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最終回season7-5幕 黒影紳士〜「色彩の氷塊」〜第六章 闇より深く……


第六章 闇より深く……

※此の章はイメージを大切にして頂くラスト前ですので挿し絵は控えております。

「来るぞ!」
 僕は辺りを見渡し警戒した。
 ただでさえ硝子が崩れそうなこの状態で、一気に全ての世界が闇と包まれたのだ。
 ヒシヒシと感じる……。
 突然、僕を「黒影紳士」の世界に閉じ込めた、この呪いの様な書の本質……。
「何ですか、黒影紳士の書って?」
「良いから警戒しろ、来るぞ!」
 心臓の鼓動が張り裂けそうだ。
 ……僕の忘れていた恐怖心。絶望……。書けなくなったあの日々……。

 筆が血で滲んでいた……。
 言う事を聞かない指を噛み、筆を投げつけた。
 インクが真っ黒に……白い壁紙に滲む。
 原稿用紙は血と涙で汚れた。
「黒影紳士season1」を書いていた僕は無念にも、余りの痛みに無理やりな終わりを作る。
 鎮魂歌(レクイエム)に閉じたのは、書けない自分への恨み、辛み、苦しみ、悲しみ、苦悩、死を望んだ……陰の感情全てなんだ!」

 ――――――
 溢れる声に絶命を

無駄な残花に慟哭を

疾風、流麗掻き乱し

影は怒り闇と成る

消え去る嵐は血に巡り

四肢を奪いしこう名乗る

我が名は…

「漆黒の書に刻まれし者である」

逃亡せよ
我が愛する者よ…

「黒影紳士ー影の追跡者ー」追憶の愛

 ――――
 書く事を愛するが故に、闇は深く……何処までも限りない漆黒の巨大な影となった。
「黒影!」
 読者様の声が届く……。
 以前は小さなホームページの星々の片隅に飾られた存在だった。
 誰かに読まれようともしない、書き置き、静かにクラシックの音楽と佇み読む場所……。
 連絡手段も知る人ぞ知る掲示板と、お問合せのメールがあるだけ。
 season2から、感想が増え、SNSに繋ぎ近過ぎたり、遠過ぎたり、僕は人の距離に困惑した。
 夜に流れる静けさで書いて来た僕には、分からない事だらけ。
 其れでも、声が届くと言う事を、時に喧嘩し涙したりもしたが、嬉しく思う。
 僕が僕のままでいられたなら……きっと、のんびりとした詰まらない人間で、流されて行くのだろう。
 何億の星々と変わらない……一瞬の命ある出逢いと別れ。
 其れでも……僕には、やらねばならない時がある!
 其の声を力に変えないのならば、僕は主人公でも筆者としても失格だ。
 守るべき者がいる。
 読んでいる君が今、呑み込まれ無い様に……。
 既に呑み込まれた読者様を助ける為に。
 そして……この僕が呑み込まれた「黒影紳士」世界を守る為に!
 サダノブと出逢えた……妻が応援してくれる……色んな世界を旅した。
 「今は……あの時の、僕では無い!朱雀剣!」
 朱雀剣すら、漆黒の炎と成っている。
 不安じゃない訳じゃ無い。
 何時だって怖かった。
 ただ、恐怖を感じた時、僕は常に関わった人々を背に感じる事にしている。
 たったそれだけで、勇気とは作られるものなんだ。
 僕には寸前で救えなかった命がある。
 其れは僕の生涯に渡り、悔いとなり……力ともなった。
 重い責務と言う十字架を背負い、己は一秒後に死ぬかも知れない病の恐怖に耐え……此処まで生きて来た。
 黒影紳士を書く事に、目紛しく息継ぎすら出来ない様な時間の中で、僕は……誰よりも、その瞬間……星の瞬き程の時間すら、大切にして来た。
 時の残酷さも、今を生きる大切さも、決して忘れた事が無い。
 六年だ。……人生と言う間で言えば普通で言えば一時。
 六年間、解明される迄、一秒後の恐怖に耐えた。
 そして……黒影紳士を書いていた間もだ。
 不思議な事に、黒影紳士の中盤頃になると、その病は解明され、即死は無い。もう大丈夫だと医者が言った。
「もう大丈夫」
 其れは母の口癖だ。
 小さい頃から、身体が弱く苦しみパニックを起こし掛かると、母親はこんな魔法を掛けるんだ。
「魔法の言葉……」

「大丈夫」
「大丈夫」

 二人で言えば、何にも怖くないと思えた。
 其れからも、人が怪我をしたり、苦しんでいる時僕は、
「大丈夫、大丈夫になりますからね。今……救急車呼びましたから……」
 と、言う。何度も大丈夫……大丈夫……そう言って、ゆっくりな呼吸を促し、一定のリズムで大丈夫な所をポンポンと繰り返す。
 自分が死ぬかも知れなかった時、僕は……其れでも、其の呼吸音一つですら大事にしただろう。
 今は僕の口癖「大丈夫」は、僕が辛い時……妻が言ってくれる。
 安心とは……大丈夫と誰かに言われて確立される日々なのかも知れない。
 自分で言ってもあまり効果は無いんだ。
 だから、人が支え合い、初めて真の意味を持つ物なのかも知れない。
「サダノブ!氷の壁を!」
 夜空に星が浮かび上がった。
「えっ?」
 サダノブは警戒しろと言っているのに、相変わらず落ち着きなく、キョロキョロするだけだ。
「黒影紳士の書自体は大きな漆黒の箱の様な物だ!此の暗闇が其の所為ならば、あの輝く物は何だ?……あれは星では無い!」
 僕はサダノブにも分かる様に説明した。
 ただの物語や関係する人々を閉じ込める書。だから、星なんて事は無い!何かの攻撃だ。
「早くっ!」
 サダノブは氷の壁を作った。
 どの位の威力だ。
 星程遠く見えるが小さい針の様な物かも知れない。
 朱雀剣を後ろ斜め下に取り、姿勢を下げた。
「来たーー!」
 サダノブが、輝く星が一斉に目掛けて来た時、叫んだ。
 其れは細く銀色に輝く……巨大な針……。

 ……何処かでそんな物を見た覚えないか?読者様。

 此れは、僕の技……。
 幻炎斬刺(げんえいざんし)だ。
 然し、余りにも遠い飛距離からなので威力が分からない。
 此の数は……サダノブの氷を貫通させ、割る勢いだ。

 ……願いは……届くだろうか……。
 朱雀剣を取ったのは、共鳴させ何か出せないかと思ったからだ。一か八かやってみるしかない。

 サダノブの氷の下に影を何枚か重ね減速させる。
 想像もつかないGが掛かってくるだろう。
 朱雀剣を握る手が汗ばむ。

 シュン……シュン……と音が鳴った。
 僕は朱雀剣を上空に、下弦の月を下から創り上げる様に斬り上げた。
「そんなっ!」
 目の前に現れた幻影斬刺はまるで漆黒に尖った彗星の様に、僕が創る其れとは比べ物にはならない程。
 一本を朱雀剣で僅か軌道をずらす程度だ。
 大量の槍の雨。紫に時々光る其の闇の槍は、黒水晶で出来ていると思われた。

 ――避けきれないっ!――

 そう思った時、僕は咄嗟にサダノブの上に覆い被さった。
 僕を護ってくれた存在を、僕も護りたいと思っていた。
「先輩……。先輩!!」
 サダノブが黒影の身体からすり抜けた瞬間……黒影はその場にうつ伏せに倒れた。
 何の音も無く、漆黒のロングコートが足元に広がる。
 背中に突き刺さった何本もの槍の雨……。
 出血多量になる恐れから、抜く事も出来ない。
「俺が先輩を護るんです!何んで俺を護るんですか!俺だったら、鳳凰陣で回復出来たかも知れないのにっ!」
 サダノブは涙声で黒影に叫ぶ。
 何もしてやれない手が、槍の前で震え……行き場を無くした。
「護られるだけは……性に合わない……」
 黒影はそう答えただけだ。
 回復するからとは言え、痛み等少ない方が良い。
 サダノブが僕を護る為に、被った痛みの数々に比べたら、何だ……軽いではないか。
 もし、出逢わなかったら……元から此の痛みは僕だけの物だった。
 大事な友と出逢い、たった一度でも良い……。
 鳳凰付きの狛犬としてではなく、単純に……大事な友を護れる人間になりたかった。
 格好付けたかったとしても、

 ……こんな姿じゃ……ざまぁねぇな。サダノブ。

 それでもさ、朱雀としてでも無く、鳳凰としてでも無く、人としてこんな様になったならば、少しだけ己を許せる気になるんだよ。
「霊水だって無いんですよっ!先輩!」
 サダノブは突き刺さった闇色の槍を抜いて、ジャケットの下のシャツを食い千切り、止血するつもりだ。
 僕は其れに気付いて、ズルズルとサダノブに匍匐前進し近寄り、腕を止めて首を横に振った。
「先輩、何で止めるんです?」
 サダノブは、見様見真似の応急処置した知らないんだ。
「深過ぎる……無理だ。其れに止血帯も其れでは全く足りない……。はぁ……はぁ……このまま、己の闇と戦うしかない……」
 僕はサダノブにそう説明した。
 こんな喋るのもしんどい時に説明させるなんて……。
 サダノブらしい……そう微かに笑えて、僕はまたうつ伏せになる。痛みで四肢が上手く動かせない。
 十字架を背負って生きた僕の最後は……やはり、磔と大差ない物なのだろうか。
 ふと、堕天使のクロセルを脳裏に浮かべた。
 最初はサダノブの心に巣食い……軈て僕を主とした。
 誰よりも深い……此の「黒影紳士の書」の闇が何たるかを、今思えば既に知っていたのかも知れない。
「……そうだ。……クロセルか……」
 水を司る大悪魔ではないか。
「クロセル!」
 僕は、残りの力を振り絞るかの様に、其の名を呼んだ。
 少しだけ横に顔を向けて見れば、相変わらず眠そうな猫目……美しく長い銀髪を靡かせ乍ら、黒衣を纏うクロセルが現る。
「主!……サダノブがいながら主が此の様なお姿に成るとは何たる失態!」
 魔界にも天界にも戻りたくないクロセルは、否応無しに今の主の黒影を大切にする。
 犬猿の仲……ならぬ犬猫の仲か、こんな時でさえ仲の悪さが目立って見えた。
「真っ暗な天から巨大な槍が降って来たんだよ!避けれる訳ないじゃないか」
 サダノブは負けじと此れは当たり前の回避不能なダメージだったと言う。
「だから人間は……。クロセルの目は見える……」
 クロセルはそう言うなり、黒影の背の矢を握る。
「猫目……だったな」
 黒影は青褪めた顔で微かに笑った。
「抜く気か?」
 黒影は少し怯えた様に、見えない背中に視線を送る。
「主……問題ありません。影の片割れがおります」
 クロセルは上を指差した。
「黒影紳士の書」が堕とした闇夜は大時計台の影響かひび割れている。
 その闇のひび割れから、白いぼんやりとした光が小さく揺れて見えた。
「黒影ーーっ!!」
 自分そっくりの、叫び声が其の隙間からするのだ。
「くっ……ふぅ……嗚呼ーーっ!」
 黒影が気を取られている間に、クロセルが黒影の槍を抜き、黒影は余りの苦痛に声を上げた。
 幻影斬刺と違ったのは、まるで獲物を逃がさまいと言わんばかりに、先端に引っ掛かりが付いていたのだ。
 背中の肉の一部毎、抜けば持っていかれる仕組みになっている。
 此の「黒影紳士の書」は、じわりじわりと主人公でさえも闇深く……おどろおどろしい影となりて呑み込もうとしているのだ。
「真実」を知った時から始まる崩壊。
「主!もう少しです!」
 クロセルが何本目の槍を抜いたかも分からない。血が引く茫然とした頭の中で、黒影はただ地に握り締めた拳を見ていた。
 生温い感触が背中を伝う。
 意識は何時でも飛んでもおかしくは無かった。

 それでも……!
 僕は普通の人間で、きっと実際は全く関係無い、そう……読者様と同じだった世界に生きている。
 自分だけ逃げてしまう事は何時だって出来た。
 悲しい「真実」に出会す度に、何度見るも切なく目を細めた事だろう。
 其れでも捨てられ無かったんだ!
 此の「黒影紳士」を愛していた。
 例え途中のままでも、それから何年の月日が過ぎ去ろうとも、忘れる事も叶わない、心の中で閉じる事も叶わない、そんな物語だった。
 初めて書いた、推理かミステリーかも分からないこの物語が!
 唯一、完結を迎えられなかった後悔なのか、それすら今は分からない。
 ……けど、此の物語を再び書き始めてから、僕の人生は大きく変わった。

 ……此の世界を……こんなにも……愛してしまった。

「最後迄……諦めやしない。……最後の一瞬迄、見定めてみせる。……本当の「真実」は、己が創る!」
 片膝を付き乍らも立ち上がる其の姿……。
 夜空を真っ赤な瞳で睨み付ける、漆黒に鮮血に満ちた鬼の生き様。
 ……どんな姿、形になろうとも……
 信じる「真実」が此の先にある!

「蒼炎!……十方位鳳連斬!……解陣!」
「何?!」
 黒影は其の言葉に驚きを隠せない。
 己以外で、鳳凰の秘経を唱えた者がいる。
 然も其の声は己とそっくりの声色。
 蒼い地獄の様な炎の十方位鳳連斬が、ゆらりゆらりと夜空から舞い降りた。
 真っ赤な黒影が出した鳳凰陣と重なる。
 蒼炎を出す力が無いと諦め掛けていたのに、諦める事を捨てた直後に舞い降りて来たではないか。
 色の違う二枚の鳳凰陣が重なり、影と炎の光を合わせ持つ、陰陽の鳳凰奥義が出せる様になる。

「如何して……」
 サダノブは不思議そうに夜空のひび割れを見上げた。
「……影の片割れ……。そうか!勲さんがいるのか!何時の間に秘経を」
 黒影は、クロセルの言葉をヒントに理解出来た。
「いずれは何方も鳳凰を持つ運命。勲さんも主には変わらない。然し、彼は「黒影紳士の書」の設定にあるプログラム。……真実が作った幻は幻である。其の定義に定められし者。「黒影紳士の書」からは……残念ながら主……逃れる事は出来ません」
 クロセルはそんな事を黒影に言った。
 黒影は其の時、クロセルを抱き締めると、目を細めこう言ったのだ。
「クロセル……クロセル!お前……分かっていて!」
 クロセルは己が設定プログラムにしか過ぎない事を理解していた。
 天使の中でも知能の高かったクロセルならば、堕天したからとは言え気付いてもおかしくはなかったのに。
 だから、黒影の傍にいたのだと気付いた。
 心の闇の深さでは無かった。
 孤独に書き続けた日々に、寄り添う様に其処にいたのだ。
「たかが、プログラム等とは呼ばせない!」
 此の世界に愛すべき者がいる。
 成長が楽しみな鸞。支え続けてくれた白雪。
 そして……苦難を助け合い進んだ仲間……読者様。
 どれ一つでも欠けたら……
 其れを、
「黒影紳士」
 とは呼ばない。

 それだけは……この僕が……
 許さない!!

 人を閉じ込め物語を食らうだけになってしまった此の哀れな「黒影紳士の書」を産み出したのが僕ならば
 其れを変えるのもまた己しかいない

 覚悟を決めるんだ……
 此の世界と心中してでも護る覚悟をっ!

「クロセル!……大時計台の真下に、水を張るんだ!浮力で大時計台の硝子が総て割れても、下まで通過しない程の水だ!……「勲さん」が「黒影紳士の書」が作った夜の影と其の間にある世界大時計台のひび割れに気付いている。詰まり、他の「世界」からも、此の異常自体は確認出来ている筈だ。僕等は下から来たが、大体はひび割れから上にいるんだな?クロセル、時計台の上にいるのは誰か分かるか?」

 僕はクロセルに状況確認をして貰う事にした。
 此の大時計台の硝子を上手く取り除く事が出来れば……世界の均衡は保たれるかも知れない……。

「黒影紳士season1短編集から勲さん、Winter伯爵の忘れ物より伯爵、Prodigyよりザインの青龍、双龍の縞瑪瑙より桜と霊牙の黒龍が二名。……現在は以上です」
 クロセルが上空を見上げて答える。
「我々も上に……」
 そう黒影は言おうと思ったが、
「ちょっと待った〜!」
 と、こんな大事な時迄昭和の告白ごっこで巫山戯たいのか、サダノブが止めに入る。
「お前なぁ〜……」
 黒影が呆れて腰に手を置き見ると、
「上にいっちゃ駄目です、先輩っ!」
 と、サダノブが言うでは無いか。
 黒影は何の事かと、少し馬鹿にした態度で鼻を軽く上げ、話してみろと促す。
「上には「勲さん」がいるんですよっ!よぉ〜く考えて下さい。先輩と勲さんの差は普段は帽子を被っているかいないかだけ。先輩が影の力を使ったり普段の瞳が青いから、今読んでいる読者様が何方か分からなくて混乱するじゃないですか!」
 などと言うのだ。黒影は溜め息を一つ吐き、
「あのなぁ……。此処迄読んで来た読者様なら分かるに決まっているだろう?……然し、確かに下から出来る事もある……か」
 黒影は呆れたものの、考えを改めてみる。
 硝子が世界に落ちるのを防げるのは下だけ。
 上の読者様ならば、既に其れだけ龍が揃っているならば、翼の炎は鎮火した筈。
 硝子を失った正義崩壊域の大地に、新な土台となる大地が必要となるのは言うまでも無い。

 其の時……僕の頭の中にある優しい風が吹き込んだ。

 世界のパワーバランスを保つ為に、誰でも出入り可能な此れ以上無い……相応しい大地を。

 誰も創った事の無い物を書いてみたかった。

「クロセル……伝えてくれないか。上の連中に。僕は硝子が割れると瞬間に大地を下から創る。クロセルが創った水の受け皿に。其の大地を確認したら、龍で硝子の破片にある、僕の強い悲しみを……消し去って欲しい。その後サダノブと上に向かう。Winter伯爵とサダノブの持つ氷は水からは生成されてはおらず、五大元素外となるだろう。ならば、五大元素其の物を死滅させる事が可能かも知れない。やってみる価値はある。……ずっと考えていたんだ。何故、主人公に一番近しいサダノブが氷使いなのか。ただの狛犬で済むのなら、他に何でも良かったでは無いか。
 僕が考えるに、此の「黒影紳士の書」は、膨大な世界データの保存、維持媒体。然し、当然其の膨大な量を正確に纏める為に、予測不能の自体だって起こり得る。サダノブは……season2の再会時から僕といる。冷たい言い方で悪いが、サダノブも設定上、必要な物として存在しているんだ。即ち……護るのでは無い。僕の監視役として、存在した」
 黒影がそう言うと、クロセルは何も気にせず夜空のひび割れへと飛び立つ。
 サダノブは衝撃の余り、
「何すか、今頃裏切り者みたいな言い方して!俺は本気で何時だって先輩の事を大怪我してまで護って来たんですよ!」
 と、黒影相手にも関わらず本気で怒って言った。
「待て、全くサダノブは……。最後迄人の話を聞くんだ。主人公としての僕が、元の読者様と同じ世界へ逃げ出さない為と言う監視もあったが、それよりもこれから重要になるのはこっちだ。……サダノブには「黒影紳士の書」内にエラーが起きた時、自動的に無意識に其れを修復しようとする、修正プログラムが組み込まれている。サダノブ……僕を信じてくれないか。本能に従い動き易いサダノブは、きっと「黒影紳士の書」に有利な判断をしたがるだろう。然し、僕の言葉を思い出してくれ。……探偵に必要なのは、「洞察力」と「観察力」だ。鳳凰の僕が命ずる……何があっても、最優先で大地を凍らせ、確固たる物とし、Winter伯爵と五大元素の結晶を死滅させよ!……例え僕が「黒影紳士の書」に呑み込まれようが、消されようが、最優先だ!」
 黒影は「黒影紳士の書」について、サダノブにきつく命じた。
 己の危機よりも、世界を救え……其れが鳳凰付きの狛犬であるサダノブに、どんなに辛い事を命じているかも分かっている。
「其処迄……此の幻想かも知れない世界が大切ですか?……先輩は、今これすら書いている。なのに、其の先輩が守る理由って、何処にあるんですか!次の主人公は幾らでも「黒影紳士の書」が用意してくれる!さっきだって読者様を呑み込み主人公に出来た!誰だって成れるんです!先輩がこれ以上「真実」を追わなきゃ、俺等も世界も何とかなるんですよ!!……逃げて下さい……先輩。頼むから……逃げて下さい」
 サダノブは、黒影に泣き乍ら懇願する。
「黒影紳士の書」は明らかに黒影を狙っていた。

 そんな事……馬鹿な俺にだって分かってしまうんですよ。
 そもそも「黒影紳士の書」の産みの親だから。
 産みの親を消してしまえば、「黒影紳士の書」は破られる事も、燃やされ消える事も無い。
 表紙を閉じただけで、全世界に大きな夜と言う影を落とす存在。
 そんな物に勝てっこ無いんですよ!
 もし……この世界が崩壊しても……俺にとって貴方はずっと……
 ……憧れの「先輩」でいて欲しい。
 ずっと、もう会えなくなっても、そう呼ばせて欲しい。

「サダノブ……修正プログラムに惑わされるな。物語とは何だ?幻想を否定する物か?……否、逆だ。幻想を肯定する物だ。「黒影紳士の書」はあくまでも「書」である事を決してこれから忘れるな。……それを忘れた時、此の作戦は無に帰る。直感では無い。イマジネーションを最大限に活用しろ。僕からのアドバイスは以上だ。……甘ったれの授業だったな」
 黒影はそう言うと、微笑んだ。

 昔、恐れを成す俺に恐れを解く方法を教えた時も口にした。……「甘ったれの授業」だと。
 何時だって、本気の言葉だった。気付けば俺を想って沢山の事を教えてくれた。
 主人公が誰でも良いなんて……嘘だ。
 俺は……この人の言葉だから、何時だって信じられたし、付いて来れたんだ。

 ……先輩の護ろうとする世界を……護りたい……

 ただの鳳凰付きの狛犬如きが願うには大それた願いに違いない。
 それでも……そう思えた自分は、ちっぽけな犬でも無く、誇りの様な物を……少しでも感じていられるんだ。

 黒影は二重になった鳳凰陣に片手を付き、ふらつく足にも堪えて、鳳凰の最終形態になり、鳳凰奥義を使うつもりだ。
 大地を創る……一体何をしようと言うのだろう。
 サダノブは駆け寄り、黒影の腕を首に回し、其の身体を支えた。

 今……出来る事が……信じる事だけだとしても、俺はどんな結果だとしても、何度でも言う。
 ……信じて良かったと……
 ……此の……今、力無くも足掻こうとする、一人の主人公……「黒影」を信じた自分を、誇りに想う……

「鳳凰来義!」
 黒影の黒い翼は、再び燃え盛る赤へと変わる。
 然し此の赤い炎は、朱雀の轟轟と燃え盛る其れとは違い、柔らかな赤に金の光を纏う。
 金の光からは火の粉が風が舞う度に舞い流れる。
 翼の下方には、八枚の孔雀の尾が柔らかく揺れていた。
 八、吉方を示すとされる尾は其の堂々たる鳳凰の風格を見せる。
「景星鳳凰……世界名……我が聖域……「真実の丘」!」
 黒影が呼び出した世界は、何と「真実の墓」がある「聖域」に指定されている「真実の丘」であった。
 黒影にとっては、放火で失った父と母が残した大切な大地。
「真実の墓」に墓にも入れない者、事件の引き取り手の無い者、被害者、加害者、其の関係者の全ての者を、「真実」の下に皆、平等とし安寧の眠りに帰す場所。
 其の性質上「領域」とされ、「領域」の番人であるザインが守る場所でもある。
「黒影紳士の世界」では移動可能な物を「領域」、移動不可能な物を「世界」としている。
 黒影は聖域ならば、領域であるからして動かす事が出来るのでは無いか。
 そう考え、実行してみたのだ。
 思惑通りに、彩りのご遺体と共に植え添えられた美しい花々と、柔らかな風が吹く、神々しい優しい光が包む大地を呼び寄せる事に成功した。
 然し、此の大地其の物を使っては、今後「真実」の名の下に、ご遺体を平等に眠りに就かせる場所が無くなる。

 黒影には考えがあった。今は真実の墓に眠らせた幾つかの事件。其の中に、己を守る存在があった。
「朱雀炎翼臨!!」
 黒影は立て続けに略経を唱える。
 先程の「黒影紳士の書」から受けた槍で背中の傷も癒えない内に。
 然し、戸惑っている暇は無い。
 もし、己が倒れてもサダノブがいる。上には信じる仲間がいる。
 信じるとは……なんと、馬鹿げた言葉だと人は言う。
 けど……信じて良いものもあるんだ。
 たった一つでも信じられるものがあるだけで、人は強くなれる!
 己は己で成すべき事をする。
 どんな時でもそうさ。
 自分しか出来ない事をやれば良い。

「朱雀剣!」
 黒影は自分の弱った身体が其の剣の渦に持って行かれない様に、両手で必死に重い朱雀剣を何とか持っている状況だ。
 再び朱雀剣を手にした意味は……此の「真実の丘」ならば、通ずる物があると信じたからだ。
 以前、「真実の丘」に植えた菊の華が、溺れ掛けた黒影を助けた。
 その後も、朱雀剣と祈りを込めた華が力を持ったところを何度も見た。
此の法則がもしも正しいならば……
「来た!来たぞっ!」
 黒影は歓喜の声を上げた。
真実の丘から幾千もの花が舞い上がり、朱雀剣の炎の渦へ巻き込まれて行くのだ。
 真実の丘から朱雀剣まで、まるで花で出来た美しい川が流れ混んでいる様だ。
 其々の純粋な願い……祈り……。
 余りの量と長さに黒影は足を一歩引き、地面に靴をギリギリと沈める。
 其れを見たサダノブが、慌てて黒影の手に己の手を貸し重ねた。
「サダノブ……」
 黒影はサダノブを見た。
「俺、相変わらず難しい事は分からないんですけど、今迄先輩を信じてついてきて、損した事ないんですよ。だからって変かも知れないですけど、俺……先輩の言った事は信じます。親友って……そう言うもんじゃないんですかね」
 と、サダノブは言って、満面の笑顔で犬歯を見せた。
「お前……近いんだよ。……まぁ、今回だけは仕方あるまい。もっとだ。限界まで此の花を巻き込んで溜めるぞ!菊、木蓮、椿、雪柳、白菫……全てに願いがある。此の力は陽の力。「黒影紳士の書」の陰の力に対抗し得る、大地にする!」
 黒影はそう言って夜空を見上げた。次第にヒビは大きくなる。

 丁度狂った世界大時計台が0時を指した時であった。
 それはまるで、全ての世界をリセットするかの様に、バリンバリンと音を立てて、一斉に大時計の硝子が割れた。
 クロセルのお陰で計算尽くされた水の中に止まった。能天使だったクロセルだからこそ、水の抵抗を精密に計算出来たと言えよう。
 上を見上げれば黒い夜空の中に水……其の中を幻想的に三匹の龍が伸び伸びと其の荘厳なる姿を流麗にゆうるりと、泳いで行く。
 鱗に硝子の破片を吸い付けては消して行く。
 光を反射させて、煌びやかに輝く硝子の鱗は何処迄も長く夜空を色取るのであった。


次の第七章(最終章)を読む↓

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。