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推理ものに蔓延していたらしい「ウッカリ殺人事件」

  推理ものはフィクションの中で最も治安の悪いジャンルのひとつと言えるでしょう。あの本でもこのドラマでもみんな猟奇的な連続殺人事件が起きている。もちろん、起きてないものもありますけれども、大体は人が次々と殺されるどころか、散々殺されてから物語が本格的に始まったりもする。しかも人気ジャンルですから作品数が多い。恐らく、今までの作品を全部集めたら、殺された人数はちょっとした国の人口を平気で超えるでしょう。そんなこんなで治安の悪さは随一です。

 と同時に、推理ものは楽しいです。架空の話だからですね。加害者も被害者も第三者も、全員が架空の人であり、登場人物が織りなす残酷な殺人事件を読者は言わば神の視点で眺めているわけです。知り合いが加害者にも被害者にもなりえませんし、ましてや自分に刃が向くはずもない。安全な殺人事件と言えます。それでいて読めばハラハラもしますしドキドキもする。時にはページをめくるのをためらってしまうほどの恐怖を味わうかもしれないけれども、自分は殺されない。そんな程よい緊張感が楽しみに変換されるのかもしれません。

 さて、面白い推理ものを鑑賞しますと、何人かにひとりはこう思うようです。「自分もこんな面白い推理ものを作りたい」と。そこまでいかずとも、「こんな殺人事件があったらどうだろう」と想像を膨らませ、場合によっては友人とそんな話で盛り上がる方は結構な頻度でいらっしゃるはずです。

 友人もまたそんな盛り上がりを見せる人でした。ここでは仮に東野君としておきますけれども、推理もの大好きな東野君は面白い推理ものを鑑賞するたびに、推理ものがそんなでもない私にあれこれ感想を言ってくるんです。その延長上で、「こんな殺人事件があったらどうだろう」と私に言ってくるんです。

 東野君にどれだけ感想を言われても相槌を打っているだけでよかったんですが、殺人事件の提案をされるとなると話は別です。まず、周囲に人がいるところでそんな話をされると「こいつらこれから悪いことするつもりか」と思われないか気が気ではありませんし、何より私は東野君の提案する殺人事件に対して何らかの感想を言わないといけない。更に困るのが、「星野だったらどんな殺人事件を考える?」という質問です。物騒なアイデアをひねり出さなければいけませんし、そのアイデアに「オリエント急行殺人事件」みたいな気の利いた名前をつけなければいけない。

 とりあえず物騒な事件を一生懸命考えるんですが、まあいいのが出ないんです。当然です、慣れてないんですから。普通の人間は殺人事件のアイデアなんて考えないんです。結局、「殺人事件のアイデアは考えない」という、人としては真っ当ですが友人としてはよろしくない一言で終わりにしていたんです。

 しかし、毎度毎度、アイデア出しを拒否していたら、東野君が言ってきたんです。「これだけ何度も聞いてるんだから、そろそろ何か思いつくだろう」と。そう言って一歩も引かなくなったんです。

 困った私は、2秒で思いついたアイデアを投げやりに言ってこのやりとりを終了させようとしました。そこで提案したのが「ウッカリ殺人事件」でした。本当は殺す気がなかったんだけど、不幸にもウッカリ人を殺めてしまった。そんな殺人事件です。

 それを聞いた東野君、「いいじゃんか」とまさかの高評価でした。冗談で言っているわけではなさそうです。思わぬ反応に困惑する私へ、東野君は更にこう言います。

「推理ものでウッカリ殺すやつが意外と多いんだよ」

 何でも、当時やっていた人気刑事ドラマでは、1シーズンの半分以上、意図しない殺人をしてしまった人が犯人だったそうなんです。ついカッとなって手元の鈍器で一撃かますとか、もめた拍子に相手を階段の上から突き落としてしまったとか、そういうやつです。ビビった犯人は己の犯行を隠そうといろいろやるんですが、最後には主人公に見抜かれて逮捕アンド連行というパターンですね。

 東野君はこんなことも言いました。

「最初はやる気でやってたやつも、そのうち想定外の殺人に手を出すパターンが結構ある。だから、大体の推理ものが『ウッカリ殺人事件』になるんだよ。どんな洒落た名前の事件だって『ウッカリ殺人事件』だ」

 興奮するあまり話すスピードが上がる東野君。私は詳しくないんでよく分かりませんが、これは推理もの好きが抱く感想なんでしょうか。なんか歪んでる気がします。連続殺人事件を楽しみすぎて、一般の感覚からかけ離れてしまっているとしか思えません。

 「ウッカリ殺人事件」の謎の高評価により、東野君は「もっとそういうのないのか」と身を乗り出して尋ねます。どうしてそう前のめりになれるのか理解できないまま、私は流れでいろんな殺人事件に薄っすら当てはまりそうな殺人事件を考える羽目になってしまいました。お金も命もほしい殺人事件。何だかんだあった殺人事件。おだやかじゃない殺人事件。人が死んだ殺人事件。どれも「ウッカリ殺人事件」ほどの高評価は得られません。私はすぐに「すいません、もう勘弁してもらえませんか」と音を上げてしまいました。

 やはり殺人事件のアイデアは考えるべきではありません。

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