどくてギリギリ死なずに生きてる感じだよ。たまにゲイバーへ行って遊ぶことくらいしか生きる楽しみがない。」

あ、あんたってば……そうだったの? 欲しいモノ全部を持っていて、私とは別の世界線で毎日キラキラして生きていると思っていたらそんn…… え?
「ゲイバー!?」

「そう。ゲイバー! 元気になれるよ。そんな本捨ててナミちゃんも行こうよ。悩みも迷いも全部吹き飛ぶよ!」

テレビや映画の中でしか見たことのないゲイバー。頭に浮かぶのは社会の裏側っぽいアングラな世界観と、煌びやかでパワフルな人たちが集まってお酒を浴びまくっているイメージだ。

コミュ障で引きこもりの私は、一生訪れることもないだろうと思っていた。しかし、この生き辛い人生を強く逞しく生きているゲイたちに、実はずっと憧れていた。

「行って、みようかな……?」
酸いも甘いも噛み分けていそうなゲイの人たちになら、もしかしたら人生のさまざまな悩みに納得のいく答えをくれるかもしれない! 私たちとは違う、なにか特別な考え方を掲げて生きている気がする。

幸せって何? 生きるって何? 罪深い我々人間は、これ以上地球を壊し続けて幸せなど求めていて良いのだろうか?  教えて、ゲイの人たち!
Mとスケジュールを合わせ、ゲイバーに飲みに行くことにした。

名古屋の繁華街の1本裏通りにそのお店はあった。ビルのエレベーターを降りると派手な電飾看板に彩られたドアがある。ここだ。ドキドキ。
Mの後をピッタリついて、その中に入っていった。

中には想像通りの光景が広がっていた。薄暗い店内のあちこちにド派手なネオンサインが光っている。 ここはいわゆる「観光バー」という種類の、女性でも初心者でも楽しめる敷居の低いゲイバーらしい。

普通の主婦みたいな女性、無口な職人っぽい年配の男性、カップルの男女など、ありとあらゆるタイプの人たちで店内は混雑していた。ほほう。こんな感じなのか。

キョロキョロしていると、常連であるMのもとに一人のスタッフが小走りでやってきた。小麦色の肌に金髪のロン毛というチャラ男丸ごとセットみたいな出で立ちのその人は、ガラガラのダミ声で「Mちゃんお久しぶりー! あらあー、かわいい子連れて、あんた!」と叫んだ。うわ、早速ゲイっぽい! そして声がくそデカい。バンテリンドームの外野席で出す声量だ。

ゴリゴリのチャラ男風なのにオネエ言葉のその人の胸には「ヤス」というネームプレートがついていた。めちゃくちゃ男性らしい名前だな! Mによると、ヤスはどうやら中身はノンケ(ストレート)で、ゲイではないとのことだ。どういうことだ? ビジネスオネエ言葉ってことなのか?

カウンター席に通された。目の前でさまざまなスタッフたちがお酒を作っている。全員、普通の男性のように見える。女装したりメイクしたりするのとゲイとは、また違うのかもしれない。

ヤスがドリンクを運んできてくれた。私が注文したのは「オカマにお任せカクテル」だ。甘いジュースみたいなカクテルの中に、電池で光る氷が入っている。ゲイバーっぽいわぁ〜。

「オカマにお任せカクテル」

ヤスがスタッフの紹介をしてくれる。
「さあさあナミちゃん、初めまして。こちらの男の子はイケメンのアキちゃん。アキちゃんは、バイで男も女も大好きです。そして今は、そこに座ってる緑色の髪のお客さんのバナナを狙ってまーす♪」

ピーナッツやアラレなどの乾きものを持ってきてくれた「アキちゃん」は、俳優の志尊淳さんに似ている優しそうなイケメンだ。
私の右隣にいる友人Mの、さらに右隣に座っている緑色の髪のお客さんを見つめ、はにかんでいた。
わー、この人のバナナを狙ってるのかー。

「そしてそちらはカーくん。カーくんのお○んち○には懸賞金がかかっていまーす。男でも女でも誰が相手でも全く元気が出なくなっちゃって、もう数年。もう誰でもいいから、かーくんのおち○ちんを元気にさせられたら懸賞金が出まーす♪」
180cmはありそうな大きな体に角刈りヘアーという屈強そうな外見とは裏腹に、つぶらな瞳のカーくんがヤスの隣でニカッと微笑んでいる。かわいい。
「挑戦してみてねー。カーくんでーす、よろしく。ゲイに間違われがちだけどノンケでーす」
挑戦は、遠慮したい。

思ったより下ネタがひどい。
みんなゲイとは違うの? しかし全員ものすごく陽気である。

ここにはLGBTQ、ありとあらゆる性的嗜好のスタッフやお客さんがいるとのこと。バイ、おかま、ノンケ、ゲイ、トランスジェンダー。いろいろな名称の違いとともに一通り紹介されたが、もう誰が何で、何がなんだか全然わからない。

その後もひたすら下ネタを繰り出し続けるヤス。スタッフの紹介が終わると今度はお客を順番にいじり倒し、永遠と続く下ネタ。どこまで笑ってよくて、どういう反応をしたらいいのか分からない。
自分から来ておいて「ちょっと…マジで無理です」みたいな顔をするのは、やっぱり失礼だろうか。……帰りたい。

これまでの人生で聞いた下ネタの総量を来店5分で軽々と超えた。浴びたことのない量と質の下ネタを一気に浴びて固まってしまい、作り笑顔をベタッと貼り付けておくことしかできなかった。ここはとんでもない魔物の巣窟だ。四方八方から10秒に一度はどぎつい下ネタが飛んでくる。

しばらくすると「おかあさん」という名前の、小ぶりな彦摩呂みたいなスタッフがこちらへやってきた。やたら貫禄があり、ひときわベテランな雰囲気だ。
ヤスとおかあさんはまるで漫才のコンビみたいに、常連っぽいお客を交えて、ここには書けない程のエグい話を大音量でやり合っている。

「ピーーーーーー(自主規制)」
「やあーだ、ヤス! あんたそれ大腸菌、まじで気をつけなさいよー?」
「揚げ物を食べてる日と野菜を食べてる日とじゃあ、ピーーーーーー(自主規制)なんだよねー」

うん。もうダメかもぉ〜。
張り付いていた作り笑顔も引き攣ってしまい、変な表情になっている気がする。やっぱり私のような普通の人間は、こういうところに来てはいけなかったのかもしれない。

友人Mに助けを求めようとも、彼女は初めて会った隣の客(緑色の髪)と、いつの間にか仲良くなっており、一緒になってカーくんの下ネタに大喜びして笑っている。なんていうコミュ力だ……!

いや、こんなことではダメだ。私だって子持ちのアラフォー。ましてや性についてのコラムも連載しているくらいだ。決してうぶなんかではないし、どちらかというと普通の女性よりセクシャル問題に対する耐性も強いはずだと自負している。

念願のゲイバーじゃないか! こんなジャングルの奥地にまで人生の答えを探し求めてきたんだぞ。こんな機会、二度とないぞ。下ネタなんかに負けてたまるか! 

意を決して、場の雰囲気をぶった斬った。
「ちょっと聞いていいですか? ヤスさん。おかあさん。あの……幸せってなんなんですかね? 私、人生拗らせすぎてて、生きる意味とかわからないんですよ。ゲイの方たちなら、普通の人には見えてない何かすごい答えを持ってるんじゃないかと思って。教えてください!」

周りがシーンとなり「なんだこいつ」の空気が流れた。
……やばい、私やらかした。超ヤバいやつじゃん。変な汗が噴き出てきた。

2人はこう答えた。
「幸せってのは自分だけのものでしょ。人に聞いたってしょうがないじゃん。人に決めてもらうわけ?」
「生きる意味なんて考えてもムダよ。そんな難しいこと考えてないでお酒飲んで笑って楽しみなさいよおー」

ふつう……!
今まで100万回聞いたことのある、めちゃくちゃ普通の回答だった。

「ゲイがみんなマツコデラックスみたいだと思ってるんでしょ? 教祖様みたいに思ってありがたいお言葉を欲しがる人いるのよねー。ていうか絶対あんたの方が物知りよ、あっははー! ねえ教えてよ〜ん、生きる意味!」
「おかあさん、おかあさん。こちらのナミちゃんね、今グルテンフリー生活してるんだわ。う○こも、さっぱりしてるかもなあー、臭くなさそうだよねー? あっはっはー!」
「グルテンフリーでもフルチンフリーでも、う○この作りなんて全部一緒よ。きったねえし、くっせえに決まってるわ!」

2人とも10秒でまた元の下ネタワールドに戻っていった。店内も、また元の騒がしさに戻った。

対峙してみてようやく、彼らはただ仕事をしているのだな、と気づいた。初めてのゲイバーに舞い上がって変な空気にしてしまった私を、なんとか気まずい思いをさせないように、そして店内の空気をうまく元に戻すようにしてくれたのだと思った。

どぎつい下ネタを連発し、底抜けに明るくて、声がやたらうるさいけれど、思い返してみれば、初めてでコミュ障の私が一人にならないようにたくさんたくさん話を振ってくれているし、口以上に手がずっと動いている。
みんな、ただ、ゲイバーのスタッフという仕事をしているのだった。当たり前のことだ。

こんなにずっとあちこちに細やかな気配りをしているこの人たちも、営業時間が終わり、お店を閉めて、笑顔を外せる時には、ちゃんと声も体も心も休められているといいな。 

なんだ。
ゲイも、バイも、おかまも、みんな私と一緒だ。

今まで多様性についてSNSで偉そうに「性別とかどうでもいい」などと語っていたこともあったけれど、私もしっかり自分のことを「普通の人」、ゲイの人たちを「普通とは違う人」と差別していたことにも気づいた。


気づくと「オカマにおまかせカクテル」は空っぽになっていて、2杯目のグラスも空になる頃には、私は「グルテンフリーのメンヘラ作家」と名付けられていた。「ナミちゃんて本当に頭でっかちで暗くてカワイイわよねー」と可愛がってもらえるまでになった。
下ネタも3周まわって面白く感じるようになってきた。馬鹿馬鹿しすぎて脳みそが理解するのを諦めたのかもしれない。

友人Mは、店内の生きとし生けるすべての人間と友達になっており、それぞれの出身地や学校まで把握していた。もう尊敬を超えて、怖い。ていうかあんたその才能で何かしらマネタイズできるんじゃないか?

帰る頃になっても、結局、誰がどんな性別なのかもわからないままだったし、あれ以上人生についてわかったこともなかった。確かにMの言う通り、この店の中にいる間は迷いも悩みも吹き飛んでいた気がする。

お店のドアから出てエレベーターがくるまでの間、おかあさんがエスコートしてくれた。
おかあさんは、店内にいるときとは少し違う顔で「元気が欲しくなったら、またいつでもいらっしゃいね。メンヘラ作家さん」と言ってくれた。その雰囲気は、なんだか本当にお母さんみたいだった。

おかあさんは、ゲイでもオカマでもバイでも男でも女でもなく、「おかあさん」なのかもしれないな。
おかあさんだけでなく、他のスタッフも、友人Mも、みんなそうなんだろう。

そして私も「普通の人間」ではなくて、ただの「斉藤ナミ」だ。ありのままの自分がよく分からない私が「自分」だ。だったらこのまま、このよく分からない人生を自分なりに精一杯に生きよう、と思い帰路についた。

また制作に煮詰まったら、小ぶりな彦摩呂みたいなおかあさん、声がデカすぎるヤス、バナナ狙いのイケメンアキちゃん、懸賞金付のかーくんのところへ、最低な下ネタを聞きに行こうかな。

おしまい




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