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「別に特別だなんて感じない。」と言われた話

「別に特別だなんて感じない。」と言われたのは2回目だった。




話すと長いが彼の母親は地球の裏側にいる。

5歳の時に彼と父親と姉を残して故郷に帰ったらしい。

社会主義国のその国へ私は2年前の2019年に1人旅へ行く事にした。

理由は様々だが、死ぬまでに行きたいリストのひとつであった事、独身の今でしか行けないと感じた事に加えて、彼のルーツである国を直接目で見て肌で感じてみたいと言った好奇心も2割くらいあったと思う。

彼は母親とは疎遠ではあるが年に数回電話のやり取りをしている。

その国へ行くと決まった時、社会主義国のシステム上仕送りが出来ないから彼の代わりに母親に現金を渡して欲しいと頼まれた。

彼は今も母親を恨んでいるが、現地で会ったお母さんは彼を愛しているのが話していて分かったし、彼の最近の写真を見せると目尻を細くして笑っていた。

帰国して彼の母親から預かったお土産を彼に渡し、お母さんと一緒に撮った写真を見せたりした。

10月半ばにになると「今日お母さんのお誕生日だから電話してあげて。」と話したりした。




その言葉を彼から初めて言われたのは去年の夏だった。

ある夏の日、彼の取引先の方が亡くなりお通夜の後に会う事になった。

塩をまいていつものバーで冷たいビールを飲む。

人の命の儚さやお互いの両親の健康について語るうちに彼の母親の話になった。

彼が最後に母親に会ったのは6年前、父親と2人でその国に訪れた時だった。

父親にはいまだに秘密にしているが、母親は故郷で新しい家族を作り暮らしている事を知ってしまったらしい。

「お母さん、また会いたがってたよ。コロナがあけたら、お父さんが元気なうちにまた会えると良いね。」

と私が言うと

「俺は許してないよ。姉貴からは『女なんて信用するな』って小さい頃から言われてたしね。おとちゃんがあの国で母親と会った事だって、別に特別だなんて感じてない。」

と返されてしまった。

当時は「女なんて信じていない。」宣言か、はたまた「自分の母親は皆んなが思う様な存在ではないから、会ったくらいで調子に乗るなよ。」とか、そんな意味なのかなと思っていた。

その後の会話は覚えていないが、何だか切なくなって何も言えずに話題を変えた気がする。

蒸し暑い夜だった事は覚えている。

よく分からないけど、彼にとって特別な存在にいつかなれたら良いなとその時は漠然と思った。




それから1年以上経った先週の日のとある会話。

4軒目に行き、酔っ払って話していたので、なぜその話題になったのかも忘れてしまった。

彼は酔っていると面白いが、シラフだとあまり饒舌に話さないと言った内容をバーテンと常連さんと話していた。

その時私が何か気の触る事を言ってしまったんだろう。恐らく普段から思っている事を。きっと「いつも2人でいると会話全くないよねー。」と嬉しそうに彼女面して話したのだろうか。彼にとっては数いる女の中のひとりなのに。

すると彼がこう応えたシーンだけは今でもしっかり覚えている。



「だからって別に特別だなんて感じてない。無言の時間が居心地が良いとか、ないよ。」


私はそこで酔いが覚めてしまった。

既視感のある光景だった。

また同じ事を言われてしまった。

どう言って良いか分からず、ただニコニコしながら心の中で泣いた。

いつの間にか他の話題になり、彼もまた饒舌に話していた。


母親の話をしていた時は、母親に対しての感情を語っていたと勘違いしていた様だが違った様だ。

私に対して「別に特別じゃないよ」と言われ続けていた。

女を信じない彼に10年経っても変わらない愛を捧げようと、地球の裏側まで行って彼のルーツを知ろうと、コロナにかかった彼を看病しようと、他の女の子のお泊まりセットを見付けて黙っていようと、彼は私の事を特別枠には入れてくれない。

もしも願いが叶うなら、彼の特別になりたいと今は切に思う。


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