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あっと驚く刑務作業の世界(3)横浜刑務所の製麺

日本全国にある刑務所などの刑事施設で、受刑者が従事している刑務作業。施設ごとに個性があって、さまざまなものが製作されています。「矯正展」を見かけたことはありませんか?
今回は、横浜刑務所の製麺を紹介します。【保田明恵】

製麺工場がある唯一の刑務所

横浜刑務所(神奈川県横浜市)には、なんと刑務所では全国唯一の製麺工場があり、受刑者による乾麺の製造が行われています。

市街地にある横浜刑務所。
原則として26歳以上の、犯罪傾向の進んだ日本人および外国人の受刑者を収容しています。

取材に対応してくれたのは小山田勝(おやまだ・まさる)さん。作業専門官として、受刑者への乾麺作りの指導と、商品の企画、開発を行っています。

まずは横浜刑務所の製麺の歴史を伺います。
乾麺の製造を始めたのは、ある「ピンチ」がきっかけでした。刑務所の改築に際し、それまで横浜刑務所の目玉だった石けんの刑務作業が、他の刑務所に移転することになったのです。

「そんな折、横浜市麺業協同組合から、『学校給食用の乾麺を作れないか』と打診されたそうです。横浜市の製麺業界は当時、後継者不足。給食への提供が困難になっていたとの事情がありました」と小山田さん。

そこで同組合や、製粉会社などの協力のもと、商品開発や設備の整備を行い、1998年に製麺工場を稼働。市内の小学校用の「学校給食うどん」として、供給をスタートしました。
同時に、同じものを一般向け商品として、「細うどん」の名称で販売。きしめんタイプの「干しひらめん」や、途中からは「ひやむぎ」も一般向けに生産し、着実に商品の種類を増やしてゆきます。

手間暇かけた手作りの乾麺。

ところがまたもピンチが到来します。2004年、地域の学校給食の調理をになっていた横浜市の学校給食センターが廃止されたことで、主力だった学校給食用の受注が終了してしまいます。

「しかし、職員が矯正展などで試食会を実施し、地道に販売を続けた結果、乾麺は当所の人気商品として広く知られるようになりました」(小山田さん、以下同)

さらに、横浜刑務所に新たに配属された小山田さんが「中華街のある横浜らしい商品を作ろう」と企画。2018年、「横浜中華めん」がラインナップに加わりました。

おいしさの秘密は「うどん製法」

そして2023年4月に新たに登場したのが、その名も「横浜刑務所で作ったパスタ(以下、パスタ)」。

港町、横浜をイメージしたブルーのパッケージ。

SNSでバズり、1年間で3万袋以上を売り上げるほど人気を呼んでいます。パスタ誕生の引き金になったのはコロナ禍。またもピンチがきっかけでした。

「矯正展も開催できず、当所の刑務所作業製品がPRできない中、『ひと目で横浜刑務所製とわかる、売れ筋商品を開発しよう』との話が持ち上がりました。そこで調べてみると、コロナ禍の巣ごもり需要で、パスタの売上が伸びているとの記事を目にしたんです」

地元の製粉会社に協力を仰ぎ、開発に着手。麺のタイプは、平麺状のフェットチーネにしました。現在ある設備で作れることや、パスタソースの売上も伸びていたことから、パスタソースがよく絡む麺という理由で選んだそうです。

原料となる小麦は、種類を変えたりブレンドしたり試行錯誤。水分量の調整も苦労したそうです。

このパスタは、茹でると生パスタのような、もちもちの食感になるのが特徴です。その秘密は「うどん製法」にあり。横浜刑務所では、細うどんなど他の乾麺と同じように、パスタの生地をロール機で巻き取ったものを、2枚合わせて、再度巻き取り熟成させているのです。

ロール機。

「商品ごとに作り方を変えてしまうと、ヒューマンエラーが起きやすくなります。受刑者に、ミスなく作業に取り組んでもらうため、他の麺と作り方を変えたくありませんでした。しかし、生地が厚いとうどんみたいな食感になってしまうため、生地の厚みを0.1mm単位で変え、職員に何度も試食してもらいながら改良を加えていきました」

開発の地道な努力と、受刑者への配慮が生んだ食感だったんですね。

最も気を使うのが乾燥工程

いざ、製麺工場の中へ。
大手メーカーではオートメーション化されていますが、ここでは粉の調合から生地の生成、梱包まですべての工程を、受刑者が人力で行っています。

製麺工場。ピカピカに掃除しており、横浜市から衛生管理の「最優秀施設」に認定されたことも。
ミキサーで混ぜ合わせた生地を板状にし、ロール機で巻き取り、熟成させます。
既定の太さに麺を切り出し、手作業で台車に掛けます。

味と品質を左右するのが乾燥の工程です。大手メーカーでは短時間で高温乾燥させるところを、ここでは常温で、時間をかけて乾燥させています。

「湿度が高い日は、麺が自らの重さに耐えられず、掛けた台車から全部落ちてしまうことも。そこで最初に『止め乾燥』といって、ちょっと強めに風を当てて表面を乾かし、麺が伸びるのを防ぎます。その後、一晩かけて水を抜く『本乾燥』を。急激に水分量を落としてしまうと、麺が広がってしまうため、除湿器をかけながら加湿器もたいて、ゆっくりと水を抜いていきます。翌日、麺全体の水分を均一にする『仕上げ乾燥』を行います」

麺の状態を確認する小山田さん。
「季節や天候が変わる中、目に見えない含水量を適切に調整するのは難しい。
乾燥担当の受刑者は、除湿と加湿のバランスに苦労しています」
自動切断機で、規定寸法に切断。
切断した麺は、汚れや曲がりがないかどうか、1本ずつ目視で検査します。

個人に合わせて目標を設定し指導

横浜中華めんとパスタの生みの親である小山田さん。その仕事ぶりはまさに刑事施設の麺職人!? どんな人物なのか、あれこれ伺ってみました。

小山田勝作業専門官。

――なぜ作業専門官になろうと思われたのですか?
「民間企業からの転職を考えていた時、受刑者の社会復帰の手助けをするこの職業のことを知りました。『世の中のためになる仕事が自分にできるなら』と、この職に就きました。
最初に採用された大阪刑務所では、企業に依頼された紙やプラスチックの製品作りを受刑者に指導。所内の印刷工場担当にもなり、『レントゲン袋や薬袋の印刷を任せてもらえませんか?』と、病院に飛び込み営業したこともありますよ」

――作業専門官の仕事は幅広いのですね。受刑者を指導する際、工夫している点はありますか?
「例えば製麺の機械を掃除したのに、端の方に少し粉が残っていた場合。次回はその粉をちゃんと取るだけでなく、機械の外側の汚れもしっかり取るように指導します。今できていないことプラス、もう1個、その人の能力に合った小さな目標を作って、クリアしてもらうことで、モチベーションにつなげています」

横浜中華めんで作った「ざるラーメン」。
麺の風味が楽しめる、小山田さんおすすめの食べ方。

――新商品のパスタの評判について、受刑者に伝えていますか?
「折りに触れ伝えています。受刑者の多くは、社会にいた時、お礼や感謝を言われる機会に恵まれていません。自分が作ったものを喜んでくれる人がいることが励みとなり、刑務作業に前向きに取り組む姿勢が見られます。『パスタを開発してよかった』と思う瞬間です」

――商品企画で大切にしていることは?
「『自分がほしいと思うものを作る』ということでしょうか。現在は、保存がきくという乾麺の特徴を生かし、災害時に茹でなくてもおいしく食べられる、非常食のフェットチーネが作れないか構想中です」

――最後に、緊張感が必要な職場ですが、上手なリラックス法などはありますか?
「ありきたりですが、切り替えが大事です。この仕事に就いた頃は、オフの日は、仕事のことは無理に忘れようとするあまり、逆に考えてしまっていたかもしれません。今は、休日に出かけたり、おいしいものを食べれれば緊張がほぐれ、自然と気持ちがリセットできるようになりました」

ひやむぎ160円、干しひらめん160円、細うどん160円、
横浜中華めん180円、横浜刑務所で作ったパスタ330円(いずれも税込)。
刑務所に併設する展示販売所や、矯正展、CAPICの通販などで購入可能ですが、
在庫不足の場合もあるため、事前に045-840-1169(矯正協会横浜地方事務所)に問い合わせを。

【写真提供:横浜刑務所】

保田明恵(やすだ・あきえ)
ライター。著書に『動物の看護師さん――動物・飼い主・獣医師をつなぐ6つの物語』(大月書店)など。


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