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マイクロラスベガス・サーチライト

 夜、サーチライトのような強い光が黒い空を貫く帯に見えたりします。いわゆる光線というやつです。

ウィキペディア「サーチライト」より

 英語版ウィキペディアによるとサーチライトが最初に使用されたのは普仏戦争のパリ包囲戦で、西暦ですと1870年とかそういう時期のようです。

 敵を探したり、目くらましに使ったり、自分たちの作業場所を照らしたりと、夜間での活動に使われるようで、どうも軍事利用から始まった技術のようです。夜空を貫く光のラインは目立つしなんか格好いいということで、後年にはイベントや広告などの目的で使われるようになりました。

 実家に住んでいた頃、私の部屋の窓からは近くの山が見えました。田舎なので夜になると結構しっかり暗くなります。空と山の境が分からない程度にはなる。

 しかし、ある日、いつもの景色に変化が訪れました。山の向こうから白い光の帯が何本も見えるようになったんです。しかも、そのうち数本はゆらゆらと左右に揺れている。次の日も、そのまた次の日も同じです。

 山の向こうに何かができ、それが最近になって稼働したことくらいは分かりました。ですが、夜になるたびに光の線を上空に向かって何本もぶん回すような設備がこんな片田舎にできるものでしょうか。できたのだとしたら、何ができたんでしょうか。私はいろいろ予想してみましたが、常識という偏見に凝り固まった脳のせいで軍事基地かラスベガスくらいしか思いつきません。

 基地ラスベガスなんて派手なもんができたならばきっと噂になっているはず。そう思った私は早速、母に聞いてみました。案の定、正体を知っていました。新しくできたパチンコ屋だったんです。軍事基地はともかく、ラスベガスとは思ったよりも似た方向性の設備でした。

 ちなみに、ウィキペディア日本語版によりますと、サーチライトを使うパチンコ屋があるそうです。

 田舎でサーチライトをぶん回せばそりゃ目立ちますから、広告的な役割を想定して設置したのでしょう。更に店長が生粋のサーチライトマニアだったのか、普通のパチンコ屋よりも多めに搭載していたそうです。そうやっていくつかの要素が偶然にも重なり、山の向こうにマイクロラスベガスができあがった。

 サーチライトの光は目立つゆえに強力です。山の向こう側からでも存分にラスベガスでしたから、近所に住む方々にとってはもう目に余るラスベガスだったに違いありません。何しろ「光害」という言葉があるくらいです。周辺住民の不満も徐々に溜まっていったのでしょう。マイクロラスベガスのサーチライト祭りは数年でなくなり、今ではサーチライトゼロのパチンコ店として普通に営業しています。

 遠くから見てる分には綺麗でよかったんですけどね。当時の店長にはそのサーチライト愛を他の現場で、できれば社会と折り合える形で爆発させてほしい。そう思います。

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