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黒影紳士season6-X 「cross point 交差点」〜蒼の訪問者〜🎩第十九章 時

19 時

 時を受け入れる事が如何に困難かを、この時の黒影には未だ理解出来ずにいた。
 然し、下に燃え盛る炎を目前に思う。
 予知夢能力者は……死んでも、普通の人と同じ時間を歩めるだろうか。
 大きな勘違いをしていたのかも知れない。
 他の能力者でも……死んだら普通になれるのでは無いか。
 其れは、そうだと良いと思う願望が作り出した、幻想ではないかと。
 人が思う、天国や地獄のイメージの様に。
 理想があって、裁きがあり……だから大丈夫だと、大切な人が死んだ時、人は空想したいのだ。
 其処には何も無い闇があるとは、思いたくなくて。
 じゃあ、何を信じれば良い?
 夢を見てはいけないのか?
 嫌……其処にまた、意味が在る。

「鳳凰にして炎に死す。……笑えない……本当に……笑えないよ。」
 針に引っ掛かる二本の指が落ちようとする時、黒影はそう呟き薄らと口元だけ笑みを浮かべた。
 ビルはその指でさえ、早く落とそうと今まさに、黒影の真上に立ち、踏みつける為に片足を上げる。
 もう駄目かと黒影は目を閉じる。
 黄金色の光が瞼越しにも見えた。鈴の様な澄んだ音が耳に入る。
 身体が浮き、きっと此れが死んだと言う事ならば、案外綺麗な輝きに包まれ、清い音に見送られ……悪くも無い終わりだと、黒影は思う。
 ……だが、如何だろう。
 着地したであろう何処かは、固くもなく柔らかな雲の様な所でも無い。
 ゆっくり黒影は長い睫毛を開き、紫水晶の様な瞳で辺りを見渡す。
「……風柳さん!……っ!」
 黒影が着地したのは、風柳の麒麟と化した姿の上であった。
 風柳の名を咄嗟に呼んだものの、痛みに麒麟の背の毛を握ったまま、黒影は蹲る。
 蹲り乍らも、黒影は片手で必死にコートを脱ぎ、シャツの袖を噛み破き、ナイフの周りに当てた。
 麒麟は下へと黒影を運ぶが、黒影は己の脇腹を抑えつつ、上を見上げる。
 此の時計台は下からでは、一番上の鐘の辺りが見渡せない事を知っていた。
 其れでも、ビルが本当に存在したのか、もしや逃げ遅れはしないかと、刺されても尚見届けたかったのだ。
 麒麟が地に降りると、白雪が真っ先に抱き付いてきて、涙を流している。
 サダノブが、何度か呼んだ。
 だが、其れは分かっても如何にも口パクに見えて、耳から音が入らない。
 命が危険であると、防衛本能により脳が音を遮断しているらしい。
「貴方の使い方、真似させて貰いますよ。……幻影守護帯……発動!」
 そう勲が言うなり、発動させた帯状の影で、黒影が傷口を押さえなくても済む様に、包帯の様に腹部をナイフを避け巻いて行く。
 少しずつではあるが、安堵感と共に痛覚もそうだが、聴覚も取り戻す。
「……有難う。白雪……すまん。……ビルは……?」
 黒影は、息をこれ以上荒げない様に、静かに……途切れ途切れながらも、聞いた。
「私が見てくるわっ!だから、動いちゃ駄目よっ!」
 白雪がそう黒影の目の前でしっかり言い聞かせると、上を見上げる。
「……気を……付けて……。」
 黒影は、しかと頷くが、やはり未だ先程見たのがビルでは無いのではないかと、何かの違う能力者に思えて白雪に言った。
「其れを何時も言いたいのは、私の方よっ!視察だけ!」
 と、白雪は今にも倒れそうな黒影には心配されたくないわとでも、言いたい口調で答えるなり、白梟に姿を変えて飛んで行く。
「……言われちゃいましたねぇ。」
 サダノブが、黒影を茶化して言う。
「とうとう言われたな。」
 と、風柳もきっとナイーブな黒影は気にしただろうと、同情を込めて言うのだった。

 ――――――――――
 そんな口調で話はするものの、深刻な事態である事には何ら変わりが無い。
 黒影を早く病院で診てもらわなければ、闘ったり探したりも出来やしない。
「……八方塞がり……ですかね。」
 サダノブが崩れて行く時計台を見て呟く様に言った。
 その言葉がまるで諦めの様に聞こえて、黒影は真っ向から否定する。
「否……一見不可能に見える事態を可能にする。……其れが、我々探偵の選択肢だ。」
 と。
「でも!……先輩だってそんな身体じゃ……。」
「違うっ!!」
 サダノブの言葉を強く黒影が遮る。
「この身体で出来る事を考える。置換すれば良いだけだ。身体は確かに健康的で快活に越した事は無い。だが、一々歳を取ったから、風を引いた、怪我をした事如きで諦める理由にはならない!」
 黒影はそう言い放つのだ。
 確かに諦める理由にはならないが……
「言ってる事がブラック企業だし、俺は其のブラック企業の社長の身を案じて言ってるんですからね。……なんで、変な所で頑固かなぁ〜。」
 と、サダノブは痛い癖に言う事だけはと呆れた。
「今、心で文句言っただろう?」
「いいえ〜。」
 黒影がジロリとサダノブを睨み聞くと、サダノブは明後日の方向を見て答える。
 ……完璧に馬鹿にしてやがる。
 黒影がそう思って頭にきたのも無理は無い。
「……じゃあ、諦めない理由があると、証明してみせるよ。」
 黒影は鼻に掛けた物言いをした。
 脇腹に未だナイフが刺さっているのに、痛みだってあるのに……黒影にとっては、其方の方が最も重要なのだ。

 ……諦めない。

 例え生き残り、残りの人生を大好きな変わらない日常と共に謳歌したとしよう。
 其れでも、出来たのにやらなかった後悔は死の直前に現れるに違い無い。
 そんな終わり方等、この人生に必要無い。
 在るのは満足感と、愛しい者に囲まれた生きたと言う感謝だけで良い。
 先程、死を覚悟したから……そして、何度も戦い、そして幾つも普通に生きるより、沢山の死を見届け……黒影が辿り着いた答えだ。
 死が逃れられない時の流れならば、せめて……その一つの人生に一遍の悔いなく。……出来るだけでも、そう在りたいたいと願う。
「……だから、諦めない……。」
 黒影は小さくそう、自分に言い聞かせる様に呟き、薄い唇を噛み締め立ち上がる。
「八方塞がりには、此奴だ……。」
 そう、微笑み……最後の力を振り絞り、指笛を吹き……力を使い果たしても尚、鳳を呼んだ。
 鳳はやはり、黒影の肉体へのダメージど同じくして、黒影の肩に何時も通りに止まったが、その赤く輝く羽根を動く度にひらりひらりと舞い落として行くのだ。
 鳳は何時もの様に黒影に頬擦りをする。
「……弱っているのに……。御免な。」
 黒影はそんな鳳にそう、いって長い睫毛を少し下ろし、目を細めて微かに笑った。
 昔と変わったのは、己が傷付けば……他にも、傷付く人が増えたと言う事。
 大人の責任ってやつかも知れない。だから、今は大切に着実な道を選ぶ。
 無謀さを若さの様に勘違いする事は屢々見受けられるが、その要因は無知と経験不足の結果であり、必ずしもそうだとは限らない。
 何れだけ何に時間を費やすかで、大人に仕上がって行くのかも知れない。
 ビルは……一体何れだけの時間を掛けて、こんなにも……僕を刺す犯罪者側へと向かったのだろう。
「八方塞がりを崩すのは鳳凰が一番適している事を、サダノブは忘れているんじゃないか?」
 八方吉報の尾を持ち、更に黒影の持つ「十方位鳳連斬」は、八方塞がりでも擦り抜ける道を作ると謂れる、十方位の陣から成っている。
「……あー、確かに。でも、先輩の親友のビルさんはいないんでしょう?其れに如何見ても傷を如何にかするのが先です。」
 と、サダノブは其れでもやはり不利では無いかと、言いたいらしい。
「単純明解な事が一つだけある。……身体が使えないなら、頭脳を使えば良い。ビルは時を移動するかも知れないが、確実に追う方法がある。……さっき、此処へ来た様にね。」
 黒影がニヤりと笑った。
「そっか。」
「ああ、そうだ。」
 サダノブが理解出来ると、黒影はほらなと言いた気に鼻先を上げると、さっさと来た道を戻る。
 景星鳳凰で先程開いた世界の道がそのままであった。
 中で時夢来を嵌めれば、世界名は「20年前の黒影紳士season1」としているので、再び入って出るだけで、season1にいる限りはビルの居場所の近くに出ると言う事だ。
「白雪と、風柳さんは悪いが、現在に戻って霊水を取って来て貰えないだろうか。」
 と、黒影は頼む。
「其れで少しでも元気になるんなら。」
 白雪はそう言った。
「多分、其れで此の邪魔なナイフを抜ける程にはなる筈だ。鳳凰の翼が在る時に刺されて、鳳は痛かったかも知れないが、不幸中の幸いだったよ。」
 黒影はそう言うと苦笑いをする。
 ふらつく黒影を風柳と勲が支えて、景星鳳凰にの出入り口に入る。
 風柳は白雪と霊水を取りに戻る為、サダノブと交代した。
「……もう、大丈夫だ。有難う。」
 黒影はそう言って、時夢来を使った。
 ――――――――

「あれ?余り変わらないじゃないですか?」
 景星鳳凰から出た場所は先程と同じ景色である。
「失敗したのでしょうか?」
 と、勲も不思議そうに黒影を見て聞いた。
「否、合っている。……ほら、未だ館の火の上がりが小さい。少し前に戻って来たみたいだ。」
 そう言って、黒影は脇腹を摩った。
 確かに刺さっていた筈のナイフが消えている。
「じゃあ、ビルさんに気を付ければ、その傷も無くなるんですか?」
 サダノブが聞く。
「そう上手い話は無い。時間とは一本の線の様なものだ。今は其れがバグで崩れ、二本になってしまっているだけ。時間を直し戻した時、あの傷も再び現れる。時自体は未来を変える物ではない。ビルは遠くに逃げるでも無く、少し前に移動しただけだ。昔と変わらない……過去に少し干渉出来るだけの様だ。ビルが登場するのはseason2以降なんだ。其れが正常な筈なのに、season1にいる。ビルが変な動きをして、全体にバグが起きてしまった。……そもそも起こる筈も無い、火事が起きている。此の原因をつき止め、家事での被害者が出ない様にしなければ、未来の黒影紳士が変わってしまうのも当然だよ。」
 と、黒影は答え、言うのだ。
 傷は消えたが、鳳凰の受けたダメージが強く、黒影もコートをひらつかせ歩く度に、はらはらと数枚の鳳凰の羽根を落として行く。
「勲さん。……出来るだけ、鳳凰の力は使いたくない。
 僕も影を駆使しますが、勲さんとサダノブの氷で霊水が来るまで、応援願いたい。」
 黒影がそんな事を屋敷に向かい乍ら言うので、サダノブは少しだけ驚く。
「素直に言えるじゃないですか。助けてって。」
 と。あれだけ黒影が言い辛い言葉だったと言うのにだ。
「何を勘違いしている。僕は自分に言っているんだ。其れに「助けて」とは言っていない。」
 黒影は、サダノブには意地でも言わないと、心に思い乍ら答える。
「可愛くないなぁ〜。」
「可愛くした覚えは無い!」
 そんな二人の会話を聞いて、勲は思わずクスッと笑う。
「失敬……。さっきから聞いていれば。」
 勲は己でも、つい笑う事などあるのかと思った。
「……案外、自然に笑えるじゃないですか。絶対そっちの方が似合いますよ。」
 と、サダノブが勲に言うのだ。
 勲はまるで黒影の様にキョトンとした顔を見せたが、一瞬にしてその顔が緊張感にキリッと変わる。
 コートをバサッと広げて見上げた先に、ビルがいる。
「ビル!!……何故、僕を恨むんだ?何故に時間を歪ませ「黒影紳士」を壊そうとする!?」
 黒影もビルに気付き、今度は警戒し聞いた。
「……まさか、時夢来をそんな風に使うとは。未来で見たよ、鳳凰の事も……黒影が結婚した事も。喜ばしい……素晴らしい事だと、未来を見るだけだった時、俺は思っていたよ。少なくとも……今より素直な気持ちで。……だが、黒影の未来は俺の人生よりも遥かに長かった。……ほんの少し、其れが羨ましいと言っても罰(ばち)は当たらないだろう?」
 黒影は若くして家族と共に殺害されたビルの事を思うと、確かに……と、頷く。
「……今より素直な気持ちでと言う事は、今はそう思ってくれないのか?」
 今は黒影の幸せが妬ましいだけになってしまったのではないかと、悲しそうな声で聞いた。
「分からない。……持って無い物を持っている。其れが羨ましく思う時があるのは、少なかれ人間にはあるのだと思う。隣の芝は青く見える。……そんなものだろう?俺は何も好き好んでこの「黒影紳士」の世界を始めっから壊そうだなんて、思っちゃいなかった。相棒が創って行く世界を静かに見守ろうと思っていた。誇りにさえ感じていたよ。……けど、壊しちまうんだ。物は何時か壊れるなんて言うけどよぉ……其の壊す者が必要で俺だった。
 そう思わないと、この「時間」の中で、とても正気を保っていられない。時が運命を決め巡るならば、俺は其れに巻き込まれたんだ。其の時夢来の懐中時計の歯車に、挟まって巻かれたみたいにさ」
 ビルはそう言うと、黒影の手にある時夢来の懐中時計を、恨めしく睨むのである。
「何が言いたいんだ、ビル!?……そんな事ある訳無いじゃ無いか。考え過ぎだ。時の中に挟まるなんて……挟まる?」
 ……黒影は、時の中に挟まると言う言葉に、嫌な予感が過りまさかと、其処で会話を止めた。

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(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。