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天国へのフライト



ポーンッ


羽田空港を離陸して15分、右手にまだ雪化粧が残っている富士山が見え、食事のサービスをしようとエプロンに着替えていると、突然ベルト着用サインが点灯した。

「揺れる情報なんてありませんでしたよね。満席なのにやんなっちゃう。」

そう先輩に告げると

「今日のキャプテン、コミュニケーション取りづらかったからなぁ…。ごめんね、私ちゃんと聞き出せなくて。」

と先輩は申し訳無さそうに言った。

「いや、先輩は悪くないですよ。危ないんで着席しましょー。私アナウンス入れますね。」


速やかに着席し、ベルト着用サイン点灯のアナウンスを入れる。

運行乗務員、いわゆるパイロットは予め天気図や前便から揺れの情報を手に入れ事前のミーティングで何時頃揺れるかを共有してくれる。
今回は私達にとって予告のない突然の揺れだったが、後から聞いた話によると全国的に厚い雲に覆われており、どの高度でも揺れる1日だったそうだ。

ピーンポーン(キャプテンからのインターフォン)

「こちらコックピット。今揺れない高度探して上昇してるから5分くらい待っててねー」

「キャビン了解しました。」

中途半端に着たエプロンのボタンを直しながら、この後の怒涛のサービスの流れをイメージトレーニングする。
リゾート路線で昼間のフライトなのできっとアルコールのニーズも高いだろう。ワインを沢山カートに用意しよう。
女性も多いからコーヒーや温かい緑茶も出るかもしれない。コーヒーを多目にドリップし、お味噌汁を作成した後に緑茶も入れよう。

運行乗務員は5分と言ったが結局10分経過するまでベルト着用サインは消灯しなかった。

ポーン

ベルト着用サインが消灯し、着るのが途中だったエプロンを着て名札を付ける。

ふと窓の外に目を向けた。

「うわー。先輩…先輩!」

外の景色に圧倒された私はコーヒーをドリップするのも忘れて先輩を窓際に呼び寄せた。

「おとちゃん、どうしたの?」

「窓の外見て下さい。天国ですよ!天国みたいじゃないですか?!」

「え…?何言ってるの? 大丈夫?」

「いやいや、冗談とかじゃないんですって!こんなに空が群青色で、あんなに下の方に雲があって、雲が真っ平らで絨毯みたいで…これって天国ですよね?」

「あー確かに。それよりサービス始めよ!」

「ちぇ。はーい!」

先輩にサラッと流されてしまったが、私は窓の外の景色に圧倒されてしまった。

空の色は綺麗なグラデーション、更に上の方は濃い群青色で、すぐそこは宇宙だった。
雲は遥かはるか下の方にあり、全国的に低気圧に覆われた天候だった事もあり360度白い雲に覆われていた。
それはまるで緩めに泡立てたホイップクリームをケーキの上に一気に流し込んだ様な、シンクに水を貯めてドライアイスを入れた瞬間の様な、足を突っ込んでぐるぐる掻き混ぜたくなる光景だった。

ずっと外を眺めていたい気持ちを抑え満席のお客様へ昼食のサービスを手際良く行った。

サービスを終え、運行乗務員がコーヒーのお代わりが欲しいと言うのでコックピットに入室した。

※コックピットケア=おじさん達の話し相手や食事飲み物のお世話。

「キャプテン失礼しまーす。コーヒーお持ちしました。」

「ありがとー。上昇中突然ベルト着用サイン点灯してごめんね。立ってられた?」

「安全第一ですもんね、大丈夫でしたよ。前は立ってられましたが後ろは厳しかったみたいみたいです。」

※飛行機は比較的前より後ろの方が揺れる傾向にある。

「やっぱそうだよね。下の雲見える?あそこ通る時また同じ揺れがあるからまたベルト着用サイン点けるね。」

「承知しました。…あのー…今日、天国感凄くないですか?」

「天国感?」

「富士山越えて上昇して外見たら天国みたいでびっくりしました!」

「あー今日は下の方はどこも揺れるから43,000フィート(13,100m)まで上がって来たからね。すぐそこが宇宙みたいに感じるよね。」

※飛行機の飛行高度は43,000フィートが最高である。

「43,000フィート!凄い!通りで空が群青色なんですねー。」

「楽しんで貰えて光栄です。」

「こちらこそ、素敵な景色をご馳走様でした。」

「帰りは揺れない高度を選ぶね〜。」

束の間の43,000フィートの景色をコックピットから堪能した。

私の天国アンテナもあながち間違っていなかった。

忙しい1日だったが天国の景色を楽しめて得をした気分だった。

空の旅をする際には窓側に座り、天国を探してみて欲しい。

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