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すみません、本気で惚れました。

 オートバイに乗り続ける理由なんて単純さ。アミューズメントが好きなものでね。バイクに乗ると、走る道が遊園地になる。

 通勤鉄路の風景は、毎日のことだから見飽きて愛でる気持ちにはなれないけれど、右折矢印に促されるままひょいと右に折れたりなんかができる気ままな道行きは、不意に軌道を逸らすコースター。見慣れたはずの街角を気まぐれで折れるなんてことすると、初めての街の顔、するとはっと息を呑む。こんな真似、細い道は煩わしいし、デッドエンドでバックで脱出なんて憂き目に遭いたくないから、車じゃなかなかできないよね。だから無難にいつもの道を行く。そこに、冒険は生まれない。

 停めたり、降りたり、方向転換も自由自在のバイクは玩具ライクで無防備な乗り物だから、街のいちいちが素肌にぺとっと触れてきて、生々しくもスリリング。その遠慮のなさが潔くって気持ちいい。

 視界は360度。オープンカーだってこれだけの視界を確保できない。足元を川の水みたいに流れていくアスファルトの紋様を目で追うことさえ出来はしない。
 プアで玩具な乗り物は、街を、野を、山を、走る道すべてを多摩テックに変えていく。

 その気になれば、足を伸ばした山間のロング&ワインディングロードは、マウンテン・コースター。海岸沿いの潮風のメロディラインは、ノスタルジックな青春ミュージアム。高原の高速コーナーだって、バイキング・ライドの大揺れ感を意図も容易く再現してみせる。

 そりゃ、無防備がすぎて、入道雲の悪戯で全身ずぶ濡れ、当たり前。それでも、走り抜けた後方に虹がかかれば幸せ気分が湧いて出る。
 厳寒に震える真冬の道だって、温泉のありがたさを誰よりも噛み締められる。
 ってえことは、哲学の道の案内人でもある。

 ディズニーランドに行ったって、夏の灼熱は容赦ないし、真冬の寒さは半端ないでしょ? 人はその暑さ寒さにじっと耐え、夏の線香花火のような一瞬で終わるアトラクションに、待ち詫びて焦がれた胸を燃やすのでしょう? ディズニーランドで耐えられるのなら、バイクの灼熱地獄も極寒地獄も、その延長線にあるだけなんだよ。
 疑ってる? ま、ほんとのことは怖くて語れないけど、そのあたりは適当に聞き流しておいてくださいな。

 人がアミューズメント・パークで見る夢は、ゲージの中の安全地帯。暑さ寒さはつきものでも、我慢の限度を超えるようにはできてはいない。はっきり言うと、バイクはその限度を超えてしまう。
 もうだめ、かんにん!
 ってな具合。
 それでもさ、高温サウナの水風呂よろしく、極限の辛さは後日の『いい思い出』に必ずや結びつく。

 バイクで走れば、道はいつだって遊園地。道なき道だって遊園地。遊園地以上の遊園地。ゲージを飛び出し野に放たれた野趣あふれる遊園地。
 いちど味わっちゃうと、もうやみつき、チャカっとこしらえた小さな芝居小屋にはもう戻れない。ゲージを飛び出したウサギは、飼い猫と違って二度と檻の中には入らない。三度の飯と枕付きのぬるま湯人生より、迷いなく広い野原で飛び跳ねるほうを選ぶ。腕を枕がわりにして大地に寝そべり、見上げる月に姫の姿を追いかける。それと同じ。バイクは作られたおもちゃ箱のゲージを飛び出して、走る道で心を踊らせる。

 バイクは前世紀の全盛期、その何割か、きっと大部分は実用だったのだろうけど、今や趣味世界に鞍替えしちゃってる。そのせいで小遣い握りしめて「これください」てな具合に安直に買えなくなったけど、アミューズメントにかけるお金だって軒並み値上がりしてるじゃん。趣味と思えば高額も致し方なしってところかな。

 注意点もある。遊園地で乗る乗り物は、たったのひとつじゃあきたらない。あれもこれも、乗り味の違う乗り物で多彩な味覚を欲張りたいと思うのが人の常。でしょ?
 オートバイも同じで、乗り味の違うバイクを乗り分けながら味わいたい。危険なのは、1台で満足できなくなる欲張りスイッチが入ってしまうことなんだ。

 あれも、これも、それも。
 こうなったら歯止めが効かなくなってくる。でも、この浮気心と勘違いされがちな性分を決して責めたりしないでね。選んだどのバイクにも本気で惚れているのだもの。

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