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小学3年生の秋、私は万引きをした。

この話は、自分への断罪として書き記す物であり、
既に店側とのやりとりは10余年以上前に解決しており、
また万引きというのが罪であると分かりきった上で
反省した過去であることを前提として記させていただきます。


毎年秋が来て、金木犀の香りが立ち込める時期になると
ふと思い出すことがある。
ロッテふーせんの実のガムと、絶望した母の顔。


私の母は、私が産まれる前から新興宗教を信仰しており、
私はその新興宗教の掟に従ってかなり厳格に育てられた方だと思う。比較対象がないからわからないけれど。

幼い頃から、生活の全てに“神様”がいた。
ジュースをこぼしたり、駄々をこねたりした時、普通の家庭だったら何が登場するのだろう。鬼とかだろうか。
我が家の場合は決まってこうだった。
「神様が悲しまれるよ!!!」
鬼の形相で母の口から出てくるのは神の怒りであった。
逆にテストで頑張ったり、宗教内のことを頑張ったときは
「神様が喜ばれてるよ!!!」
こうやって母はいつも私を褒めてくれた。
最大級の褒め言葉は、「神様が愛してくださってるよ」だった。
今から考えたら神様だってそんなダシに使われて可哀想にと思うけれど、当時の私は母を怒らせたら世界が終わると思っていたのでそれはもう従順に従っていた。と思う。多分。 

物心がついて少しした頃から、私はずっと思っていた。
私は母に喜んで欲しいし、母に愛されたいのに、
母はいつもいつだって神様を挟んでくるのだ。
母にすごいと言って欲しいのに、母が世界の全てなのに、
母は神様の代弁しかしてくれないのだ。
私は見えない神様じゃなく母に愛されたいのに、
母は私を愛していると言ってくれないのだ。

じゃあそれならば、とふと思った。
私が神様の嫌な事をやっても、それでも母は私を愛してくれるだろうか。母が愛してるのは、私だろうか、それとも、母が求めているのは私じゃなくて、神様の言う通りに物事をこなす娘が欲しいんだろうか。
小学3年生でここまではっきりと思っていたかはさておき、そんな思いがずっと胸の内で巣食って、大きくなっていったのは確かだ。

そしてその日はふと訪れる。

個人経営の狭い、全員客は顔見知りみたいなスーパーで、私は人生最初で最後の万引きをはたらき、ガム二つを握りしめて逃走し、そしてあっけなくつかまった。

なんで万引きをしようと思ったのか、その動機は本当に思い出せないけど、気がついたら捕まっていた。

捕まった私の頭は「母に絶対にバレたくない」でいっぱいだったけど、
そこは小学3年生、あっけなく電話番号を吐かされ、母呼び出しとあいなった。
事務所の人が電話をかけてから、母を待つまでの時間が永久に思えるくらい長かったのを覚えている。

事務所に飛び込んできた母は、蒼白な顔で、事務所の店員さんに平謝りをした。
「なんでこんな事してしまったんでしょう…!!!」
そう叫びながら、何度も何度もすみませんと頭を下げて、私にも頭を下げさせた。
お店の人も、恐らく初犯だし今回は示談でいいですよ、と寛容で、母はロッテのふーせんの実のガムとあとひとつ、二つのガムの代金を支払って、私と共に帰途についた。

帰宅途中の母の背中はずっと怒っていて、私もやってしまった事に怯えていて、何も話しかけられる雰囲気ではなかった。
帰宅するなり母はガスホースを片手に、私を書斎に連れ込み、容赦なく尻を鞭で叩きのめした。いつもなら回数を宣告した上で尻を叩くのに、その時はその告知もなかったくらいだから、母も相当動揺していたんだろう。
何回叩かれたかわからないくらい鞭で尻を叩いたあと、母は息切れしながら虚ろな声でこう言った。
「長老兄弟(宗教内での権力者)に裁いて貰わないと…」
そのまま母は書斎に私を残して、部屋を出て行った。
“なんで万引きしたの?”と、聞かれることはついぞ無かった。
むき出しの尻をしまってリビングに出ると、母は怖気の立つものを見る目でこちらを見て、ついと目を逸らし、声をかけてくることはなかった。


その数日あと、長老兄弟が家を訪問して、母親と3人で面談のようなものをした。長老兄弟はたまたま優しい人が来てくれて、聖書の言葉から助言をしたあと、今回はこれで、とその場を収めてくれた。母はそれに対して、ああ本当によかったわ茜ちゃん、とそこで初めて私のことを抱きしめた。
それからは、母は一切その話をすることはなく、気持ち悪いくらい綺麗に、いつものように日常に戻っていった。
でも私は違った。
私は悟ってしまったのだ。
“母の理想でなければ、私に生きている価値はないんだ”と。
あんな虫けらを見るような目で見られるんだ、意思さえ確認してもらえることはないんだ、と。
その思いが、その後の私の人生に深く深く影響していくことを、その時の私はまだ知らなかった。



万引きはダメな行為だ。
親からの愛を確かめたい人、その手段は選ぼうね。
法に触れることはやったらダメです、絶対に。

それは大前提として。
今母に言いたいことは一つだけ。

お母さん、私、あなたに愛して欲しかったんだよ。
私と、向き合って欲しかったんだよ。
今も昔も、望むことはただひとつ。
これから先もずっと、叶えられることはないだろうけれど。
どんな私でも愛してるよって、言葉だけでも言って欲しかったな。

 #万引きダメ絶対  #虐待サバイバー #宗教2世

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