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恋のリハビリ(年上のひと)


年下の男の子とマッチングしなかった前回の記事に登場した、推定40代後半の上司の話を書く。

朝方、内山くんからの誘いをするりと断り帰宅し自宅でシャワーを浴びていると、昨夜のメンバーのグループLINEが盛り上がっている様だった。
布団に入り私もそのグループLINEにぽちぽちと返信をしていたが、そのうち皆んなが寝落ちをし出した。
上司は最寄駅まで始発で帰っていたが、寝過ごして乗り換えをしてお腹が減ったので朝マックをしている様だった。
何となく、朝まで付き合わせたおじさんをひとりぼっちにしたら可哀想な気がして、グループLINEではなく個別に返事をした。

「まだ最寄の駅に着きません…」
「頑張って帰りましょう!」

「腹が減ったので朝マックします」
「朝マック美味しいですよね」

「自宅までの道のりの階段がきついよ〜」
「もうすぐおうちですか?頑張って帰りましょう!」

そんなやり取りをしながら私も寝落ちをした。


些細な出会いや誘いを大切にしようと決めていたものの、内山くんとのデート(と言うか面接)も上手く行かず簡単に恋なんて出来ないと諦めていた頃に、上司から「お茶か食事に行きませんか?」と誘われた。
あまり興味はなかったが、ここは上司からの繋がりを期待してみようと思いその誘いを受けた。

彼は私の家とは真逆の遠方に住んでおり、お互いの間になる場所で飲もうと提案してくれた。
待ち合わせ時間や場所をあれこれ決めて行くうちに、結局は私の家に寄せた場所で会う事となった。
優しいな、と思った。


2023年2月上旬某日

待ち合わせ時間の30分前に例の上司からLINEが来た。

「先に着いてしまったので、〇〇駅周辺を歩いて良さそうなお店をいくつか探しました!」

どうやら上司世代は食べログやGoogleマップは使わずに足で調査をする様だ。
いくつかあげてもらった候補の中からイタリアンを選んだ。
「沖縄旅行帰りと行っていたんで、和食じゃなくてイタリアンかなぁと思っていました!17時からすでに2名でおさえてます。」
どうやら開店前の店先に突撃して予約までしてくれたらしい。
文明に頼らない新しい人種の様だ。

食事の時間はとても楽しかった。
年齢の割に結婚をしていないのが非常にあやしく、「実は既婚」「バツイチ」「離婚協議中」などの可能性も考えられたが率直に聞くのが早いと思いストレートに尋ねた。

「どうして今まで結婚しなかったんですか?」

「若い頃は凄くモテて、付き合った彼女達からは何人も結婚のアピールはあったんだけど、『もっと良い人がいるかも』『もう少し後でも良いかも』って思ってしまって、敢えてして来なかったんだよね。」

簡単に言えば、遊びたかったのだろう。
実直過ぎる回答に私はむしろ好感を抱いた。
そしてもう一つ、気になっている事を聞いた。
前回の飲みにちらりと、彼女がいると聞いていた。

「8年くらい付き合っている人がいるって聞いたけど、こうやって他の人とデートしてて良いんですか?」

「あー付き合ってるって言っても、もう2回くらい別れ話しているんだよね。電話で別れ話をして、別れたくないって言われて、結局今も付き合ってる事になってるけど…もう何ヶ月も会ってないよ。」

クズ男が使う上等文句の様だが、彼も私に良く思われたくて嘘を付いているのだと思ったら可愛らしくも感じた。

その後、翌日は彼の仕事が早かったので21時過ぎにはお開きとなった。
とても楽しい時間ではあったが、なぜか上司には性的な魅力を感じなかった。
会話の内容が、料理やサプリや美容の話題が多く女子会の様な要素があったからだろうか。
自分が良いなと思っている人とデートでお酒を飲んだら酔った勢いで手を握りたくなったりするものだが、上司には全くその欲を感じなかった。
けれど帰宅後もLINEのやり取りは盛り上がり、彼は昔の若い時に行った沖縄旅行の写真を送って来たりした。

「若い時はモテた」と自ら言うだけあって、色褪せた写真の中の彼は塩顔をはにかませて笑っていた。


2023年2月上旬某日

上司と山田(酒豪の友人)とのやり取りの流れで再度飲む事になった。
上司の後輩とその知り合い2人(男性)と4人で飲む機会があり、ひとりは私達と似た様な業界の人だからとの理由だった。
急遽数日後に決まった飲み会がバレンタインデーの数日前だった為、義理チョコと思われても良いからチョコレートを渡そうと決め銀座でピエールマルコリーニを買った。
2個入りだと義理っぽいけど8個入りだと豪華過ぎてびっくりさせてしまうかも…と色々思考し、6個入りを買った。

6人で中華料理屋の円卓で食事をし、盛り上がると山田が(また)「カラオケ行きたい!」とカラオケ病を発症した。
すると例の上司が「ちょっと待ってて!」と走り去り、10分後に息を切らして戻って来た。
「すぐそこにビッグエコーがあったから6人で予約して来たよ!」
彼はやはりGoogleマップや電話予約よりも足で予約するタイプなのだ。
ここまで来ると、もはや可愛らしいと思った。

10年以上カラオケに行ってないと恥ずかしがる上司を山田はこの1か月の間に2回も連れ出している。
半ば無理矢理のカラオケ病もここまで来るとむしろありがたい。

各々の終電時間がせまり、駅へと向かう。
ここまでの数時間、彼と2人きりになれた時間がない。
皆んなの前で渡すのも気恥ずかしく、もじもじしながら解散を目前にしている。
ここで逃すとこのチョコレートは今夜私の胃袋の中だ。

「じょ…上司さん!」

改札に入り一旦解散した後に彼を呼び止める。

「これ、あの、チョコレートです!バレンタインデーなんで!」

彼の反応も見ずに走って帰った。

「上司さんに渡せた?」

酔ってるくせに冷静な山田が茶化して来る。

「うん、渡せた。渡しただけ!」

「この後オールする?」

「する訳ないでしょ。」

私達はそれぞれ山手線に乗って帰った。

家に着いた頃に上司からLINEが届いた。

「チョコレート貰えると思っていなかったからびっくりしました。ありがとう!毎日一粒ずつ食べます。今月またご飯行かない?」

そうして私達はまた会う約束をした。
気付いたら彼の事が気になっていた。


2月中旬某日

その後お互いのスケジュールを合わせて2月末に食事に行く約束をしていたが、彼の都合が悪くなり中止となった。

「この日、おとうふさんとのデートを楽しみにしていたのになぁ。」

「私も上司さんとのデート楽しみにしていたので残念です。」

お互い「デート」というワードを敢えて使いながら気持ちに揺さぶりを掛ける。
私は「デート」が好きだ。
食事をするだけの行為に「デート」と名付ける事で「好きな人と過ごす時間」と暗に告白をしているつもりで、向こうもそれを受け入れてくれた気がした。

3月6日にリスケとなった。


2月下旬某日

酒豪の山田と飲みに行く日に上司から「今日都合つけれそうなんだけど、食事どうかな?」と誘いがあった。
山田との約束も無下に出来ず、彼女に相談すると合流しても良いよと言ってくれた。
上司にその旨を話すと、あちらも昼間友人と出掛ける予定があるので合同で飲まないかという流れになった。
私も後輩を誘った。
また6人で合コンの様な飲みになるのが私は少し嫌だったが、楽しい会になる事を願った。

上司が連れて来たのは職場の同期と後輩だった。
昼間は後輩の昇進祝いをしていたとの事だった。
そつなく自己紹介も終わり、スペインバルでのワインが進むひと時だった。
食事中に少し気になったのは、私の右隣に座っている上司が私に背を向け彼の右隣の後輩とずっと話している事だった。
残された4人で世間話を続ける。

LINEのやり取りで後輩の昇進祝いと聞いていたので、お祝いのプレートをお店にお願いしておいた。
食事も終わりサプライズでプレートを出すと、38歳の老け顔の彼の後輩が凄く喜んでいた。
調子に乗った男性陣がもう一本赤ワインを追加しようと言い出した。

その時点で私と私の後輩の終電は過ぎようとしていた。
ご馳走になっている身であまり図々しい事も言えず、途中まで帰れる時間帯までは我慢しようと思った。
12時を回った所で老け顔が「俺もう終電だから帰るわ!」と急に走り去って帰って行った。
あまりに急な事で女性陣が呆気に取られた。
会計をすると、かなりの量のワインを飲んでいた為少し高額だった。
けれどそれをワインリストから選んだのは上司だった。
冗談なのか嫌味なのか、上司は会計の際に「君たち僕たちが合流する前にどれだけ飲んだの?」と発言をして私は苛立ちを覚えた。

お店を出た後に、上司と同期は「僕たちも終電があるから!」と足早に帰ろうとした。
既に終電をなくしていた私達は「私達はもう終電がないので、もう一軒行くかタクシーかにします…」と不服そうに伝えると、上司は「タクシーには一銭も払いたくないから帰ります!」と走り去った。

酔っていたとは言え、言葉の一つひとつに生理的に相性が悪いと感じた。

結局その後は女3人でワインバルへ移動し、男性陣の悪口をあれこれ話した後に眠くなり3時頃タクシーで帰宅した。
後輩を付き合わせてしまったので、更に遠方の彼女の家まで送ってから帰宅した。


帰宅中のタクシーの中で上司からLINEの通知が来た。

「僕、何か悪いことしましたか?」

私がメッセージを開く間も無く、その数秒後に「メッセージを取り消しました」と通知が来た。

改めて送られて来た内容は

「何か変な感じの解散になってしまいましたね。お互い飲み過ぎには気をつけましょう。」

だった。
彼の中でも戸惑いて葛藤があるのだろう。
人は酔っている時に加えてお金が絡んで来ると本性が出るものだ。
何となく、私は彼の本質を見た気がしていた。

「昨日はありがとうございました。最後変な感じになったのは、男性陣が自分達の終電ばかり気にして逃げる様に帰ったのが『配慮がないな』と感じたからです。私達は最後の赤ワインを頼む時点で終電が際どい時間でしたが、楽しい時間だったので敢えて残っていましたが、あの様な終わりになり別れ際は気分が悪かったです。」

そう返信すると

「東京の人の終電はもっと遅いと思っていました…」

と、叱られた子供の様な返事が来た。
それに加えて

「3月6日は無しの方向で良いですか?そんな流れかと思ったので…」

と言われてしまった。
私は合コンの様な形ではなく、2人きりでもっと話がしたいと思っていた。
けれどそれを伝えた所「3月は仕事も忙しく、試験勉強のプレッシャーもあるので…」と、遠回しに断られてしまった。

終始「…」が多く、私としてもイライラを感じざるを得ないやり取りだった。
女子に駄目出しされて逃げ出すとかおじさんメンタル弱過ぎでしょと、私も諦める他なかった。

ここまでへこまれてしまったら、こちらももう手を差し伸べる事も出来ない。彼は今まで結婚を選ばなかったのではなく、結婚出来なったのだと内心思いながら3月6日のスケジュールを白紙に戻した。

恋のリハビリはまだまだ続きそうだ。

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