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宝物は、時を経るにつれて。

時を遡ること20年と少し前。
私は本を読むことが大好きな少女だった。
ゲームも禁止、友達と遊ぶのも禁止、テレビはもちろん禁止。
そんな環境で育ったからかなぁと思っていたが、同じ環境で育った妹はびっくりするくらい本が嫌いである。だから多分生まれつきの性格なのだ。
母はなぜか本にだけは寛容だった。母自身が読書が好きだったからだろう。土曜日の午後になるといつも市役所に併設されている図書館に連れて行ってくれた。上限ギリギリまで本を借りて、息をするのも忘れて読み漁った。

実家にも小さな本棚があった。
トイレと洗面所に続く廊下にぽつんと置かれた本棚に、知り合いからもらった世界文学全集と、母の好みの本が何冊か入っていた。本を読み過ぎると怒られるから、廊下の薄暗い電気の中しゃがみ込んで、すべてのページに手垢がつくくらい、どっぷりと本の世界に浸かっていた。

その中に、大草原の小さな家というシリーズの本があった。
日曜の昼にやっていたドラマらしい。
初めは観せてもらえていたが、この時間帯にテレビの置いてある居間で父が宗教の個人レッスンを受けるようになってしまったので、残念ながらドラマの記憶はほぼない。
代わりに全7作のそのシリーズの本を、何度も何度も、繰り返して読んでいた。
読書好きの友達と話していて、これが特殊能力だと初めて気がついたのだが、私は本を読む時、主人公の会話はその人の声で聞こえる。登場人物たちはそれぞれの声を持ち、勝手に台詞に合わせて表情豊かに、臨場感豊かに喋り出す。これに共感してくれる人、いるだろうか。いたらそっと手を上げてくれるととても嬉しい。
本の中で主人公のローラは時に無邪気に、時に活動的にイキイキと動き回り、私はローラの背を追いながら、アメリカの開拓時代の息苦しいほどの活気に耽溺していた。


時はすぎ、私も大人と呼ばれる括りに入る、そんな年頃。
私は実家を出ることになった。
実家とは折り合いが悪く、もう2度と戻らないぞと心に決めた門出ではあったが、そこは青二才、そう思いながらも私の思い出はあの家にずっとあるんだよなぁと何故か確信していた。
が、私が家を出て半年もしないうちに、母から通達が降った。
「茜ちゃんも家を出たし、模様替えをしようと思うの!
それで、茜ちゃんが使っていた机やベッド、置いていったもの、全部捨てようと思ってるから!」

リアル「お前の席ねーから!!」である。

そんな邪魔者がいなくなったかのようにいそいそ大掛かりな模様替えをしなくても、と思いながら実家に帰宅し、一番に向かったのは本棚だった。
悲しい時に共に泣き、アイデアと勇気をもらい、いじめられていて友達がいなかった私にとってずっと友達でいてくれた本たちを、本当は全部持って帰りたかったけど、全部は運べなかったから、泣く泣く厳選して、数十冊を実家から持ち出した。

生きるために必死だったので、持ち出したとはいえ特に読むわけでもなく、本棚の奥で埃を積もらせていて幾星霜。
ただ“幼かった頃の私”の化身として大切に抱え、引っ越しを繰り返すたびに共に移動を繰り返してきた。

先日、ふと本棚(2段になっている)の奥の棚を覗いてみると、大草原の小さな家シリーズを見つけた。
久しぶりだなぁ、と思いながら手に取って、通勤路電車で読む用にカバンに入れた。
通勤退勤時に読み進めていくうちに、ぐんぐんと世界に引き込まれていった。あれ、こんな話だっけ?
この物語は主人公であるローラが年を重ねていく話なのだけれど、昔読んでいた頃は幼少期のローラに自分を重ねていた。今になって読み返してみると、幼少期の懐かしさに加えて、青春期の心の動きや愛を育んでいく過程が鮮やかに記されていた。記憶にあった話と全然違った。
最終巻のあとがきに、こんな一文があった。

子ども、そして少女そのものの目でキラキラと描かれていくストーリーの水底に、人生の辛酸をなめつくした大人の叡智がかくされているこのシリーズを、もしあなたが大人になってから、そしてローラがこの本を書きだしたのと同じくらいの年齢になってから、もう一度読んでみたら、どんな感想を持たれることでしょうか。
青い鳥文庫 この輝かしい日々 解説より

この物語は晩年に著者自体が自分の幼少期を振り返って書いた物語である。タイトル通り、輝かしい日々として過ごした青春を過ごした後、ローラはその後数々の辛苦に打ち当たり、乗り越えていく。

20年の時を超えて再度出会ったこの物語は、色褪せない宝として、私に憧憬と新しい輝きを与えてくれた。
子供の頃に手に入れた宝物を手放さなかった事で、宝物は、今も色褪せぬ輝きを放っている。
これから先、更に年を重ねていって周りの状況や経験則が変化して行った時、私はこの本を読んで何を思うのだろうか。
その時に感じる思いも、今感じている思いと同じ、あたたかいものであればいいなと思う。

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