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誰が為のフルオート便座か?論

生き辛さを感じる瞬間って、どんなときですか?

私は、不意打ちでフルオート便座と対面したときである。

フルオート便座という言い方がメジャーなのかどうか分からないけど、要は自動で便座が開閉し、勝手に水を流してくれる、あのタイプのことだ。


彼らが便座界における上位モデルであることは、承知している。

あらゆる分野でテクノロジーが進化する現代において、万人が享受できるトイレという場所で革命が起きていくのは喜ばしいことだし、昨今のウイルスや細菌に敏感なご時世柄、一切便座に手を触れずにコトが完結するなんて、本当に素晴らしいことだとも思っている。

フルオート便座がクラスメイトだったら、秀才かつスポーツ万能かつイケメン的なポジションであることは間違いない。
ヒエラルキーでいうと、スペック的にも人気的にも、断然トップの枠に入るだろう。

彼は常に気が利いていて、優しく、親身に寄り添ってくれる。

野性味溢れるマッチョなダンディに比べて繊細で壊れやすいというリスクがあるが、正しく付き合っていけば非常に頼りになる存在だろう。

でも私は、彼らを前に、生き辛さを感じずにはいられない。

あるいは、イケメンハイスペックだからこそ、どうにも居た堪れない心地がしてしまうという方がより正確だろうか。


無論、すべてのフルオート便座が苦手だというわけではない。
ハイセンスなお店やラグジュアリーホテル、百貨店など、それ相応の場所で、まぁここならそういう感じで来るよねと、こちらに心構えができていれば、何の問題もない場合がほとんどだ。



注意しなければならないのは、予期せぬ空間に彼らが現れるパターンである。

女性の場合、基本的にはトイレは個室であるため、その空間にいる間は解放的な気分になりやすい。武装を解除して素になれる貴重な瞬間でもある。

無意識のうちに装着している仮面を外し、心をすっぴんにした瞬間に、超絶ハイスペイケメンが突如現れて「お疲れ様!大丈夫?ちょっとクマがいつもより濃いけど昨夜ちゃんと眠れた?はい、ここ、温めておいたよ。座って!」と、満面の笑みでバックハグの体勢をとりつつ、己の膝を差し出してきたら…

失礼しましたぁぁァァー!!!!逃

ってなるでしょ?なるよね?!

お・お・お金ないんですけど大丈夫ですかぁぁぁぁーーーーー!!
ってなるでしょ?なるよね?!

こちらが無防備なときの不意打ちイケメン(しかも圧倒的奉仕感)は、ダメージがでかすぎる。あとクマはデフォルトだからスルーしてほしい。


週に何度かある出社のタイミングでは、当然職場のその空間にお世話になることになるわけだが、出社頻度と利用頻度、さらに自身の海馬性能がポンコツゆえ、驚くほど毎回彼の存在を忘れてしまうのだ。
そして、ドッキリ大作戦に見事に引っかかり、「アァァ!またよりによってこんな無防備な瞬間にっ!!涙」と、心が乱れた状態で自席に戻ることになるのである。


無論、フルオートイケメンたちは何も悪くない。

自動で電気が点く、これはいい。
水が流れる仕様は、商業施設等でも十分に慣れているから、問題ない。

でも、さらにその一歩先のサービスをにこやかに差し出された瞬間、「いやほんとごめんなさい…私あなたにそこまでしてもらえる人間じゃないんです…ほんとに…。お手数をおかけした上に気を遣わせてもうほんとごめんなさい…」という、ギュッとした、悲しいような、申し訳ないような、なんとも切ない気持ちになるのである。

もっと自信に満ちた、堂々とした自分だったら、先方のスマートなエスコートを、笑顔でやりすごせるのではないか。
自己肯定感が、もっと高かったら…。そんな思いが頭をかすめる。

己の学習能力・予測能力の低さも悩ましい。

トイレに入る瞬間で想定されることなんて、大してパターンがあるわけではない。
基本的には激しく動揺するような仕掛けはされていないし、常識の範囲を超えてしまうような事態に遭遇した場合は、別に動揺して然るべきだと思う。
要はイケメンがいるという想定を実装していれば問題ないわけである。

「全集中の呼吸・常中」のごとく、素の状態でも、イケメン対応モードの実装を常とすればいいだけの話なのだ。


心穏やかな人生を送るためにも、できる努力はしていきたい所存である。



ちなみにTOTOさん(職場のトイレはTOTOだった)は、自分たちが量産しているイケメンに萎縮してしまうタイプの女子がいることを、把握されていらっしゃるのだろうか。
もし、新たにイケメン枠のトイレを開発する折には、ぜひとも私のような属性もペルソナとして考慮していただき、心理的安全性が高いものを作っていただきたい。

フルオート便座は、心のフレンドリーデザインまで設計された、万人のものであってほしいと、切に願う。



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