6歳長男にカノジョができた話。
6歳長男と3歳次男は、別々の保育園に通っている。
引越し後、兄弟で空きのある保育園がなく、それぞれで入園可能な最寄りの園に通うことになった。
行事の日程は別々だし、持ち物やルールもそれぞれ違う。
なにより、踏切を挟んで5分程度の距離にも関わらず、送迎開始から完了まで、実に40分ほどかかる。正直しんどい。
ただ、園によって、雰囲気はもちろん、子どもへの声かけや環境、給食内容などが全く違うので、親としてはなにかと興味深い。
大変ではあるけれど、それなりに毎日楽しくハシゴしている。
その日も、いつものように先に弟のお迎えを済ませ、時計とにらめっこしながら、兄の保育園に向かった。
お迎え時、いろんな友達と遊びに夢中になっている長男の姿を見るのは楽しい。
教室をぐるっと見渡すと、彼はクラスメイトとの女の子とじゃれあっているところだった。
微笑ましい。
目を細めて見ていると、そばにいたアラタ君(仮名)が、
「ナナちゃん(仮名)は、長男君のカノジョなんだよ」
と話しかけてきた。
ん……?
今、「カノジョ」っつった?
アラタ君よ。
念のため確認するけど、カノジョっていわゆる、あの、恋仲である女性側を指す、「彼女」ってことで、あってんのかい……?
令和でいうところの「カノジョ」はその、昭和でいうところのそれと同じってことで、いいのかい……?
アラタ君の目をじっとみる。
あってるよ、という風に、見つめ返してくる。
あまりにも突然の報告だった。
あどけない彼らから発せられる言葉として違和感があったから、一瞬、脳がバグってしまった。
え、まってまって……これ、自分、異世界転生しちゃってるとかないよね?
年長さんになると国民は恋愛の義務を課せられる世界とかじゃないよね?
少子化の懸念によって、6歳から積極的な恋愛を推奨する政府の教育プログラムが始まった20年後の世界とかじゃないよね???
アラタ君の目をチラッとみる。
それはない、という風に、見つめ返してくる。
よかった……。
確かに、目の前の長男とナナちゃんは、完全にイチャついている。
何しろナナちゃんは長男に抱きつき、背中や腕にチュッチュしているのである。
その瞬間、本能的に流れるあのギターの印象的なイントロを、私は止めることができなかった。
「トゥクトゥーン!」
これは、始まってしまうのか。
いや、もうすでに、始まってしまっているのだ。
そう、長男にとっての、(住んでる場所的にギリギリ)東京ラブストーリー2023が……!
彼女かぁ。
正直まったく想定していなかった。
アラタ君に、「ちょ!ちょいちょいもうちょい詳しく!!」と鼻息荒く聞きそうなるのをぐっと堪えて、私は襟を正し、楽しくじゃれあう2人を観察することにした。
何事も、まずは【ファクト認識】が大切である。
カンチ(長男)に抱きつくリカ(ナナちゃん)。
猛烈なキス(主に背中、肩)とハグは日常的になされているのか、周りの子どもたちも全く気にしていない。
リカにとって、カンチだけが特別なのか、人類皆恋人的な感性の持ち主なのかは、判断が難しい。
実は外国育ちでフレンドリーなだけかもしれない。
リカが「国民の義務を果たしているだけ」の可能性も、まだゼロではない。
一方、カンチの方はどうだろう。
キス顔で迫ってくる彼女を、嫌がりもせず、かといって積極的に受け入れるでもなく、「もうおしまいって言っただろ?お迎えきちゃってるから……」と、優しく諭している。
恥ずかしがり屋の長男にしては、随分と余裕な対応だし、どことなく空気が甘いぞ!!
もおぉーーーー
お迎えがきちゃってなかったら、この2人、どうなっちゃってたわけーーーーーー?!?!?!
リカ、めちゃくちゃ抱きついてるよ!?
いつもクソガキ感爆発させてるカンチが、優しく微笑んで女子の頭ポンポンしてるその感じなにーーー!
ちょっとちょっと息子ーーーーー
そんな顔もできるんかーーーーーーい!!!
第一話からこんなにラブラブだと、もう次回には不穏な展開が待ち受けているのが恋愛ドラマの常である。
もしかしたらすでに、恋のライバルもしくは暗転の鍵を握る子が、何かしらのメッセージ及び警報を発しているのでは……?
そういうフラグは、たいていすぐ近くにある。
不審に見えない程度にキョロキョロしてみると、恋のライバルではなく、3歳次男が保育園のおもちゃで勝手に遊ぼうとしている姿が目に入った。
家には今にも起きかねない、お昼寝中の赤ちゃんもいる。
※育休中、かつ夫自宅でフルリモートにつき、寝ている場合は置いてお迎えに行く。
潮時だ。
もっと2人を眺めていたかったが、これ以上は厳しい。
私は、興奮のあまり放り投げつつあった理性と冷静さを再度しっかり装着し、長男に身支度を整えるよう声をかけ、家路へ急いだ。
================================
その日の夜。
事の真相を明らかにすべく、私は長男本人に、それとなく探りを入れてみることにした。
「保育園では、ナナちゃんが一番仲良しなの?」
警戒されないよう、あくまで淡々と。
洗い物をしながら、いつもの日常の会話という感じで話しかける。
親と恋の話だなんて、聞き方によっては、一気に心を閉ざされてしまうわけで、内心ヒヤヒヤである。
「んー、まぁ普通。仲は良い方かな。
ジン君とかハチヤ君が仲良しだよ。」
「普通」とな。
うーん、期待していた角度の答えとちょっと違う。
もっと、ナナちゃんが特別なのかそうでないのか、ずばりそこを知りたいのである。
これは質問の仕方がまずかった。
「仲良し」といえば、確かに普段一緒に遊んでいる男の子の名前があがってくるのが自然だろう。
もう少し、核心に迫りたい。
「ナナちゃんと、つ…つ付きあってるの?」
ド直球投げちまったよ!!
「いちばん好きなのは、【みんな】かな。
あとフーコちゃんも、席近いから。
ナナちゃんは席が近い子の中では仲良し。
あとナナちゃんの元カレはユウ君。」
息子よ、とりあえず情報量が多い。
階層が揃ってないし複雑だし、そもそも質問の答えになっていない。
(血は争えない。)
そんで最後にすごい情報ぶっこんできたね?!
元カレて。
朝、弟とどっちのイチゴが大きいかで喧嘩して号泣してたアンタの口から、元カレて。
長男の表情や回答内容から、まぁ、多感で早熟な女子が、ちょっとお気に入りの男に子にちょっかい出す的なことなんだろうと、理解した。
その結果、迫られて悪い気はしない長男も、彼女の気持ちに乗っかったのだろう。
彼氏とか彼女とか、そういう、少し大人びた単語に反応して、使いたくなる年頃でもあるよね。
小・中学生の兄弟がいる子から影響を受けて、クラスでカレカノブームが巻き起されているのかもしれない。
そういうわけで、(住んでる場所的にギリギリ)東京ラブストーリー2023については、温かく見守る方向で、決着したのであった。
================================
相変わらず、家では特段のろけることもなく、ナナちゃんの名前が出ることもない。
お迎えにいくと、3回に1回はナナちゃんが名残惜しそうに、長男の肩に頬をすり寄せたりしている。
いつぞや情熱的なナナちゃんを優しく諭していた長男も、今ではキャッキャ寄ってくるナナちゃんを完全スルーしていて、それはそれで恋愛的生活指導が必要な感じである。
この幼きカップルたちの実態はよく分からないが、好きな人がいる保育園生活だなんて、ハッピーで最高なことは間違いない。
この4月から、彼も小学生になる。
赤ちゃんが、いつの間にか幼児さんになったなぁと思っていたら、そうか、君はもう、少年の入り口に立っていたのか。
子どもって本当に、一瞬で大きくなってしまうんだなぁ。
彼は、彼の感受性で世界を捉え、選択して、喜んだり怒ったりしているんだということに、改めて気付かされてしまった。
多少の寂しさと、祝福したくなるような温かさを感じながら、この彼の初恋を忘れないように、ポテチ片手にここに記している。
ポテチは、湖池屋とカルビーの、のり塩味である。
なんとなく食べ比べてみたくなって両方買って、同時に開けてみたんだけど、まぁ、天下の油×芋×アミノ酸なんだもの、どっちもおいしくて甲乙つけがたい。
そして当たり前だけど、量が2倍はさすがにキツい。
大人は夜中にこっそり美味しいものを食べているってことがバレつつあるが、一応普段はジャンキーなやつは戸棚に隠している。
気づいたらあっという間に、おやつを隠す必要もなくなって、ポテチを分け合いながらお酒呑む日が来るのだろう。
その頃、私の胃は、まだポテチを受け入れられるんだろうか。
どうかゆっくり、ゆっくり、来てほしい。
道中楽しんで、たくさん寄り道しておいで。
その日も、その日までも、母は全部、楽しみにしているよ。
ちなみに一番好きなポテチはうすしおです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?