最終回season7-5幕 黒影紳士〜「色彩の氷塊」〜第三章 影、現る
第三章 影、現る
「黒影?……誰ですか、其奴は?」
ある新米カメラマンが、その名を口にした。
周りにいたマスメディアが一気に騒めき立つ。
「おい!今、お前……「黒影」と言ったのか!?」
隣にいた記者が顔面蒼白になって聞く。
「ええ、確かに。「黒影」って奴が来るからさっさと帰って来い!って……」
と、何の事だかさっぱり分からない新人カメラマンは、言われたままを説明する。
「黒影と言ったらな!通るだけでそんなカメラ、一瞬で壊されるぞ!悪いことは言わない、あんたらのクルーも早く逃げるこったな!」
「何で逃げなきゃ行けないんです。そんな奴がいたら特ダネじゃないですか?あのバスジャックの能力者と言い……今は能力者犯罪だらけ。僕は、彼奴等能力犯罪者を野放しにする気は無いんでね!折角、如何に能力者と言う物が危険因子か国民にアピールするチャンスなんだ!」
と、若いカメラマンは逃げない意思を見せる。
「逆だ、逆!あんたは未だ能力者の上っ面しか見えていないし、そのカメラじゃ「真実」なんて、撮れないぞ!」
ベテランの方は注意をしたが、若手カメラマンは頑として譲らなかった。
「威勢が良いじゃ無いか。君は事件解決とこのまま現状を撮るのと、何方が効率が良いと思う。ほら、カメラのテープが勿体無いだろう?瞬間瞬間だけを撮れたのなら、何て便利だなカメラだろう……なぁ?」
と、二人にゆっくりとそう話し掛け、近付く影。
真っ黒なコートとシルクハット。ポケットに手を入れカツン……カツン……と、ゆっくり靴音を立てる。其の動きは周りの騒ぎに反比例し、コートの裾を揺らし遊ぶかの様に、ふんわり……ゆうるり、夢の中の時をが違う何者かの様にも思えたのだ。
「……くっ、黒影だーーっ!」
「出たぞ!」
カメラマンクルーは慌てて機材を仕舞い、各チャンネルのロゴマークの入ったワゴン車に乗り込み、エンジンを掛ける。
「……なんだ、人を化け物みたいに。失礼だ。なぁ……サダノブ」
後ろにから来たサダノブに振り返り、黒影は言った。
「だって、カメラってカメラマンの命でしょう?お高いらしいですしね。誰だって壊されたく無いですよ」
と、サダノブが飽きれて言う。
「TVカメラの相場には興味が無いんでね。ウチの最新鋭の監視カメラと何方が高い?」
黒影は新人カメラマンのカメラを不思議そうに覗き込み聞いた。
「あぁ、可哀想に……。黒影の旦那が映っちまったら、もうそのカメラはお釈迦だよ。若僧にとっては宝みたいなもんなんだよ。因みに、黒影の旦那が設計した監視カメラの最新の三分の一程度が相場じゃないかねぇ」
これまたゆったりと、現場の漢共を真っ赤な着物の袖でそろ〜り、そろりと頬を撫で、道を開かせ現れたのは涼子だった。
「じゃあ、僕が弁償するよ。「夢探偵社」に請求してくれ。因みに……名刺はデジタルと紙、何方がお好みですか?」
と、黒影はジャケットの裏ポケットから名刺を出そうとした。
新人カメラマンは、其の仕草に何か出すのでは無いかと、地をザッと音を立て一歩引く。
「……ん?ただのご挨拶のつもりなのだが。涼子さん、何がしたいんだい此奴は?……君さぁ、事件解決に邪魔なんだよ。報道の自由は結構だが、君が僕をこうやって引きつけているうちにスムーズな解決への道が乱れている。君のカメラ一つ壊すのに、僕はポケットに内臓しているスイッチを一捻りするだけ。皆さん先輩方はとっくに知っていて道を開けてくれたじゃないか。君一人だよ?隊列を乱しているのは」
と、黒影は注意する。
「おっ、お前が何者かだなんて如何でも良い!あんな凝り固まった中堅に限って、スクープに対する情熱も薄れ、マスメディアは「真実」さえも伝えられないんだ!僕は彼奴等とは違う!」
困った事に、この新米カメラマン……何か勘違いしている様だ。
「おいっ!お前……先輩の前で何言ってんだよ!」
サダノブが聞き捨てならないと前にでる。
「困った坊やだね。旦那……この涼子が、其の面倒なカメラ、くすねてやろうか」
涼子は軽く片足を引き、着物の裾を摘み上げ体勢を引くした。
一瞬の隙あらば、涼子はそのままジャンプし、あっという間にカメラを奪うだろう。
「待て。涼子さんは足を洗ったのだから、直ぐに盗むとか言わない。サダノブも一々目鯨を立てるな。……それより。……それよりもだな。……君、今「真実」が云々とぬかしたのか。然も僕の前で。「真実」を追うならば、これから起こる事をしかと見届けるべきだ」
「……何言ってるんです?拙いに決まってるでしょう?」
サダノブが幾ら何でもと、黒影に言う。
「これから起こる全ては君は知る権利がある。「真実」への探求とは、良し悪しも全て見定め、並べた「事実」から不要な情報を取り除き、たった一つを照らし出す作業だ。その「真実」が残酷であろうと何であろうと、光の元に引き摺り出す行程に過ぎないと僕は考えている。君の其のカメラを通した目で確かめるが良い。何を消して、何を残すか……それは君次第だ」
黒影はそんな事を言い出すのだ。
「旦那!精密機器破壊装置を使わないのかい?!」
涼子は驚いて黒影に言った。
黒影は涼子の横をゆったりと過ぎる時、こう耳打ちする。
「何かを信じてみたくなっただけさ。……「真実」で無ければ、どうせFBIが揉み消す」
そう言い残すと、現場中央の警察とレスキュー側へと其の姿を影の様に擦り抜かせ消えて行った。
――――――
「ああ、黒影……其方は良いのか?」
風柳が黒影の気配に気付き、走って聞いた。
「何で呼んでくれないんですか?つれないなぁ〜。此れ、僕が来れば一発で解決するレベルじゃ無いですか?それとも、マスコミの手前、能力者を使うのを控えました?否、正しくは警察と能力者の関係を伏せたかった。……今は、風当たり強いですからね。世の中、能力犯罪者のニュースばかり。とは言え、国民の何割だと思っているんだか。犯罪規模の割に、今までの能力を持たない人間と量刑が同じなのがおかしいだの、散々な言われ様だ。高度な能力を持ってしてでも、普通に生きている能力者が報われない……」
黒影はそんな事を言い乍ら、穂が集めた天空に取り残されたバスの立体展開図をぐるぐる回して見ている。
「……何をしているんだ?」
風柳が黒影に聞いた。
「此の衛星画像から出た立体図形を計算しようと思いまして。中に取り残された子供達の数人が動くのを推定して降ろさないと、バランスを崩して一気に落下してペシャンコだ。風柳さん、手帳と何か書く物あります?」
「ああ、勿論あるが……」
黒影はある程度暗算して、答えを風柳から受け取った紙にメモする。更に其れを計算機を開いて打ち込み、計算をしているらしかった。
「其れで……何が分かるんだ?」
風柳が聞くと、
「其々の箇所に耐えられる負荷を計算しています」
と、黒影はノートパソコンの電卓を打ちながら言うのだが、風柳には全く理解出来そうもなかった。
「其れを出して如何する?」
風柳が聞いてみると、
「如何するも何も、如何したいですか?……僕は確実に今、バスの中の子供達を救える道を導きだしている。……が、困りましたねぇ……」
と、其処で計算が終わったのかそう言ったので、
「何がだ?」
と、勿論風柳は聞くのだ。
黒影は何を今更聞くのかと、ジッと風柳を見た。
「あ、ああ?そう言う事か。依頼に報酬!」
風柳はやっと気付いた様だ。
「遅いですよ。僕が計算している時点で上官に連絡取って貰えませんかね?」
黒影はやれやれと溜め息を吐いて言った。
「それより、あのカメラマン……良いのか?」
風柳はスマホを取り出して、相手が出る前に気に掛かり聞く。
「ええ、「真実」を追う者に悪い奴はいない。今は、能力者に偏見を持っている様ですが、平等を司る僕が、その偏見をこれから見事に打ち砕いてみせる。彼が「真実」を知り、報道する事でまた一歩違う道が開けます。若く未来のある彼をほんの少し試したくなっただけです。気紛れですよ……気紛れ」
黒影はそう言って、計算式と、地上から天空の刺さり曲がった幼稚園バスを見上げた。
「余り時間がありません。中央で折れて落下する可能性がある。ヘリが邪魔ですね……」
黒影は風柳に言った。
「あっ、ええ、そうですか。分かりました」
風柳は何を話すでも無く、怱々に通話を切った。
「FBI様の出番だと。また、横取りされた!」
と、風柳は悔しがるが、
「じゃあ、僕はやり易くなった。サダノブ、FBIに連絡。報酬契約してくれ。後、ヘリを退かして欲しいとね。その分は割引き価格にするよ。中の子供達には将来がある。一生分×人数。これは恐らく僕だけが安全に全員を救える。その位で構わないだろう。……割引は……そうだな、一人カメラマンの監視もして欲しいし、警察がご機嫌悪いので共同で解決した事にしましょう。勿論、警察は何もしていないんだ。僕には幾らか労いが入るんでしょうねぇ?口止めするなら」
黒影があの口角しか上がっていない、不気味な営業スマイルで風柳をジッと見詰めた。
「こっちはモロに税金だぞ!」
風柳はそう言い乍らも、署長に連絡する。
「白雪に……もっと良い、鯛の御造りでも食べさせて上げたいなぁ……料亭の良いやつ。」
と、ぼんやり黒影が態とらしく言った。
「お前って奴は!……全く……遠慮と言う物をだなぁ……」
風柳が説法でもしそうなので、
「此方は慈善事業じゃありません!身体張ってるんですよ、甘く見ないで頂きたい!……それにねぇ、賄賂やら闇に税金を消すぐらいなら、人助けの為に有効利用すべきです。一般市民を助けるんだ。グズグズ言わないっ!」
と、風柳の方が兄であろうと、黒影はこれはビジネスだと言わんばかりに、きっぱりと言った。
「じゃあ、料亭は何だ?」
飽きれて風柳が聞くと、
「家族サービスしたいから、知ってる店を紹介して欲しいと言っているだけですが、何か?」
と、黒影は何の悪ぶれもなく笑った。
「分かったよ。今のも、全部署長が聞いていた。相変わらずだと笑っていたよ。今度、良い席を用意するそうだ。我々全員に労いだそうだよ」
風柳がそう言うのだ。
「全員って、俺も入ってます?」
と、それを聞いていたサダノブがワクワクして風柳に聞く。
「ああ、後……突然にも関わらず人が少ない中、協力してくれた「たすかーる」従業員もだ」
と、風柳が説明した。
「良いぞ……。これでやる気出てきた!」
黒影はニヒルに笑い、天空を見る。
「お前のやる気は金次第だな」
風柳が飽きれて言った。
「良いえ、本当は0円の契約でも本気は出ますよ。僕に依頼したと言う事が大事なんです。それだけで、責務を全うしたいと言う気持ちが、真っ直ぐに産まれる。僕に依頼した。他の誰でもない。だから、僕が助けるしかない。其の考えに妥協無く真っ直ぐ事件に迎える」
黒影はそう言った。
「旦那、翼はちょいと目立ち過ぎるんじゃないかい?」
そう、涼子は心配する。
飛べば難なく中の様子が見えるし、ヘリとは違って風圧も強く無く、一人一人を連れ出す事が可能だ。
「え?そっちは使わないです。こっちですよ。其の為に計算尽くしたのですから。蒼炎……幻炎……十方位鳳連斬(じゅっほういほうれんざん)!……解陣!……幻影守護帯(げんえいしゅごたい)……発動!」
黒影は先ず蒼い影に特化した幻の炎で出来た安全な、鳳凰を模り何重もの円で出来た、円陣を形成した。
更にそのま、円陣中央の鳳凰図に手を付き、影を分けた平たい線状の帯の様な物を、無数に出現させる。
シュルシュルと鳳凰陣から連なり、更に数を増やした其の漆黒の帯は上空へと、まるで生きた手の様に伸びて行くのだ。
「確かにこれで、一発ですね」
サダノブが天空に伸びゆく、幻影守護帯を見て思わず言った。
軈て、其の帯は幼稚園バスを包むと、鉄柱に刺さっていたので、上に上げ抜ききると、子供達が落ちない様に、其の穴を塞ぐ。平行にゆつくりと下ろされて行く。
其の丁寧な仕事は、黒影の性格が反映されていたのかも知れない。
静かに……バスとは思えない程の静けさで、大切にそっと地面に着地する。帯を開くと、子供達がキョロキョロと辺りを見渡し、やっと窓から顔をだす。
地上だと知ると、早く降りたいと騒ぎ出す。
不安そうに見上げる事しか出来なかった関係者は一気バスへと走りよる。保護者は我先にと、我が子を窓から出して、抱き付いて安心に泣いた。
「良かった……良かったですね!」
と、サダノブが言ったのだが、黒影の視線は尚も曲がった天空の鉄塔の先。
歓喜の声の中に……引き裂く様な悲鳴が聞こえる。
「如何して!如何してウチの子だけいないの!」
「あの子が一体何をしたって言うんだ!」
「何て神は不公平なんだ!」
到底、他の帰還等喜べない叫びが混ざっている。
誘拐された三人の保護者の叫びに違いなかった。
黒影の耳に残るは、当たり前の歓喜より、理不尽な不平等に悲鳴を上げる、其れ等の声であった。
平等を司る鳳凰が其方の声を大きく感じさせるのか、何時も通りの生活を愛し、探偵として身近にあり、そうする事が最終目的だと思うからか……理由は分からなかった。
それでも……正義崩壊域の……恐らく、組織的な物が……もう此処迄大胆に仕掛けて来たと言う事実に間違いは無い。
……未だ、今の黒影には早い……
そう、創世神に言われた言葉を思い出していた。確かに、正義崩壊域と正義再生域の翼を持つ人種の戦いは、先の戦いを見ただけでも、通常の能力者との戦いを遥かに超えていた。
然し、だからと言って此のまま手を拱いているのか……。
自分らしく無い。「真実」が目の前にあるのに。
二つの世界の所為で「黒影紳士」の世界は滅茶苦茶だ。
許せるか許せないかで言えば……とても、許し難い。
単純に将来的には翼を持ち、強い能力者になるとは言え、大胆な誘拐をしているではないか。
誘拐は誘拐だ。悲しむ誘拐された子の父、母の頽れ泣く姿に、叫びにも似た苦しみが響くのに、僕は何が起きているかを知っていても、慰めの言葉一つ掛けられない。
彼等はそんな言葉を欲してもおらず、願って止まないのは我が子の元気で帰って来る姿を再び見たいのだ。
それは一体誰が叶えるのだと言うのだろう……
此の騒がしいマスコミもどっと戻って来た現場で、其の声に気付けたのは黒影だけ。
ならば、他の誰でも無く、僕がやらねばならない時なのかも知れない。
そんな風に、黒影が悩んでいると歓喜に我が子を抱き締める絵だけではと、とうとう未だ子供が帰って来ない……泣き崩れる三人の子の保護者にマイクが向けられようとしていた。
誰が言うでも無く、黒影すら何か考えた訳でも無く、気付けば地面に一瞬で影を伸ばし、マスコミの群衆をすり抜け、三人の保護者の前に仁王立ちしていた。
真っ黒な壁が立ちはだかる。
心ではもしも、鸞がこんな事に巻き込まれたら……と、我が息子と比べていた。
「此方の事件は未だ終わっていない。これから、此方の行方不明の三人の保護者の皆様には事情聴取がある。疲れているんだ……これからも、未だやるべき事があるんだ。順番を間違えないで頂こうか」
黒影はマスコミの連中を睨んで言うと、態とらしく大きくコートを翻して見せた。
カメラクルーの精密機械が一瞬にして壊されたのではないかと、マスコミの連中は慌てて引き下がる。
三人の子の保護者には、涼子と穂が付き添い……黒影にもう大丈夫だと視線を送った。
黒影は人並みをゆっくり掻き分け、あの若手カメラマンの前で止まる。
「救出の一番乗りスクープ、ちゃんと撮れたか?」
黒影は微笑み聞いた。
「あんただって能力者じゃないか!少し人助けしたからと言って信じないからなっ!現にマスコミの僕等だって、半恐喝みたいに好き勝手にさっきからしているじゃないか」
と、若手カメラマンは言う。
「若いとは勇ましくて、元気があって良いな。幾ら能力者とは言え、僕にもそんな時期があった。……それに、君は大きな勘違いをしている。僕の能力は通常の能力者の物と同じかと言えば、少し難しい。予知夢を見るが、放火事件依頼の悪夢。先程の影は日本古来からあるもので、僕の一族は飢饉や内乱が起こる度に、動物を保護する為にノアの方舟の様な使命を受け、代々影使いとされている。……そして、僕は今……無性に君に「真実」を見せたくなった。先程の物も、これから見せる物も、どの道FBIが揉み消しにくるが、君が「真実」を知りたいならば、個人的に調べる分には構わない。……僕は影使いの中でも四神獣……麒麟の長を含め、五神獣とも言うが、その中の鳥類を司る鳳凰と朱雀の魂を持っている。いざと言う時は、鳥類を優先的に影に匿う。其れが役目だ。君は世界の歪みにより発生した能力者の事も、僕の様に元から能力を持っている能力者の差も未だ分からない。「真実」を語るには未だ早い。自分で探せ……「事実」の土台の上に、ある揺るぎない「真実」を」
黒影は己の全てを今日会ったばかりの新米カメラマンに教えてしまうのだ。
「何故……其れを?」
勿論、カメラマンは聞いた。
「君が「真実」を口にした。……と、そう言いたいのもあるが、何故カメラマンになったか分かったからだ。僕の本職は探偵だからね。能力者と聞けば目の色を変え目鯨を立てる。答えは簡単だ。君自身が、能力者に恨みがあるか、能力犯罪者の被害者か……だ。君の見ている世界は未だ狭い。……丁度其のカメラのレンズの中だ。其の担いだ重さに似合う「事実」と「真実」を詰め込まなければ割に合わない。担ぐ姿がしっくり様に見えた頃、もう一度君に問いたくなってね。……君にとって能力者とは何か。其の「真意」をまた聞きに来る。……再び……会う事が出来たらな」
黒影は最後に、目を細め儚い瞳で微笑んだ。
人でごった返る現場。混乱し、動線すら確保出来ない。そんな中、風柳は揉みくしゃになり乍ら、サダノブとマスコミと野次馬を入れない様に手を組みバリケードを作り、応援を只管待っている。
戻って来た子供達もわんわんと泣きじゃくり、カウンセラーがカメラの前で何か話す。
黒影には其の景色が異様に静かに見えた。
音の無い映画を見ている様に、現実味が無い。
まるで忘れられた三人の子供達。
その保護者の叫びと嘆きだけが、その映画の景色に流れ聞こえるのだ。
「……封陣……」
一度に何枚もの陣を貼れば体力を消耗してしまう。
影に特化した先程迄の鳳凰陣(十方位鳳連斬の中央をそう呼ぶが、十方位鳳連斬を略して全体をそう呼ぶ事もある)を閉じる。
此の混乱に、悲しみに……平和等、平等等見えやしない。
黒影は……静かに唱えた。
鳳凰だけが使える技……今度は「蒼炎」の言葉を取り除き。
「……幻炎……十方位鳳連斬!……解陣!」
先程の影に特化した蒼い炎では無く、真っ赤な炎の鳳凰陣が浮かび上がる。人混みの中でも火災の心配は無いが、力が幾分か弱い「幻の炎」。
黒影の背に真っ赤な炎の翼が燃え揺れている。
「あれ?!先輩、何してるんですか!」
流石鳳凰付きの狛犬……と、言うべきか、サダノブが鳳凰陣が展開された事に気付き、黒影に叫んだ。
然し、間にはごった返した人混み。
黒影の元へ行こうと、人を掻き分けるが中々退いてはくれない。
「大丈夫だ。正義再生域に先ず、偵察に行ってくる。此処はサダノブ……頼んだぞ。忘却の香炉も忘れるな」
と、黒影はサダノブに気付くとそう言って、炎に真っ赤に光る翼を広げ、上空を見上げ飛んだ。
サダノブは黒影を心配して、其の姿が闇色の空へ星の様に小さくなる迄見送る。
手には小さな香炉。黒影が、話した時には指を軽く鳴らして火を点けてくれた。
砂も無い空っぽの、取っ手には獅子が小さく座っている飾りが付いた香炉。
黒影らしい、白檀の優しい香りが、雑踏と化した現場を包んでいく。
今日忘れるのは何ですか?
悲しみの一部が、強欲に安堵したばかりの人に群がる蠅か、将又闇色の救世主がいた事か。
将又……其れが夢の様な翼を持って舞い上がったと言うお話だろうか。
優しい程に残酷……。
あの影の存在を忘れてしまうなんて。
サダノブはそんな事を思った。
俺だけが知っている。俺には何故か余り効かない香炉の忘却。いざと言う時に、狛犬が守護出来ないんじゃ、使い物にならないからだろう。
「…偵察で済めば良いんですけどね」
サダノブは思わず、そう口から溢す様に言っていた。
「洞察力」も「観察力」も、元は「好奇心」の成せる事。
「好奇心」や「真実」を知りたいと思った時、無我夢中で其れこそ子供の様に夢を追い掛けてしまう黒影。
そんな時は余りにも純粋に走って周りが見えないから、時々ハラハラする。
「……正義再生域って……どれだけ遠いのかな……。大気圏とか、無視なのか?鳳凰の翼って」
サダノブはそんな下らない事を考える。
色々知りたい。何で親父との会話を止めたんだろう?何で時が狂うのだろう?何時もなら、後ろを追い掛けている筈の俺が……此処にいる。
俺の探究心とかは、全く無視で心配だけ掛けて、平気で置いて行く。
でも、何時だって置いて行っても、其の先で待っていてくれる。
……そう信じる事しか出来ない人の気持ち……考えた事なんて無いんでしょう?
でもさ、結局その子供みたいな無邪気さが、時々羨ましくもある。
大人になって行く内に、目が濁ってしまうから。
我武者羅に真っ直ぐ「知りたい」と、思う事を恥ずかしいとさえ思えたりしてしまうから。
唯一の社訓「やってみなきゃ分からない」
案外、其れは時に勇気が無いと出来ない時がある。
甘い香炉の香りに包まれ、サダノブは考えていた。
人々は少しずつだが、気付かずに話が柔らかくなり、騒ぎ立てる者が減って行く。
暫くは気付かないんだ。人はある程度忘れても、他の情報で補おうとし、会話は成立する。
本当に頭からある箇所だけ消えたなんて気付くのは、もっと後に数人が気付くぐらいだろう。
「……風柳さん。先輩が、正義再生域に偵察だけでもと、先発で行きました」
サダノブは風柳に言った。
「おや?サダノブは行かないのか?もうそろそろこっち(警察)は、応援が来るから大丈夫だよ」
と、風柳は狛犬のサダノブならば、心配だろうとそう言う。
「何時も黒影が引いてる道を後から行く事に慣れてしまっているんだよ。偶には自分の気持ちに素直になってご覧なさい。……自ずと……道は開けてくる」
などと、風柳は偉そうに言ってみせたが、最後は何時もの優しい笑顔を向けた。
自分で先頭を切って歩くなんて、すっかり忘れていた。
地下の小山のリーダーは、何もかも失敗し……そんな事が似合わない人間なのだと自分では思い続けていた。
だから、黒影が何時だって先に立ち、指示してくれる楽さに甘えていたのかも知れない。
気付いていたのに……。其の重積を背負って生きる黒影の表には出さない苦悩。
誰もが分かっていたのに、其れは触れてしまえば、今直ぐにでも崩れそうな均衡で保たれている。
「そうだ。……俺も社訓を利用しよう!何も守る為にあるんじゃ無いんだ、あの社訓」
サダノブはある事に気付く。
こんな迷いの時も、使えるじゃないか……あの社訓。
「……元から如何とでも取れるんだよ。読む者の心で変わる。やるかやらないかは結局自分次第。やってみようかと思えた時、ほんの少し、背中を押してくれるだけ。……ふっ、そう思うと、黒影も未だ未だ心配症の策士と言う訳だな」
あの社訓の意に既に気付いていた風柳は、そう言って穏やかに笑う。
「そっか……もっと単純に考えれば良かった。……俺、行って来ます。香炉は穂さんに預けます」
「……そう言うと思ったよ。自分に出来る事を出来るだけ熟す。其れがチームワークの役割だ。香炉持ちなら、誰でも出来るからな。……黒影にごちゃごちゃ言えるのはサダノブだけ。行って来ると良い」
風柳がそう言ってくれた。
……そうだな、先輩なら「真実」を知りたいと、目を真っ赤にして偵察どころじゃ済まされないところまで、一人突っ走って行きそうだ。
そう……俺はストッパーに行くだけ。
気楽にそう思おう。
そう思ったサダノブは少し考えとから、黒影の残した十方位鳳連斬の中央、鳳凰を模る鳳凰陣にそっと触れた。
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☕️今回は第一巻最終回に付き、拡大全七章です。そろそろ中間休憩を取って下さいませ🎩🌹
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。