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ありのまま暮らす

ニューヨーク・タイムズの「2024年に行くべき52カ所」で、4月に北米で見られる「皆既日食の道」、オリンピックを控えた「パリ」に続いて、わたしたちの会社が拠点とする山口市が紹介されました。

原文から該当箇所を引用します。

山口はよく「西の京都」と呼ばれるが、それよりもずっと面白い。瀬戸内海と日本海に挟まれた狭い谷間にある約19万人のコンパクトな都市である。

完璧な庭園と見事な五重塔を持つ瑠璃光寺は国宝である。
洞春寺の境内にある「水ノ上窯」のような陶芸窯、「LOG COFFEE ROASTERS」や「COFFEEBOY」のようなシックな喫茶店、「原口珈琲Torrefaction」のような昔ながらの喫茶店、おでんや鍋料理のカウンターのみの店など、曲がりくねった小道にはさまざまな体験ができる。南に15分ほど歩けば、湯田温泉の温泉郷がある。

京都は観光客でごった返しているが、山口は600年もの間、京都の祇園祭に代わる、小規模だが歴史ある夏祭りを提供してきた。パレード、衣装、踊りを特徴とする山口の祇園祭も7月に開催される。

52 Places to Go in 2024(The New York Times)

観光客が集中する一部の地域では、過度の混雑やマナー違反が地域住民の生活へ影響を及ぼすオーバーツーリズムが問題となっており、日本国内では、京都、鎌倉、沖縄の石垣島、岐阜県の白川郷などで目立っています。

オーバーツーリズムは旅行者の満足度低下にも繋がる課題であり、それがゆえによりマイナーでニッチな観光地のニーズが高まっているのでしょう。

残念ながら、記事で紹介された瑠璃光寺の五重塔は、約70年ぶりの檜皮葺屋根の全面葺き替え工事中です。2025年8月まではシートで覆われその姿を見ることができません。

旅行者の満足度低下に繋がらないか心配です。

歩いて回れる街並みが旅行客に人気

2023年に「今年行くべき世界の52か所」として2番目に紹介されたのは岩手県盛岡市でした。1月にニューヨーク・タイムズで紹介されてからというもの、多いときで1日120人ほどがやってくるようになったそうです。

盛岡の記事を書いたのは、アメリカ人ライターのCraig Modです。日本在住20年以上日本中を旅して周って旅行記を出版している生粋の日本好きです。山口市を推薦したのも彼なので、盛岡と同じような視点で山口市を評価したのではないかと推測できます。

盛岡の魅力は「Walkable Gem(歩いて回れる宝石スポット)」。町じゅうに歩いて回れる宝石スポットがちりばめられていることだそうです。

なるほど、山口市も室町時代に大内弘世が京の都を模倣して作り上げた文化の痕跡がちりばめられており、徒歩で楽しめる観光地という点では共通点があります。

大内文化を代表する建築物のひとつである瑠璃光寺五重塔(Wikipedia)

ただ、東京から新幹線で2時間の盛岡と比べると、東京駅から山口市の代表駅である山口駅まで公共交通機関で到達しようと思うと、およそ5時間ぐらいは掛かります。

本当にここまで来る?と思ってしまいますが、そのアクセスし辛さもまた逆に魅力的に映るのかもしれません。

観光客はリアルな日本人を知りたい

Craig曰く「旅は少しの苦労が大事。外国人は“冒険”をして、つくられていない本物の文化を味わいたい、という人が増えている。」そうです。

外国人観光客向け情報サイト「ジャパンガイド」の編集者Frank Walterは、日本の観光地が外国人を引き付ける理由として、大きく5つのキーワードを挙げています。

外国人 何を求めて日本へ?
・オリエンタル(神社仏閣・古民家)
・デリシャス(ラーメン・居酒屋・屋台)
・ネイチャー(自然・里山)
・リアル(日常の暮らし・地元の人)
・クール(歌舞伎町・秋葉原・アニメ)

世界が絶賛!日本人が知らない名所▽外国人観光客が意外な場所へ(クローズアップ現代)

5つのなかで、特に「リアル」というキーワードが興味を惹きます。外国人観光客は日本人を知りたい、日本人を知りたいという気持ちが強いそうで、普通に生活する日本人と出会って話したいのだそうです。

あえて不便な手段を選ぶことに対する特別感や、時間をかける過程で得られる充実感を重視し、無目的に回遊してリアルな体験を探し求める様は、まさに「エモ消費」です。

わたしたちはリアルを維持しなければならない

山口市在住のわたしたちは、別段エモい日々を送っているわけではありません。他の地域に暮らす人たちと同じように、淡々と日常を過ごしているだけです。

それがニューヨーク・タイムズに行くべき観光地としてラベリングされたことによって、エモ消費の対象となり急に周囲が騒がしくなっています。

「山口市」で検索するとネットニュースが騒がしい

しかし、外国人観光客が求めているのはリアルな日常です。ここで色めき立ってにわかごしらえのおもてなしを準備するのは得策ではありません。

ステレオタイプな観光地に成り下がることなく、辺鄙で素朴な地方都市の暮らしを維持しなければならないのです。

という感じで、まだ別段何も起こっていないのに、外部から注目されただけで変に姿勢を正してしまうという面白い体験をしています。

商品・サービスの価値は来訪者が決める

今回の一件は、前回の投稿に書いた顧客が増えればロイヤルティも高まるという話に繋がると思います。

山口市は別段何も変化していないにもかかわらず、ニューヨーク・タイムズによって認知を獲得しただけで、一気にロイヤルティが高まりました。

もちろん、室町時代から600年以上積み重ねてきた文化があり、取材に応対された方々のホスピタリティがあり、元々あった価値が評価されたということなのですが、これまでは広く知られることなく埋もれていたわけです。

当事者自らが発信した情報よりも、他者を介した情報の方が信頼性を獲得しやすいとするウィンザー効果も相まって、広く認知を獲得したことによる影響はこれから徐々に表れていくことでしょう。

ただ、繰り返しますがわたしたちはこれまで通り、ありのままの暮らしを続けなければなりません。来訪者がそれを求めているのであれば。

商品・サービスの価値を決めるのはいつも来訪者なのです。

現在の瑠璃光寺(PR TIMESより引用)

では。

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