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データで眺めるAD&Dの歴史

はじめに

本稿の趣旨はTSR時代のD&D・AD&Dの動向をデータで可視化し、TSR末期の製品群の特徴について検討することである。
特に新和がAD&D2版から撤退した後、D&D3版が出るまでの1990年代に着目して分析を行う。

D&DはTRPGの祖とも言えるシステムであり、その誕生の経緯については多くの文献で紹介されている。
特にGary Gygaxの人生を通じてRPGの動向をまとめた「最初のRPGを作った男ゲイリー・ガイギャックス〜想像力の帝国〜」(Witwer,2015 柳田・桂訳 2016)は日本語でD&Dの歴史が学べる貴重な書籍である。

公式のD&D/AD&D製品の歴史はビジュアルヒストリーにまとめられている。

TSRはD&Dと共に急成長したものの、企業の実力以上に規模が大きくなった結果、社内の権力争いや資金繰りの問題を引き起こし、最終的に競合企業に買収されることとなった。
そこまでの経緯については多くの研究が実施されており、電子書籍で購入可能な下記2冊は、関係者へのインタビューなどから企業としてのTSRの歴史がまとめられている。
前者のGame Wizards(Peterson, 2021)は創業から1985年にGary GygaxがTSRから去るまでのプロセスが、後者のSlaying the Dragon(Riggs, 2022)はTSRが倒産して買収されるまでのプロセスが記載されている。

筆者は1995年からAD&D2版をプレイするようになったが、上記書籍で歴史を振り返ってみると当時のTSRは完全に自転車操業に陥っており、次から次へと出版して借入と返済を繰り返し、キャッシュを回すことでしか存続できない企業となっていたことになる。

1990年代はちょうど日本語版のサポートが途切れている狭間の期間であり、当時のAD&D2版の状況については十分な日本語の資料が残っていない。
また、歴史の書籍では90年代後半のTSRには創造性が欠如し、自転車操業のために無理やり製品を出版していた旨の記載があるが、それらの製品群がユーザーに及ぼしたインパクトについては十分検討されていない。
当時AD&D2版に熱中した筆者としては、自分の経験と歴史研究の結果が整合していないと感じる。

そこでD&D/AD&Dの出版物データを用いて、TSR時代のD&DおよびAD&Dが米国で発展した流れと1990年代のTSRの自転車操業の工程を確認してみよう。
その上で当時の製品群が及ぼした影響について分析し、私見を述べることとしたい。

分析データ(エディション別)

製品データには「Dungeons&Dragons Collectors Checklist by Richard © 2001, version 2.7」を用いた。
これはD&Dコレクターが製品群を網羅して所有状況をチェックするために作成されたリストであり、TSR-Code、Sub-Code、Titleのデータが存在する。
コレクター用リストであるため、改訂して再販されたり、ハードカバーからソフトカバーになって販売された場合は別製品としてリストアップされている。
これらの製品情報に対し、製品ごとにWikipedia・Noble Knight・AmazonのWebサイトで出版年を調査してデータを追加し、出版物テーブルを作成した。

エディション別の製品数の推移を図1に示す。

図1 D&D/AD&D出版物数推移 エディション別

ここでModuleはD&D/AD&Dをプレイするシナリオ・モジュール製品であり、Ruleは基本ルールブックやキャンペーンセッティング、ソースブックなどモジュール以外の製品を集計している。

1974年にOriginal D&Dが発売された後、1977年からはBasic D&DとAD&D1版の発売が開始された。1970年代は発売製品数としてはAD&D1版が多く、特にモジュール製品の割合が大きい。
1980年代に入るとBasic D&Dでもモジュール製品の割合が急増しており、ユーザーにとって豊富な冒険シナリオが十分に供給されている状態となっている。
しかしながらRiggs(2022)ではTSRの売上が1983年をピークに急減したことを示し、RPGユーザーの間に製品が行き届いて飽和して売上が伸びなくなった状態と分析している。
この時期は出版製品数が多いにも関わらず、売上に結びついていない状態になっている。モジュールはDMを担当するユーザーが購入するものであり、プレイヤーであるユーザーは購入を控える傾向がある。市場が狭い中でモジュール製品数を増加させても全社売上には貢献しにくい特徴がうかがえる。

そして1989年にAD&D2版が登場する頃には製品数が急成長している。
特に1995年には年間で84製品という毎月7本のルールブックやモジュールが発売されるまでに増加した。
さらに特徴的な要素がAD&D2版のモジュール製品の割合の低さである。
図1のグラフを見てもRuleが占める緑の部分が圧倒的に大きいことが分かる。

各エディションごとに全製品数に占めるモジュール製品の割合を算出した結果を表1に示す。

表1 出版製品数に占めるモジュール製品の割合

AD&D2版ではモジュールよりもルールブック・ソースブック・キャンペーンセッティングの割合が非常に高くなっていることが確認された。

分析データ(キャンペーンセッティング別)

次にキャンペーンセッティングごとの製品数の推移を図2に示す。

図2 D&D/AD&D出版物数推移 キャンペーンセッティング別

AD&D1版のGreyhawk、Basic D&DのMystaraからキャンペーンセッティングの導入が始まり、1980年代に入るとDragonLanceとForgotten Realms の製品が増加した。
AD&D2版切り替え直後は概ねAD&D1版の系統を引き継いでいたが、1992年からキャンペーンセッティングを分散させて多様な製品群を発売する方針が取られている。
Spelljammer、Ravenloft、Dark Sun、Al-Qadimの製品が増加した後、さらにPlanescape、Birthrightの設定が加わることとなった。
Riggs(2022)はユーザーはいずれかのキャンペーンセッティングでAD&Dをプレイすることを選択するため、複数の製品ラインを提供することがユーザーの分離を招いたと指摘している。

次にキャンペーンセッティングごとの状況を見ていくこととする。

Greyhawk

図3 Greyhawk 出版物数推移 シリーズ別

Gary GygaxがTSRを離れる1985年まで、AD&D1版の冒険の舞台としてモジュール製品をコンスタントに出版していた。
それ以降は年間5件以下のリリースに留まり、AD&D2版が新規キャンペーンセッティングを増加させた94年以降は出版が途絶えている。
Wizards of the Coast社に買収された後、D&D3版が出るまでの間に何本か製品がリリースされることとなった。

Mystara

図4 Mystara 出版物数推移 シリーズ別

Mystaraは主にBasic D&D時代のモジュールと Gazetteerシリーズを提供したキャンペーンセッティングである。
AD&D2版でボックスセットのリリースを行ったが、他ワールドに比べれば製品数は控えめであった。

DragonLance

図5-1 DragonLance 出版物数推移 シリーズ別

ドラゴンランス小説が大ヒットとなり、連携したモジュールの発売が奏功した。
AD&D1版時代はコンスタントにモジュールを発売したが、AD&D2版になると序盤でボックスセットを発売してからは製品リリース数は抑えられた。
AD&Dのラインとは異なるものの、この時期はThe Fifth AgeのSAGAシステムのリリースに注力した影響と考えられる。

図5-2 DragonLance 出版物数推移 シリーズ別

The Fifth AgeはAD&Dとは全く異なるゲームシステムであり、DragonLanceモジュールの中には両方のシステムでプレイ可能な製品も発売された。
その後の製品ラインはストップしていたが、2000年からリリースされたMargaret Weis ・ Tracy Hickmanによる小説The War of Souls(邦訳『魂の戦争』)3部作によって物語はまとめられた。

Forgotten Realms


図6 Forgotten Realms 出版物数推移 シリーズ別

Forgotten Realmsは1980年代からコンスタントに発売している。
特にOriental Adventureは20万部のヒット作となり(Riggs, 2022)、Kara-Tur モジュールが発売される流れを作った。また、1980年代末にはR. A. Salvatoreの小説The Icewind Dale Trilogyが大ヒットとなった。
AD&D2版発売後もラインが途絶えることはなかったが、ボックスセットとソースブックが毎年リリースされるようになった。非常に広い地域をカバーしているため、地域ごとの解説ソースブックが多く発売された。

Spelljammer


図7 Spelljammer 出版物数推移 シリーズ別

ファンタジー世界に宇宙での冒険を持ち込んだSpelljammerは異色のセッティングの1つである。AD&D2版以降時にボックスセットが発売され、その後モジュールも発売された。
しかし、1994年以降キャンペーンセッティング発売が急増する前にSpelljammerのリリースは終了している。多元宇宙を扱うPlanescapeとの棲み分けの影響と考えられる。

Ravenloft

図8 Ravenloft  出版物数推移 シリーズ別

ゴシックホラーを扱うRavenloftは1983年にAD&D1版のモジュールI6として発売されて好評となり、1986年にはI10Ravenloft2が発売された。
その後、AD&D2版では独立したキャンペーンセッティングとして発売されることとなった。
モジュールよりもクリーチャーごとの設定読み物(Van Richten’s Guidesや Children of the Night)が多くリリースされた。

Dark Sun

図9 Dark Sun  出版物数推移 シリーズ別

文明化されていない暴力と超能力の世界Athasを扱うDark SunはAD&D2版でキャンペーンセッティングが発売された。
1993年までは製品数が多かったものの、それ以降は年間4件以下のリリースに留まった。

Planescape

図10 Planescape  出版物数推移 シリーズ別

多元宇宙を扱うPlanescapeが登場したことで、いわゆる精霊界や魔界などの通常の物質界とは異なる世界を旅する冒険が扱えるようになった。
ボックスセット等で濃密な設定情報が発売されることとなった。

Birthright

図11 Birthright  出版物数推移 シリーズ別

古代の英雄の血筋を引くキャラクターたちが国家・教会・ギルドなどを運営しながら国レベルの事件を解決するキャンペーンセッティングである。
Domain SourceBookという、Cerilia大陸の国・地域ごとの情報をまとめたサプリメントが大量に発売された。
TSR末期に集中して発売された後、姿を消したセッティングとなった。

出版物の動向を見ていくと、1980年代はコアルールブックを販売しつつ、豊富なモジュール製品を発売していたことが確認された。

AD&D2版になった1990年代以降の製品ラインナップを見ると下記の特徴が見られた。

  • キャンペーンセッティングを複数ラインで発売するようになった。90年代前半に注力した設定(Spelljammer・Dark Sun)と94年以降に注力した設定(Ravenloft・Planescape・Birthright)に区分されている。

  • モジュールよりも世界設定・キャラクター設定・地域設定などの読み物系ソースブックが増加した。


分析データ(小説)

TSRの商品群の一つであるD&D/AD&D関連の小説の動向について確認を行う。
Wikipediaの「List of Dungeons & Dragons fiction」を用いて小説の出版物テーブルを作成した。結果を図12に示す。なお、このテーブルの中にはPoemやGamebookも若干含まれるが、多数がNovel・Novelette・Novellaに分類されているため、ここでは「小説」と呼称する。

図12 D&D/AD&D小説数推移 キャンペーンセッティング別

DragonLanceとForgotten Realmsは大ヒット小説が存在することもあり、継続的に出版されている。時折スパイク状に出版物数が上昇する年が存在する。
また、1990年代に入ってから小説出版物数を増加させており、1994年には年間96冊の小説をリリースしている。

1994年〜1995年はAD&Dルールブック・小説を合わせると大量の製品がTSRから発売されていたことが確認された。新しいキャンペーンセッティングの小説も発売されているが、量を維持しているのは昔から存在するブランドの小説であった。

考察(出版過多の要因)

TSRが財政難に陥った要因の詳細については参考文献を参照されたい。
それらをまとめると、1990年代のTSRがキャッシュを得る手段は、下記のようになると考えられる。

  1. TSRが小売店に発売予定商品リストを示し、予約注文を受ける。その予約注文分を担保として、TSRが銀行から借金する。予約注文分の製品の売上はTSRではなく銀行に借金返済として支払われる。

  2. ランダムハウス社に製品を出荷した時点で、TSRは製品の希望小売価格の27.3%を前払いでランダムハウス社から受け取る。

  3. 予約していないユーザーが購入した製品の売上はTSRが受け取る。

TSRは小売店に新製品の企画・販売予定を示すことで(1)運転資金を獲得することができるため、次から次へ新商品ラインナップを発表して予約を集めるようになった。集めた予約は銀行に持ち込むことで運転資金に換金された。
ランダムハウス社との契約(2)は「出荷した製品は100%販売される」ことを前提とした契約であったが、TSRは「出荷した分の27.3%を前払いで受け取る」ことを利用して、過剰な製品をランダムハウス社に出荷し、前払い金を受け取るようになった。

このようにしてTSRは「新製品を作ることで運転資金を生み出し、運転資金が尽きたら次の新製品を発表して運転資金を得る。新製品発表を止めたら借金返済ができずに倒産してしまうので、儲かってなくても新製品を発表して借金をし続けなくてはならない」という自転車操業から抜け出せない状態となっていた。会計上の売上自体は好調であったとされているが、常に運転資金不足に悩まされていたことで状況打破には至らなかった。

なお、1の金融手数料は最終的に製品価格の18%におよび、TSRの利益を圧迫する大きな要因となった。
2の契約は1979年のOriginal D&Dを発売するタイミングで結んだものであり、当時D&Dの売上が好調であったものの体力のない零細企業であったTSRを支援する狙いがあった。
しかし、その後ランダムハウスに売れないと分かっている過剰な在庫を押し付けて運転資金の財源にするようになったTSRの姿勢は大きな問題となり、やがてランダムハウスが負債の返済を求めてTSRを訴えるまでに至った。

図2で確認したとおり、1990年代のTSRはAD&D2版で新たなキャンペーンセッティングを複数立ち上げている。
従来から存在するGreyhawk・Forgotten Realms・Dragonlanceが比較的王道のファンタジーキャンペーンセッティングだったことに対し、宇宙を扱うSpelljammer、ゴシックホラーのRavenloft、野蛮な砂漠のDark Sun、次元界のPlanescape、領地経営のBirthrightなど、切り口が異なる斬新な設定が取り入れられている。
これらの新しいキャンペーンセッティングは、それまでの製品にマンネリ化を感じていたユーザーに訴求するというマーケティングの目線もあったと思われる。
一方で、全く新しいセッティングとすることで、小売店に従来のTSR製品トレンドに沿った売上予測をさせず、逆に新製品故に高い売上見込みを納得させることに使われた可能性も指摘できる。

図1に示す通り、AD&D2版になったタイミングでルールブック・ソースブックなどの読み物系製品の割合を急増させている。
Basic D&Dの時代からモジュールはDMを担当するユーザーしか購買対象にならないため、全てのユーザーが購入するルールブック類と比較すると売上が限られてしまう問題があった。また高レベル帯のシナリオも購買層が限られることになる。
そこで、当時のTSRは全てのユーザーが購買対象になる「低レベル帯から使える」「読み物系製品」が新製品として適していると判断したものと考えられる。

ここで重要なポイントは「実際にAD&D2版時代のルールブックやソースブックが広くユーザーに受け入れられたか?」ではない。
小売店や出版社に対して「広くユーザーが受け入れる製品だ」と説得する力があったかどうかが問題となる。
運転資金を確保するために小売店や出版社を納得(悪く言えば誤認)させることを狙って、新しいキャンペーンセッティングにおけるルールブックやソースブックの大量開発を継続したのではないかと考えられる。

考察(多様なキャンペーンセッティングの功罪)

運転資金確保のために新規キャンペーンセッティングが開発され、ルールブックやソースブックが次々と発売された経緯を推察した。
では、大量生産されたそれらのルールブックがAD&Dの市場価値やユーザー評価を損なう結果となったのだろうか?

アタリショックの一因とも言われる粗製濫造によって低品質の製品が大量に市場に投入された結果、製品全体の信頼が損なわれてしまう可能性も十分にあった。

しかし、1990年代に登場したSpelljammer・Ravenloft・Dark Sun・Planescapeのキャンペーンセッティングに登場した要素は、後継のD&D3版以降の作品でも一部採用されており、書籍やボックスセット等の製品としても発売された。
製品に対するユーザーや批評家の評価には多様なものが存在するが、粗悪な製品がそのまま後継のD&Dで採用されることは考えにくい。
これらのキャンペーンセッティングは一部の熱心なファン層の支持を獲得していたことを示唆している。

自転車操業の中で新製品開発をスピーディに行う必要に迫られたTSRの現場環境において、良かれ悪しかれ結果論として下記の要因が働いたものと思われる。

  • とにかく新しいものを大量に開発するという制作スタンスが、新しいアイディアを製品として市場に出して試行錯誤を行うというイノベーションプロセスの根幹を支えた。

  • 通常の企業であれば採算ラインに到達しないと判断されるようなニッチなソースブックやボックスセットであっても製品をリリースすることができた。

  • ヒット作を持っている重鎮の意見に縛られず、新しいデザイナーがチャレンジすることができた。

もちろん、これらはイノベーションの創出を意図した当時のTSRのマネジメントを評価したものではない。
Margaret Weis ・Tracy Hickman・R. A. SalvatoreらAD&Dを支えた小説家やD&D初期から製品を支えたイラストレーターたちに対する低い処遇と訴訟問題、度重なる従業員の解雇と資金繰りと、企業経営に関しては問題が山積していた。
結果論として、通常の企業では製品化に至らない斬新なアイディアやニッチな設定資料が出版されるに至ったと考えられる。
TSRにとっては財務の改善策とはならなかったが、コアなユーザー(筆者ら含む)にとっては貴重な製品の提供元となった。

考察(TRPG製品の特徴)

粗悪な出来栄えのコンピュータゲームがクソゲー認定されてブランド価値を損なってしまうことはしばしば見受けられる。
大量に存在するバグ・劣化したゲーム性・プレイアビリティを考慮したとは思えないユーザーインターフェース・いつまでも終わらない読み込み・使い回しばかりのグラフィック・聞くに絶えない芝居をするキャラクター・フルプライスなのにボリュームが少なく追加コンテンツを有料で販売しようとする運営などに対するユーザーの悲鳴はよく目にするものだろう。

もちろんTRPGルールブックにもクソゲー認定される製品は存在する。
しかし、TRPGセッションの面白さはルールブックの出来栄えやシステムの完成度以外の要因にも大きく左右される。
例えばシナリオの面白さ・プレイヤーとマスターの相性・プレイヤーたちの間の相性・感情的なロールプレイ演出・情景感溢れるミニチュアなどの小物などである。
システムが破綻したRPGであっても、ユーザーの工夫によっては面白いセッションになるということは十分にありうる。
このようにコンピュータゲームと比較すると、TRPGは面白さにおけるユーザーの裁量が非常に大きいという特徴がある。

製品としての完成度が十分ではなくても、斬新なアイディアや新しい設定を提供してくれるだけでも、ユーザーは自分の裁量で改善・修正して楽しむことができるのがTRPG製品の特徴でもある。
1990年代のAD&D2版キャンペーンセッティングは短い期間のリリースであったが、斬新で細かい設定を提供することが出来た。これらは幅広くファンを開拓するヒット作には遠かったかもしれないが、コアなファンに深く入り込む作品にはなったのではないかと考えている。

考察(クロスオーバーについて)

キャンペーンセッティングが複数ラインで発売されたとき「お互いに市場を食い合っている」カニバリゼーションが生じて、TSR製品内で市場を分割してシェア争いをすることになったと指摘されている(Riggs, 2022)。
もちろん長年プレイしてきたキャンペーンセッティングを終了し、次の世界で新たに開始することに対しては心理的障壁が高い。

しかし、SpelljammerやPlanescapeが発売されたことで、従来のAD&DキャンペーンセッティングであるGreyhawk・Fogotten Realms・DragonLanceの世界のキャラクターたちが相互乗り入れしたクロスオーバーが可能となった。
別世界の英雄が助っ人として登場したり、また自分たちのPCが異世界を救うための冒険に出るという展開もオフィシャル製品で実現することができるようになったのである。

TSRの製品マネージャーとしては、他ラインの製品と混ぜてブランドにそぐわない遊び方はして欲しくないという気持ちもあるだろう。
世界設定が異なる場合にはルールの整合性は事前に検討されていないため、一緒にしてプレイすることでシステム面での齟齬が発生することもしばしばである。
自社製品を競合にするのではなく、組み合わせて遊ぶことで価値を高める補完財としてユーザーに訴求することが出来ていれば、異なったマーケティング策が実施できていたかもしれない。

逆に筆者は世界設定にとらわれずにルールや設定を読み込み、それらを組み合わせて際立ったプレイを実現することに全力を尽くすサークルに在籍していた。クロスオーバーした世界でプレイすることを前提とした環境で育ったわけである。
AD&D2版末期の新しいルールをたくさん見たときには「何と組み合わせればより強くなるか」という観点で吟味を重ねていた。
この方針が即座にTRPGプレイヤー一般に拡張できるわけではないが、クロスオーバーを狙う可能性は存在しても良いだろう。

まとめ

D&D/AD&Dの出版物データをグラフ化し、TSRの歴史と交えて分析を行った。
自転車操業を反映するかのような極端な出版物の増加、特にモジュールよりもソースブックを大量に供給する製品開発方針が確認された。
これらはTSRにとっては厳しい資金繰りの結果であるが、単なる粗製濫造ではなかった。ユーザーが斬新なアイディアに触れ、通常では製品化されないニッチな製品を購入する機会が提供されたことで、コアなファンが増加する要因となったと考えられる。

紙の印刷物を前提とした当時と比較し、SNSによる情報発信や電子書籍の販売網が充実し、オンラインセッション環境も整備されてきている。
競合作品は多いものの、尖ったニッチな設定の作品をリリースして試行錯誤を行う環境は当時よりも充実している。
製品には製作者・販売者の意図もあるが、ユーザーが過剰に製品コンセプトに縛られることなく、自由に能動的に楽しんで欲しいと願っている。


参考文献

  • Peterson, J. (2021). Game wizards: The epic battle for Dungeons & Dragons. MIT Press.

  • Riggs, B. (2022). Slaying the Dragon: A Secret History of Dungeons and Dragons. Jabberwocky Literary Agency, Inc..

  • Witwer, M. (2015). Empire of imagination: Gary Gygax and the birth of Dungeons & Dragons. Bloomsbury Publishing USA.(邦訳『最初のRPGを作った男ゲイリー・ガイギャックス〜想像力の帝国〜』 ボーンデジタル)


筆者の感想

1990年代のTSR製品の急拡大と、1997年に突然AD&D製品が入荷されなくなった状況をリアルタイムで体験していた筆者にとって、当時何があったのかを確認したいと考えていた。
D&Dの歴史については様々な書籍があるが、大量のルールブックやサプリメント、小説が発売されていた1990年代に関する描写があっさりしていて状況が詳しく解説されていないと感じていたこともあり、今回データを使って可視化してみたわけである。

企業経営の観点から眺めると常軌を逸した製品数だったと言わざるを得ない。買収して債務を整理し、小説家やイラストレーターたちとの関係性を修復し、D&D3版として再出発する道を整備してくれた当時のWizards of the Coast社および仲介したFive Rings Publishing Groupには感謝である。
TSRが無秩序に破産して過去の製品が全てお蔵入りしてしまい、D&Dの後継を作ろうにもライセンス問題が複雑化して・・・となっていては、RPGの祖を継続させることができなかっただろう。背筋の凍る思いである。

TSRは1990年代中頃に流行し始めたMagic: The Gatheringに対抗してSpellFireカードゲームを開発していた。筆者が見た時点においても、ゲームとしての完成度はMagic: The Gatheringに遠く及ばず、D&Dイラストカードとしての価値以上のものは認められなかった。
Dragon Diceに関してはダイス袋の出来が良かったので、中身のドラゴンダイスを捨てて通常のダイスを入れて愛用していた。
当時出来栄えをネタにして笑っていたが、これらが資金繰りをさらに悪化させた要因かと思うと寂しいものがある。
企業としては資金繰りと会計の管理をしっかりして頂きたいところだ。

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