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morning glory

 朝が来る。私はほんの一瞬咲いて散っていく。咲いた私は朝日を見ることはない。

 目が覚めると外はもう太陽が真上に来ている時間だった。暑さで少しベタつく肌を触りながらシャワーを浴びなきゃなと思う。隣で寝ていたはずの彼はいつの間にか出ていったようだった。いつものこと。いつから寂しいという感情に鍵をかけてしまったのか、バカになったあたしは何もなかったかのように今から1日を始める。

 仕事中の昼休みに公園でコーヒー片手に一服していた時のことだった。小学校はなぜか休みだったようで子どもがたくさん遊んでいる。いつもならほとんど誰もいない公園も、子どもがいるとこんなにも賑やかなものなのかと眺めていた。
「お姉ちゃん何してるの?」
 一人の男の子が近づいて来て、唐突に質問をされた。小学1年生か2年生くらいだろうか。まだ可愛らしさが抜けきらない小さな子。子どもに副流煙を吸わせるわけにはいかないからすぐにタバコを消した。
「お昼の休憩だよ。」
「ふーん。お仕事何してるの?」
「知らない人には気をつけないとだめだよ。みんないい人なわけじゃないからね。そこにあるビルの会社で働いてるよ。」
 興味が勝ってしまったのか、話しかけてくる男の子に思わず注意をしてしまった自分に思わず笑ってしまう。指を指しながら働いている場所を教えてあげた。
「お母さんも同じこと言ってたよ。でも、お姉ちゃんいい人だよ。」
「どうしてあたしがいい人なの?」
「僕が近づいたらすぐタバコ消してくれたもん。あとね、目がキレイ。」
 目? この子は何を言っているのだろうか。目が綺麗ってどういうことなのかあたしには理解ができそうにない。
「体に悪いからね。そっか、ありがとう。ほら、みんなの所戻って遊んでおいで。」
「うん! お姉ちゃんにこれあげるね。大事にしてね!」
そう言って渡されたのは何かの種。見覚えはある気がするけれど何の種だったっけ。走って戻っていく男の子に聞くことができず、手のひらに置かれた5粒の種だけが残った。

 仕事を終えて家に帰ってから、今日男の子に貰った種をテーブルの上に置いて10分くらい眺めている。一体何の種なのか、記憶の底にはあるのに一向に名前が出てこない。諦めてスマホで検索する。便利なものが世の中にはあるなと普段使わない機能を使いながら思った。
「朝顔。」
 あぁ、そうだ。朝顔だ。言われてみれば思い出す。子どもの頃は、かけた月みたいな形だなって思ってたのにどうして思い出せなかったのか。幼い頃は喜んで集めていたのに。大人になるに連れて些細なことに喜びを見いだせなくなってきていることを実感した。
「どうしよう。」
 貰った種はきっと植えれば綺麗な花を咲かせてくれるだろう。あたしに育てられるだろうか。枯らしてしまわないだろうか。不安はあったけれど大事にしてと言われてしまったから無下にはできない。明日は休みだから必要なものを買いに行くことに決めて眠りについた。

 目が覚める。目覚ましを掛けずに寝たはずが割と早い時間に起きてしまった。いつもならダラダラするところだけれど、今日は予定がある。休みの日に目的を持って外に出かけるのはいつぶりだろうか。ちゃんと準備しようとそう思った。
 顔を洗って保湿して、下地からきちんとメイクをする。仕事に行くときは適当だったり面倒だと思えばすっぴんの日もある。良くないとは思いつつもそこに労力をかけられずにいるのに、何故か今日はちゃんとしようと思った。
 鏡に映った自分を見て、綺麗だと思った。何となくいつもとは違う感覚が残る。気分が良かった。目覚ましで起きてないからか、きちんとメイクをしたからかは分からないけれど、1日を楽しく過ごせるそんな気がした。

「行くか。」
 準備ができてお店も開く時間になったから家を出る。服を選ぶのが楽しいと思ったのは大学生以来かもしれない。ホームセンターに向かって車を走らせた。
 普段目に入らないだけで意外と近くにお店はあって、入ってみたものの何が必要なのだろうか。折角育てるのならキレイに咲いて欲しい。お店の人に聞くのが1番いいだろうなと思い声を掛ける。
「あの、、すみません。」
「いらっしゃいませ。どうされましたか?」
「えっと、、花を育てようと思っているんですけど、土とか選び方がよく分からなくて、、。」
「そうなんですね。どんなお花を育てるか決められていますか?」
「、、朝顔、なんですけど、。」

「朝顔ですか。いいですね! 朝起きて咲いているのを見ると嬉しい気持ちになりますよ。」
「そうなんですか。」
「朝顔だと、上に伸びていくように育ててあげないといけないですね。土は園芸用の培養土ですね。プランターはお好きなもので大丈夫だと思いますよ。」

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