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出産予定日の2日前に、網膜剥離になった話②

①はこちら

眼科医から網膜剥離であることを告げられて、迫りくる出産に向けて自分はどうすべきか、考えて考えて考えた。

でも、考えて何か答えが出るなんてことは、基本的にない。
雑念はぎゅっと小さく丸めてゴミ箱に捨て、とにかくまずはお腹の子を無事この世界に迎え入れることに専念しようと、覚悟を決めた。

最悪、左目がダメになっても、右目がある。
集中できないお産は、満足度も安全性も下がってしまう。
授かった三人目で、きっと最後になるだろうから、最高のお産にしたい。

幸いなことに、失明リスクありの状況でも急遽産院を大学病院に変えるなどの必要はなく、眼科と連携を取りながら、私は予定通り無痛分娩で2日後に子を産んだ。


お子爆誕したよ!


1日目の毛。後ろはすでに結べそうな長さだった。


無痛の麻酔をしても、体の右側は完全に痛みがあるお産になったけど、パニックで叫びまくった第一子のときとは違い、第二子でコツを掴んでいたこともあり、かなり落ち着いて産めたと思う。

右手に「安静に含まれる」、左手に「安静に含まれない」のプラカードを持った眼科医が見ていたとしたら、スッと右手を挙げてくれたことだろう。




とりあえずふにゃふにゃで温かい新生児の匂いを嗅ぎまくる。

スンスンスンスンスンスンスン。


くーーーーーーーー!

さいっっこぉーーーーーーーー!!!!!


産後の高揚感と、無事産めたことへの感謝と、可愛いイキモノに対してドボドボ湧き出る愛おしさに、胸がいっぱいだった。

不安な気持ちは高揚感で散らされて、唯一の気がかりといえば、まだ子の名前が決まっていないことぐらいだった。

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数時間後、堪え難いめまいに襲われる。
視点がぐにゃぐにゃと定まらず、とにかく目を開けていられない。
視野もなんとなく暗い気がする。
過去2度の出産時には経験していない感覚である。

麻酔のせいか?状況を助産師さんに説明するも、いまいち思い当たらない様子。
すぐに眼科に連絡してくれたけど、とりあえず今は体を休めて、明日眼科を受診しようということになった。

少しずつ冷静さが遠のいていく。
やはり、目に負担がかかっていたのか…私は最悪の事態を思い浮かべた。

もしこのまま失明してしまったら、あの子の顔をもう二度と、両目で見ることができないんだ…。

産後のあれこれのケアのために別室に運ばれていった赤ちゃんの顔を、ぼんやり思い浮かべる。

視力0.03で見た赤ちゃんは、完全に夫の家系の顔をしていた。
我が家は長男も次男も、それぞれ夫のパーツでできた顔をしている。
夫のDNA濃すぎだろ…でも、下がり眉で、穏やかそうな顔だったな…。やっぱり女の子って、男の子と違うなぁ…。


後陣痛の痛みを感じながら、私は初めて、暗い病室でひとり、静かに泣いた。


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出産翌日、外出許可をもらい、まだ痛みの残る体を引きずりながら眼科に向かう。
幸いなことに、進行はゆるやかで、すぐに失明するということではなさそうだった。

よく晴れた日で、眼底検査をした目に光が眩しい。
心もとても晴れやかだった。

町医者では扱っていない精密機械での検査が必要になるため、引っ越し先の大きな病院に紹介状を書いてもらい、私はしばらく育児に専念した。


里帰りから東京に帰ると同時に、引越し先の慣れない土地での生活がはじまった。
保育園を転園した子どもたちのケアに、赤ちゃんのお世話、何をするにもいちいち脳のリソースを喰い、ヘトヘトだった。さすがに眼科医も苦々しい顔で、左手のプラカードを挙げたことだろう。

紹介先だけではまだ決着がつかず、さらに大きな大学病院に転院。
緊急性がなさそうなことが分かったり、術後も再発リスクが高いちょっと難しいパターンだということが分かったりして、その度に安堵したりざわついたりした。

「できれば入院は避けたい」という気持ちを汲んでくれた大学病院が、蔵前にいる名医を紹介してくれた。東京で唯一日帰り手術ができる眼科らしい。
往復2時間かけて何度も蔵前に足を運び、そこで6月に手術をした。


目の下(え!!そこ?そこにいれるの??っていう場所)にブシュ!ブシュッ!と部分麻酔をぶち込んで、目をかっぴらいたまま、ごりごりチクチクされるのは、なんだか人体改造をされているような不思議な気分だった。

こんにちは!
網膜をシリコンみたいなやつで覆って縫い付けられた、新しい私!


10日前後の入院生活と引き換えに、日帰り手術後に出された条件は以下。

・安静(だろうね…)
・コンタクトはダメ
・しばらく顔洗っちゃダメ
・しばらく頭洗っちゃダメ
・あといろいろあったけど忘れた

くっ…
清潔の担保の難易度の高さよ…!

手術よりも、この術後の1ヶ月がとにかくキツかった。
左目も痛くて涙が流れっぱなし。常にウィンクしてるみたいにしながら、瓶底眼鏡生活を送った。

とにかく、目に水を入れないこと。
家族にたくさん協力してもらい、ある程度の清潔を保ちながら愛おしい赤ちゃんや子どもたちのそばで生活することができるのは、やはりありがたかった。

術後の経過も順調で、今はまた近所の大学病院に戻され、そこでさらに最初に紹介された大きな病院まで戻ってきて、数ヶ月ごとに検査を受けている。



左目の墨流しは、未だに消えない。
シリコンを縫い付けた黒い糸みたいなやつも、まつげのように落ちたものもあれば、まだチョンチョンと白眼に浮いているのもある。

改めて、目が見えるありがたみを感じながら、日々を生きている。
成城石井に行っても、そういえば、もうプレミアムチーズケーキを買うことはなくなった。たまに買うのはかぼちゃプリン。あと、具がめっちゃ入ってる肉まんも好き。

最近はよく自分でバスクチーズケーキを焼いていて、でも結局余らせて、冷凍させている。

願わくば、近所に友達が欲しい。

「ケーキ焼いた」
「おっけ、行く」

「うーん、37点」
ひっくぅぅぅぅ!!!!

みたいなのをしたい。
せめて50点は越えられるように、頑張ります。


皆様におかれましても、どうぞご自愛くださいね。
本当、健康第一。心も体もね。



おしまい。

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