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ビジネス歳時記 武士のおもてなし 「握り飯」第43話 

腹ごしらえに頬張るおにぎりは、勝利を願う力飯

「焼飯をほうばりながらゑさをさし」───さっきまで動かなかった竿が揺れはじめ、急に釣果が出たのでしょうか。これは、釣り人が魚と対峙する合間に焼きおにぎりを食べて腹ごしらえをしながら、釣り針に餌をかけるさまを詠んだ江戸時代の川柳のひとつ。

昔も今も、おにぎりやおむすびと呼ばれる握り飯※は、外で活動するときには欠かせない携帯できる食事のひとつです。 

10月は気候も落ち着き、紅葉狩りや運動会などの野外活動も楽しく、新米の美味しい秋を迎えます。私たち日本人は、何か力仕事に取り組むときや、旅に出る前などには「腹が減っては戦(いくさ)ができぬ」とおにぎりを頬張ってきました。その腹ごしらえのおにぎりの力は、今も変わらないように思います。

今回は、まさに戦いに明け暮れていた戦国時代の武士たちが、その日常にどんな握り飯を食べてきたのかを調べてみたいと思います。
 
戦国時代に入ると、武士たちは米に野菜と魚を中心にした日本的な食事形態をとるようになり、ふだん一日2食で合計5合もの玄米を食べたと言われています。一食の量を2合5勺(375グラムくらい)とすると、茶碗に山盛り5杯を平らげたということになります。

そのころは、玄米から糠のビタミンBなどの栄養豊富な成分を含めて、必要なカロリーを得ていたといえます。玄米は栄養も高く腹持ちがよい主食ですが、合戦などの非常時には消化がよく、即戦力になる白米が好まれました。
 
さらに、白米を握り飯にしたのには、空気に触れる部分を少なくして腐敗を防ぎ、表面に塩水や味噌をつけたり、焼いたりすることも防腐効果があることを知っていたからでした。
 
これらの兵糧は打飼袋(打違袋:うちかいぶくろ)という、布製の長い筒状の袋に一食分ずつを納めてねじり結び、それを身につけて戦いに臨みました。その姿が、肩から巨大な数珠の玉をかけたように見えることから、数珠打飼(じゅずうちがい)とも呼ばれました。
 
このときに、握り飯と一緒に味噌も調味料や消化を助ける食品として支給されましたが、合戦中に発酵が進んで味が落ちることもあり、ある陣営ではすり潰した大豆に麹と塩を入れた袋を兵士に持たせ、各自で“合戦味噌”を作ったという話も伝わっています。
 
また、豊臣五奉行の一人といわれた増田長盛(ましたながもり)※は、味噌汁の中にみじん切りにした人参、大根や牛蒡と鰹節を入れて煮詰めて水分を飛ばし、糊のような状態になったのを乾燥させ、今でいうインスタント味噌汁の原型を作ったと言われています。
 
なかでも、豊臣秀吉は賤ヶ岳(しずがたけ)の戦い※では、兵士たちに炊きたてのご飯を食べさせるなど、その胃袋を上手に摑み、柴田勝家に勝利して全国制覇へ王手をかけました。

戦場まで、滋賀県の長浜は大垣から木之本までの50キロをわずか5時間で速攻するにあたり、庄屋や豪農たちにお金を渡し、道中の何カ所かに休憩所を設けて15000人分の兵糧を用意させたのでした。それは、空の俵に炊き上げたご飯を詰めて、腐敗しないように塩水を振りかけました。

そして、兵士が好きな量を自分で取って包めるように俵の表面に穴を開けて、手拭いや着物の袖などを容器代わりに用意させました。好みの量で、自分で塩握りを作る要領になります。

熱いご飯をすべて握り飯にする時間がなかったので、このような手段をとったのでしょう。兵士たちはその力飯のおかげで、マラソンの休憩所のようにエネルギーを補給し、合戦の目的地まで走り抜けることができたのでした。 

【監修】
企画・構成 和文化ラボ
東京のグラフィックデザインオフィス 株式会社オーバル


※握り飯
おにぎり、おむすびなどともいう。「むすび」は「むすぶ」の名詞形で、室町時代からの宮中に仕える女性たちの女房言葉と言われている。その形は、江戸時代後期の三都(江戸・京都・大坂)の風俗を記録した資料によると、京坂は俵型で黒ゴマをまぶしたもの、江戸は三角の塩むすびが多かったとか。三角形は山の神の力をいただくとか、心臓の形で力を得るなどの説もある。なお、東日本は「おむすび」、西日本は「おにぎり」と呼ぶことが多いとされる。

※増田長盛 [1545-1615]
安土桃山時代の武将。尾張国(愛知県)増田村の出身で仁右衛門の名前も持つ。秀吉に仕えて検地に功績をあげ、文祿の役(1592-1593)には兵糧や兵器の輸送に活躍し、20万石を与えられて五奉行の一人となった。

※賤ヶ岳の戦い
天正11年(1583)に滋賀県の賤ヶ岳で秀吉が柴田勝家を破った戦い。この勝利により秀吉の全国制覇の基礎が築かれた。



参考資料
『江戸川柳飲食事典』(渡辺信一郎著 東京堂出版)
『梅干と日本刀』(樋口清之著 祥伝社)
『近世風俗志』(喜田川守貞著 更生閣書店)
『イラスト版 たべもの日本史』( 永山久夫著 河出書房新社)
『戦国時代なるほど事典』(川口素生著 PHP文庫)
『たべもの起源事典』(岡田哲著 東京堂出版)
『民俗小事典 食』(新谷尚紀、関沢まゆみ著 吉川弘文館)
『食の民俗事典』(野本寛一著 柊風舎)

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