見出し画像

「黒影紳士」season2-1幕〜再起の実〜 🎩第四章 幻影の実


――第4章 幻影の実――

 「何を言っているのか自分で分かっているのか?それじゃあ態々、敵の懐に飛び込みに来たって言うのか」
 風柳が呆れて言った。
「私と黒影がそんな事、手伝うわけないじゃない。そもそもサダノブだってその1/100に選ばれるかなんてまだ決まってないわ」
 白雪は幾ら黒影でもそんな事になって欲しくないからこそ、必死で否定する。
「今日、夢に見た。
 真っ赤な炎の中、いつものキャンバスと額縁の中に我々は確かにいた。サダノブはまだ見た事も無いから確かに選ばれるか分からない。
 彼は選ばれる為に此の十年を生きてきた。……そして贄の腕を白雪と僕が掴んでいた。
 やはり取り仕切るのは此処の主人。高身長に和装だからほぼ間違いない。
 誰か死ぬかも知れない。
 でも、全員生き残るかも知れない。
 確か…時差で今の僕の能力が鈍っているのならば、其れで良い。唯一確かなのは、この景色と同じ状況になると感じるんだ。
 昨日の主人が行った昼の村の会合は、恐らくはもう百人の総意を決めたのだろう。だからその夕方に夢見に現れたのではないか」
 深刻そうな面持ちで黒影が言った。
「……其処に俺は居なかったのか?」
 風柳が聞く。
「あぁ、居なかった」
 其れを聞いて風柳の顔が明るくなる。
「じゃあ全員助かる!俺にはそんな未来が見える。白雪と黒影は特別な能力があるかも知れないが、警察組織に正式に入っている訳じゃあない。あくまでも協力している一般人だ。
 勿論サダノブも地主の主人も。一般人である限り、俺には守る義務がある!だから大丈夫さ」
 と、自信満々で言った。
「初めてこの村を時夢来が写した時、手前に映る頭だけの人々を見た時はゾッとしたよ。きっと選んだ百人は、観客席でちゃんと終わるまで見届けているんだ。
 だから、主人とサダノブの父親……佐田 明仁は、此の茶番劇を止める事も出来ず、逃げる手を使った。
 サダノブは賢い奴だから、きっと既に逃げ道を見つけている。我々も探さなくては」
 黒影は最善の道を必死で考えている。
「でも、私達が逃げたのがバレてしまったら高岡 晴美さんや須藤 丈雄さんが代わりになるだけだわ」
 白雪は二人の事も案じているようだ。
「全く、この村は救われたい輩ばっかりだ」
 流石の風柳も毒付く。
「其れにしたって如何やってサダノブは1/100を引き寄せたんだ……」
 その風柳の問いに黒影は、
「ちょっとした心理操作を使ったんですよ。
 村人を恨む人「佐田」と言う姓を持つ人物像と、村に溶け込み潜む不審な謎の人物像。
 此の二つの印象を村人達に植え付ける。
 現在はただ、控えめな青年でも、人は単調な情報からではなく、多くの情報の中から引き出し、架空のサダノブ像を作ってしまうのです。
 きっと、成長したサダノブは普段は寡黙でも、猟奇的且つ暴力的な人間に成長しただろう。
 そう二つの情報から無意識に、現在のサダノブ像を作ってしまう。
 それに加え、彼には肉親がいないと言う情報まであれば、此れ程理想的な贄は他にいないと考える方が自然なのです。
 彼は人の心理を動かすのに丈けた人物です。
 きっとあのカード一枚で、我々が三人で来る事も気付いていた。……全て彼の手の内にある」
 と、さも悔しそうに言う。
「お前が悔しがる事はない。人の心は誰の物でもない。」
 風柳は黒影の肩をそっと持って、言った。
「分かっています。ただ、だからこそ人の心の自由を奪うサダノブが少し許せないだけですよ」
 と、黒影は風柳の手を払う。
「黒影!……今、お前が持った感情、それは正義だ。でも見間違えるな。
 許す事を忘れては、それはただの凶器だ。許せないなら一緒になるな。
 そして同じ戦場に立つな。正義は何者にも捉えられては成らぬものだ!」
 また黒影が暴走する気がして、風柳は一人で先を行こうとするその背中に必死に叫んだ。
 まだ歩きだしたばかりの黒影の歩みが、ピタリと止まった。
 そして振り返ると何時もの笑顔で、
「……缶珈琲、買いに行きませんか」
 黒影に風柳の声がちゃんと届いたんだと、其れを見た白雪はホッとして微笑んだ。
「私はトロピカルティーが飲みたーぃ」
 三人で歩く道……。
 逃げも隠れも挑む事も出来ないのならば、今は幻影に身を預けても良いのかも知れない……。

よく見て。黒影珈琲☕️出来上がりました。


「確か……崖の裏に道があったのですよ。その先の小さなトンネルの辺りで意識は途切れてしまったのですが……」
 黒影は缶珈琲を飲み乍ら、辺りを見渡して言った。
「ねぇ、崖の裏なら村から見えないわ……この辺りから村に帰る道があったりして……」
 と、白雪が冗談ぽく言った。
「んー、如何かな。でも今は何も最善策が無い。取り敢えず探してみても良いな」
 黒影はそう言うと、トンネルの壁やマンホールを空けて確認する。
「やっぱりこんな所にそんな都合良く抜け道なんて……」
「いや……当たりかも知れない」
 白雪が諦めを口にした途中で、それを遮る様に黒影が何かを見付けたのだ。
「風柳さん、此のトンネル脇の整備用の梯子の先、歩けるんじゃないかなぁ?マンホールがあの場所に転々と繋がっていますよ」
 そう言って黒影が指差したのは、廃屋と化した四十年前の工場跡地だ。
「おいおい、作物を全滅させた何かが発生した場所だぞ。変な物に汚染されているかも知れないじゃないか」
「だから良いんですよ。隠れ蓑には持ってこいだ。それに四十年も経てば物質にも寄りますが、幾分か大気で薄まっている筈です」
 と、風柳が止めても行く覚悟がある様で、仕方無く白雪は三人分のタオルを鞄から取り出し、せめて口に当てるように言って配った。
 白雪と風柳も意を決して、先行く黒影の後を付いて行く。
 マンホールの上をあえて避けて歩き、足音が立たないようにしている。
 白雪や風柳も、黒影が何をしているのかは分からないが、静かにして欲しい事だけは分かるので、黒影の見よう見真似でそっと歩いて行く。
 廃屋になった工場は、彼方此方の壁が剥がれ落ちている。
 だが、木漏れ日が差しその光が草木と共に揺れ、長い月日で自然に包まれている様な、幻想的な空間になっていた。
 黒影は工場の中央に立ち、辺りをぐるりとゆっくり見渡した。
 そして視線を落とし、床を今度は食い入る様に見詰めた。
「あった――」
 床の一部が捲り上がった下に、小さな鎖が見えた。
 黒影はその鎖をそっと引き出し、床の一片を持ち上げたのだ。
 中には階段がある。
「携帯で照らして下さい」
 黒影は風柳に頼んだ。
 暫く薄暗い階段が続いたが、地下の床に辿り着いた時、奥の光にくっきりと人影が見えた。
 黒影は怖がる事も無く、スタスタとその光に近付き、扉を開けてこう言った。
「僕は村の者ではありません。此方にいたんですね、先生。貴方の息子の博信さんが危険なのです」
 と。
 中にいたのは十年前姿を消した筈の、サダノブが探し求めた父親の佐田 明仁だった。
「中に入っても?連れが二人います」
「構わんよ、入りたまえ」
 光の中の人影の佐田 明仁は黒影を招き入れた。
 軈て黒影が光から手を伸ばし、白雪と風柳を手招く。
「わぁ、素敵……」
 白雪は中に入ると、光の正体が植物を照らす光だと気付く。
 其処には何十種類もの植物が栽培、培養されていた。
「私の専門は科学と言っても植物でしてね。本当はあの村には、枯れてしまった植物を元に戻す為のサンプルを集めに来ただけだったのですよ。聞いてはいましたが、あんなに連中が科学者嫌いとは思ってもいませんでした」
 佐田 明仁は淡々と話した。
「この研究はどうやって?」
 黒影が聞く。
「地主の百首 護さん、知ってるかい?」
「えぇ」
「あの人がね、此処で研究する環境を作ってくれたんですよ。この地を本当に愛している人でね。
 お前達科学者がこうしたんだから責任を取れなんて怒鳴られましたが、あの人は一人で沢山の村人が剥いた牙から私を守ってくれたんです」
 と、此処に来てからの経緯を話してくれた。
「博信さん、貴方を探し続けて、態と百人の内の一人の贄に選ばれたのです」
 其の黒影の言葉に、ゆったりした口調の明仁も急に立ち上がり、黒影にしがみ付く。
「何て事だっ!あんた、博信は何処にいるんだ!教えてくれ!」
 黒影は明仁に揺さぶられながらも、
「博信さんは多分大丈夫だ。今回も地主さんが逃すだろう。然し、彼は貴方の居場所を知らない。
 態々贄になるぐらいだ。恐らくは貴方が黄泉井戸に行ったのだと、勘違いしているのではないかと思いまして……」
 と、博信の予測出来る行動を話した。
「馬鹿なっ……!あの井戸はっ!」
「あの井戸がどうしたんだ?」
 明から様にみるみる顔色が蒼くなって行く明仁を見て、風柳が思わず聞いた。
「あの井戸は謂わばバイオハザード。
 この工場から流れ出た捨てる事も処理する事も出来ない、強い有害物質だけを凝縮させ閉じ込めた物だ。
 決して開けてはならない井戸なのだよ。
 百首 護が私を守った本来の理由は、あの井戸を開けてはならないと知っていたから。
 私が贄に選ばれたのは偶然で、井戸の中に念の為にと、三重のセキュリティドアを作り保護してある。
 それはあの井戸の深さ18m地点。
 人間は10m落下すればほぼ即死する。
 あの井戸には水は無いし、在るのは有害物質の塊だけだ!」
「……何だと……」
 明仁の話を聞いた風柳も、顔面から血が下がる気がした。
「何故その事を村人の皆さんに伝えないんですか!」
 白雪は思わず大きい声で言った。
「言ったさ!……でも私の存在は知られたら最後、だから百首 護さんに頼んだ事もあるが、科学的根拠も無く信じる者はいないし、また科学的根拠を示した瞬間に、私の存在が知られてしまうと彼は言いたくても言えなかった。
 そうだ、今日会った見知らぬ貴方方に頼むのはおかしいですが、どうか私の息子、博信を探してくれませんか。
 私が此処にいる事を知れば、二人でこの村を去ります。此処を見付け出した貴方方なら、きっと出来ます」
 必死に明仁は言った。
「確約し兼ねますね」
 ……そう冷たく、ゆっくりとした口調で黒影は言った。
「博信さんは我々を此処に呼んだ。
 其れは貴方と逃げる為じゃあない。
 確かに貴方に会うのは最終目的に違いない。
 けれど、彼がしたかったのは、我々を囮にしてでも守りたかったのは、二人の友達だった。
 我々が儀式から逃げた瞬間に、その友人二人は次の博信さんを贄にする手伝いに任命される事でしょう。
 僕は彼を許したくはない。
 此処にいる大事な人達を危険に巻き込んだのだから。
 けれど、彼は貴方よりかはずっとマシだと、今分かりました。
 博信さんは現実から逃げようとする貴方と違って、誰かを救う為に今も必死に目の前の現実と戦い考えている。
 断言する!彼は全てを片付けるまで、貴方の居場所を知っても来ない」
と、続けた黒影の言葉に、明仁は狼狽えながらも聞いた。
「何故、貴方にそんな事が分かると言うのです?」
 と。黒影は明仁に詰め寄り、
「何故!何故?と聞いたのか?!
 科学的根拠でなくては理解出来ないのか、アンタの頭は。
 アンタの息子に何でそんな事にいちいち関わるのかと聞くのか?
 確かに博信は卑怯な手で我々を呼んだ。
 然し、博信は先日僕の命を救った。
 なんのメリットもないのにな!
 そしてなんのメリットも無いのに、僕はこの村に来た。一番逃げて得するのは僕だ。
 然しそうはしない。
 その理由が分かるか?博信が他の誰でもない、僕に助けを依頼したからだ。
 例えアンタが理解出来なくとも、封書を届けた時点で依頼は依頼だ。
 アンタとアンタの息子とその友達二人……幾ら恩人でも高く付くと思え。
 博信が払えない時はアンタが保証人だ。
 アンタはこの事件が終わったら、とっとと地下から出て仕事を探せ!これなら理に適った解答だろう。質問は?」
 と、想いの丈を全部吐き出すように、怒りを堪えてツラツラと解答した。
「あ……はい。つまり私達親子と息子の友人を助けて下さると考えて良いのでしょうか?」
と、黒影の気迫にたじたじになり乍らも、明仁は聞いた。
「二言は無い」
 黒影はドス黒い声で、静かなのに響く一言で返す。
「ですって。良かったですわね、叔父様!」
 白雪は陽気に拍手をする。
「俺は警察です。一般人から税金以外はいただかないが、我々が命を張る以上は貴方は指示に従って、事件が終わり次第知っている事を話して下さい。
 ご協力お願いできますね?」
 風柳は警察手帳を出した。
「は、はい」

 先程の鬼の形相が嘘の様に、冷静沈着に黒影は語り始めた。
「……僕は黒影です。
 此れから言う事を良く聞いて下さい。
 村人の手前、儀式が遂行されたと思わせなくてはいけません。
 其れ迄に我々は博信さんと、そのご友人二人に接触し脱出計画を立てます。
 儀式で騒ぎがあっても、どんなに大きな音が鳴っても此処の扉を開けないで下さい。
 そして儀式前後は此処の植物には悪いですが、電気も消して下さい。
 僕が必ず息子さんを連れて来ます。
 その時、貴方がいなければ意味がありません。
 だからこそ、其れ迄貴方は貴方自身の身を守る事を一番に考えて下さい。
 我々は三人、守るべき命が多過ぎる。
 此処は貴方に掛かっています。
 もし此処の植物の中で、今後此の森を再生するのに貴重な物があれば、我々が先に安全な場所に移動します。
 僕が全てを終えて帰ってきたら、三人で声を掛けます。
 合言葉の類は盗聴の疑いがある限り使用しません。
 我々の声が、事前に取られる事もあります。
 同じ言葉や、貴方の話にスムーズな返事が出来ないのなら、それもまた開けないで下さい。
 息子さんに早く会いたい気持ちは分かりますが、焦れば一生会えなくなる覚悟で須く注意を払うのです。いいですね」
 と、淡々と業務遂行の軽い手順、すべき事を説明する。
「私の大事な研究材料まで……なんと礼を言うべきか……。
 頑張ります!必ず、貴方が息子にしてくれるであろう事に答えられるよう、貴方を信じて待っていますよ、黒影さん」
 と、明仁は黒影の手を取り、ぎゅっと両手で握りしめた。
「感謝は成功してからにして下さい。此方は慈善事業じゃないんでね」
 そう言って微笑むと、黒影は明仁の手をゆっくり外して立ち上がった。
「行きましょう。……彼等の所へ」
 白雪と風柳は了解と伝える為に、明仁の研究材料を片手で抱え、空いてる手を上げて見せた。
 黒影が歩き出すと明仁は早速明かりを消して、ガチャンと響く金属音を立て、待機に入った様だ。
「全く……気の早い男だ」
 と、黒影は呟いた。

 三人は来た道を戻り、村へ向かう。
「このまま帰りたいよ」
 思わず風柳が言った。
「もう!往生際が悪いったらありゃしない」
 風柳を白雪が注意する。
「其れにしてもさっきの気迫……おっかなかったなぁー。家じゃ見た事もない。やっぱり時差惚けが原因か?」
 風柳の言葉を聞いて、黒影は次の様に答えた。
「そんなんじゃないですよ。……嫌いなんです。
 何故?如何して?とか、そう言う言葉を肝心な時に使う奴が。
 何にも考えずに、他人に答えを求めるなんて、全く己が無いのと同じじゃないですか。
 自分に出来る事があるのに、何かしたいけど何も出来ないと思考を諦めた人間に思えてならない。
 僕の様に能力が無くても、人は人の言葉で救われる事もあるんです。
 時々、何故何故と聞く人ばかりに出会うと、まるで言葉を忘れたゾンビと話している気になる。
 だから僕の前では二度と言わせないようにしているんです。
 僕が人に失望しない為に」
「成程……案外、この世はゾンビだらけだな」
 黒影の話を聞いて、思わず自分もゾンビにならないようにしようと、背筋をピンと正した風柳であった。

 鉢を抱えたまま向かったのは原 翠の家だ。
 最初から此処に目を付けていた黒影は、思い切って聞いてみる事にした。
 儀式が何時か分からないので、時間に余裕はない。
「こんにちは」
 白雪が懐っこく、畑仕事をしている原 翠に声を掛けた。
 よっこらしょっと、彩の野菜を竹籠に持ってゆっくり立ち上がり、黒影と風柳の姿も見つける。
「あぁ、アンタらかい。今、あの地主さんの所に居るんだって?手伝いをしてる古塚さんから、毎日面白い人達なんだって話を聞いてるよ。
 ……で、どうだい?うちの野菜は?」
「そりゃあもう格別ですよ。此処にいる間は毎日食べられるなんて幸せです」
 風柳が褒めて上機嫌にさせようとしているのが、白雪と黒影にはバレバレだ。
 実際のところ美味しいのだから嘘ではないが。
「あの、今日はこれを見ていただきたくて。
 貴重な植物らしいのですが、どうも日光が足りないみたいで、何か分かりませんかね」
 黒影の思った通り、原 翠は興味を持って黒影の差し出した植物を葉を裏返したり、茎の太さや、節目の数を数え始めた。
「こりゃあ……珍しいねー。大体植物のパターンは決まっている筈なんだが、まるで規則性が見えて来ない。一体、誰に貰ったんだい?」
 その言葉を待っていましたと言わんばかりに黒影は、
「特別に教えてあげます。内緒ですよ」
 と言いながら、原 翠の耳元でこう囁いた。
「佐田 明仁。……彼は生きています」
 其れだけ伝えると、余りの驚きに原 翠は野菜の入った籠を手から離してしまったが、予測していた黒影がスッと手を出して落下を防いだ。

こんな美味しそうな野菜が助かって良かった^ ^


「……良く見てやるから、さぁさ、お茶でも飲んで行きな」
 急にそう言って、原 翠は我々を家に上がり易くなるよう口実を作って招き入れた。
 縁側から見える畑が美しい。
 風はあまり無いが、風鈴の音が心地良い風を連想させる。
 暑さで少し汗を掻いたグラスに冷茶。
 此れから話す内容とは、余りにも掛け離れた景色に思えた。
「……居場所、分かりますね?時間が無いのです」
 黒影は縁側で畑を向いたまま、冷茶をクイッと一気飲みするなり、静かにゆっくり聞いた。
「……納屋の床下倉庫の先、元防空壕の中」
 原 翠はそう、黒影にお茶を足す時に耳元で行った
「三つありましたっけ?」
 黒影が何かの野菜の話の様に数を確認する。
「あぁ、あるよ。今朝採れたての元気なのがね」
 原 翠は黒影に話を合わせる。
「じゃあ、僕等は先にこれで失礼します」
 足されたお茶をグイッともう一度、まるで日本酒のぐい呑みで飲む様に飲み終えると、黒影はそう言って立ち上がる。
「あっ、直ぐ後で届けに行くからねー」
 去り際に、原 翠がそう声を掛けたので、
「分かりました。お願いします。お茶……美味しかった。ご馳走様でした」
 と、一礼して部屋を後にした。
 風柳と白雪も、お礼を言うと黒影の後に続いた。
「あんなモノなけりゃねぇー……」
 原 翠は崖を見上げて一息吐くと、お盆に空いた茶器を仕舞い奥へと入って行った。

 黒影達は早速裏手の納屋に周り、中にスッと入った。
「何だ、此処か?」
 風柳は黒影に聞いた。
「下です下!」
 黒影は土の下を指差した。
 風柳は納屋の中の大きなシャベルで、少しずつ上から剥がすように土を退けた。
「あった……」
 土の下に木の扉が出て来て、風柳が呟いた。
「風柳さん、入りますよ」
 黒影の言葉に風柳は頷いた。
「え?私は?」
 白雪が聞く。
「白雪は待っていてくれ。そのうち、原 翠さんも来る。白雪の服が土で汚れたら目立ってしまうからね」
 白雪は黒影の言葉に、
「はーい」
 と言って、膨れっ面をして見せた。

 三、四メートル降りると縦穴の細長い道が広がっている。
 通路には電球が点っていたので幾分か助かるが、それにしても足場が悪い。
 暫く奥へ行くと、土にカラーボックスが嵌め込んであり、本が並んでいた。
「この先です」
 黒影が言った。
「一体何だ此処は?」
 風柳が思わず聞いたが、
「防空壕らしいです」
 と、黒影が答え、幽霊嫌いな風柳は聞かなけりゃあ良かったと後悔をする。
「警戒しないで下さい。僕は黒影。それと、連れが信用できる刑事の風柳です」
 中に入ると男二人と女一人、合わせて三人がきょとんとした目で黒影を見ている。

 恐らくはサダノブと、その友人の高岡 晴美、須藤 丈雄だ。
 高岡 晴美は女なのですぐ分かったが、男二人の何方が黒影を呼んだ佐田 博信、通称サダノブか分からない。
「白雪はどうした?」
 そう言ったのは小柄で色白な華奢な少年だ。
「君が先日僕を助けてくれたサダノブか。白雪は服が汚れると目立つから、納屋に入った所で待機させている」
 黒影が珍しく緊張し乍らサダノブに言った。
「何で呼んだか分かっているな」
「ああ。……お役目交代だ。割の合わない仕事だ」
 サダノブがゆっくり拳銃を取り出した。
「なっ、貴様!」
 風柳が慌てた。
「風柳さん、あれはエアガンですよ」
 黒影がそう言うと、もう一人の中肉中背で少し小麦色に日焼けした肌の青年が笑い始めた。
「分かった、分かった。もう良いよ。ほら……丈雄締まって」
「始めまして本物のサダノブ。」
 黒影は、最初から本物のサダノブを見て緊張を解かなかったのだと、視線を読んだ風柳が気付く。
「流石、黒影だ。良く気付いたね」
 サダノブが茶化すので、黒影は、
「丈雄君が聞いてきた情報は、全て事前に打ち合わせしていたら誰にだって確認できる情報だ。
 それにサダノブ……君を探す間に君がどんな人物像か想像してきた。
 今、正にぴったりだと心で歓喜しているのさ。
 この村へ入って聞いた情報は、君は時々しか外出しない、皆んなにも心配されるような、人付き合いの苦手な人物。
 まるで丈雄くんは絵に描いた様なそんな人物だ。
 けれど、僕は探偵だ。
 刑事と違って真実さえも疑う。
 そもそも、噂を信じない。
 もしも、皆んなが持つサダノブ像が、丈雄君であるかも知れない。
 贄では無く、贄を殺すのを手伝う役割りの方に着目させたのは、君自信が丈雄君を殺したくないから。
 エアガンとは言え、撃たれれば小型の動物なら死に至る怪我をする。
 人間なら骨折あたりか。
 ……そんな怪我をさせたら、僕が君達を救えないから撃ちはしない。そうだろ?」
 と、自分が考えていた事を明かす。
「僕が助けたのが君で、本当に良かったよ黒影」
 サダノブは自分の望む相手に出会えて、高揚感に満ちた顔で歓迎した。
「礼は言う気は無い。こんな厄介事に巻き込まれたのだからな。……其れより、君の父親の明仁さんに会って来たよ」
そう言うと、サダノブは普通の顔付きに戻った。
「父に会っただと?!この僕が十年も探したんだ、十年だぞ!嘘を吐くな。
 たった少し先の夢が見れるだけの探偵に、こんな短期間で見付けられる筈が無い!」
 黒影はサダノブの言葉を聞いて、一層真剣な声で慎重に言う。
「……本当だ。君を待っている、サダノブ。
 そして丈雄君も良く聞くんだ。
 君は友人の父親探しに協力したのだね?
 良いか、心して聞いて欲しい。
 もし、この中の誰が贄になっても、サダノブの父には会えない」
 黒影は混乱する三人を落ち着かせ乍ら話したが、サダノブは自分の力で父を探すと言う使命感を、己に呪いの様に掛けてしまった様だ。
 父親の話になると、態度も目の色も変わる。
「コイツは嘘を吐いている!信じるな、丈雄。嘘吐きには制裁を与えてやれ!」
 丈雄はサダノブから、凄い剣幕で黒影を撃つように言われたが、恐怖からか手が震えていた。
「撃つな、幾らエアガンだからって故意に人に当てたら傷害罪になるぞ!」
 風柳が説得している声が聞こえる。

 「パンっ!」
 エアガン特有の空気が走る高音がした。
 勿論、軌道は読めない。
「うっ……サダノブ……」
 サダノブがエアガンを、もう一丁持っていたのだ。丈雄に気を取られてる内に、背後の近距離から肩に一発、黒影は弾を受けてしまった。
 肩なので命に別状はないが、骨に当たったのか痛みが腕先までビンビンと走っているようだ。
「黒影!?……サダノブ、貴様ぁあーー!」
 風柳は黒影の肩がグッと押された瞬間を見て、エアガンで撃たれた事に気付いた。
「風柳さん、構わないですよ。どうせ玩具だ。暫くすれば腫れは低く。
 其れよりサダノブ、背後からなんて卑怯じゃあないか。
 僕は君を助けに来たって言うのに。
 さっきの話より大事な話がある」
「さっきの話より、だと?」
 サダノブからしたら、父親の居場所以上に大切な話など存在しない。
 だからこそ、態と黒影は挑発してこんな言い方をしたのだ。
「ああ。僕、風柳、白雪の三人の声を確認するまで例えどんな事があろうとも、例え息子が会いに来ても、罠かも知れないから扉を開けるなと、君の大事なお父様に伝えてから此処に来た」
 正面から撃とうとしていたサダノブだったが、此れには大人しくエアガンを下ろし、
「保険を掛けて来たって言うのか……」
サダノブは少し落ち着きを取り戻した。
「先見の運命は、丈雄君と僕と白雪に変わった。
 如何する?君の父親は初めは逃げようとしていた、君とね。
 然し、君が友人を助けようとしている事を知り、君を待つと約束してくれた。
 そして……あの井戸について教えくれたよ。
 彼処には君の父親はいない。
 井戸にあるのは、数十年前にこの村の農作物を1日で潰した科学物質が圧縮されたものだ。
 飛び込んでも其れが在るだけで水もない。
 無駄死にするだけだ」
 黒影はサダノブの父、佐田 明仁から聞いた全てを伝えた。
「そんな話し、誰が信じるかっ!」
 そうサダノブが叫んだ直後だった。
「其れは嘘じゃないわ」
 後で行くと言っていた原 翠が、佐田 明仁の鉢入れを持ってそう言った。
「見て……此れ。こんな芸当が出来るのは、サダノブのお父さんの佐田 明仁さんしかいないんじゃないかしら?
 さっき、黒影さん達が持って来てくれたの」
 ……サダノブが食い入る様に、その鉢入れに入った植物を見た。
「……此れは、父さんの……」
 その植物は、サダノブがこの村の父に会いに来た時に見せて貰ったものだ。

 ――父さん、ねぇ何を作っているの?
 ――ん?博信、此の村の壊れた森を父さんは治療しに来たんだよ
 ――治療?お医者さんみたいだね
 ――あははは、そんなモンかもな
 ――ねぇ、如何して此の村の人は父さんと話さないの?
 ――其れはね、科学がこの村を壊してしまったからだよ
 だから父さんは、皆んながまた仲良く出来るように呼ばれたんだよ。この葉の形は歪だろう?
 ――うん。
 ――でも、時間が経過すれば、立派な美しい木に戻る
 其れまでの辛抱が大切なんだ

 どっと忘れ掛けていた気持ちが、大波の様に押し寄せてくる。
 黒影はサダノブの肩をグイッと片手で引き寄せ、青年の涙を受け止め乍ら言った。
「分かった、分かったから。後は頼れ」
 静かになった空間に、サダノブの嗚咽だけが暫く開いた。

→次の頁📖「黒影紳士」season2-1幕〜再起の実〜
🔸第五章へ↓↓本幕最終章
(追加しましたら随時貼ります。不定期です。)


→次の幕「黒影紳士」season2-2幕へ
(追加しましたら随時貼ります。不定期です。)


X宣伝あり。本家。↓↓


X宣伝なし。サブアカウント。
黒影紳士の館↓↓

この記事が参加している募集

読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。