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首に手形状のあざが出来た話

ホラーではありません。いつもの彼との恋愛話。


寝起きに洗面所で鏡を見たら、前夜飲み過ぎたお酒のせいなのか、花粉のせいのか、目が腫れていた。

昨夜は2時くらいまで飲んでいただろうか。

大きな地震が予兆もなく日本を襲い、誰もが11年前の悪夢を頭によぎらせた瞬間だった。

その時私は片思い12年目に突入した彼と西麻布のバーにいた。

立食で飲んでいた他のグループは大きな揺れに気付かず、楽しく喋りながら飲み続けていた。

カウンターで飲んでいた彼が「地震だよー!気を付けて」と声を掛けてやっと会話が途切れ静かになった。

飲んでいた赤ワインを左手に強く握り、身体の右半分を彼の左側面にぴったりくっつけて揺れが収まるのを待った。

バーテンはテレビを付けて地震情報や津波注意報をチェックする。

暫くすると立食パーティーをしていたグループは散り散りとなり、カウンターで飲んでいた友人の数人は西麻布周辺をパトロールしに消えて行った。

パトロール隊から「〇〇のキャバクラは停電しながらも営業している」「△△のキャバクラは通常営業している」と、どうでも良い情報を得た友人達がまた西麻布の暗闇に消えて行った。

こう言った夜遊びは彼の日常なんだろうなと予感しつつ、この夜だけは一緒の時間を楽しもうと思い考えるのをやめた。

余震の不安もあったが、0時の時点で随分飲んでいたし、寝不足もあり私は早く彼の家に帰ってゆっくりセックスをして就寝したかった。

そこに彼の友人から入った情報によると、マンションのエレベーターが止まっているとの事だった。

「どうする?」

「犬もいるし、結構飲んでるし、動くまで待ちたいよね…」

意見が一致して赤ワインをもう一杯、更にもう一杯と飲んだ。



昨夜の記憶を段々と思い出しながら手を洗いコンタクトレンズを入れようと、鏡裏を開けて誰のものだか分からないコンタクト液を取り出す。

いつもある誰のものだか分からないお泊まり用の化粧水セットは無くなり、2つあったコンタクト液は1つに減っていた。

諦めて持って帰ったのか、彼が捨てたのか、来る頻度が高くて使い切ったのかは不明だが、朝の目覚めが不快な物にならずに済んだ。

他人のコンタクト液を平然と使える自分の神経の図太さに呆れるが、水道水を使って目の痛みを耐えるよりはましだと思う。

視界がクリアになって鏡に映った全裸の自分の姿を見て、自分の目を疑った。

首に手形状のあざが出来ていた。

髪の毛をあげて確認すると、左耳下から右耳下に掛けてはっきりと赤いあざが出来ていた。

これはまずいぞ。と思いながらベッドに戻る。

昨夜のセックスで彼が私の首を絞めた事は覚えていたが、あざになる程の力加減だったとは気付かなかった。

相変わらず彼の前戯はなく、私の前戯から始まり短くて激しいセックスだった。

彼が私の首を絞めるようになったのは7年くらい前の事だった。

驚きながらも受け入れてしまったが、今までそんなプレイを予告なくされた事がなかったので戸惑った。

1年後、彼と性癖の話をした時にここぞとばかりに聞いてみた。

「〇〇さんはさ、セックス中に首絞めるのが好きなの?」

「えっ?俺、おとちゃんの首絞めてるの?」

「えっ?」

「えっ?」

爆笑してしまった。

この1年悩んでいた時間は何だったんだろう。

「うん、たまに絞めて来るよ。最初びっくりしたよ。髪の毛引っ張られてお尻叩かれた時もびっくりしたよ。」

「え?そんな酷い事してるの?笑」

「私だから良いけど、びっくりされちゃうよ。」

「気を付けるわ。」

「でもちょっと良いなって思った。悪くないよ。」

「じゃあまたするね。」

セックスの反省会はやはり必要だとその時感じた。

力加減について今回も反省会をしなければならない。

ベッドに戻って彼の背中に身体と顔ををピッタリくっつけて鼓動を感じる。

「ねぇ〇〇さん。首に〇〇さんの手形状のあざが出来てる。昨日の力が強かったみたい。」

「えっ?まじ?ごめんね。大丈夫?」

「うん、大丈夫。」

彼の背中越しに白い壁を見つめながら色々考える。

いつも彼の背中を抱きながら過ごす酔い覚めのこの時間が永遠に続けば良いのにと思う。

この大好きな気持ちを目の前の人に伝える術が見付からない。

何年も何年も「好きだよ」「会いたいよ」と言葉にして来たが、自分の気持ちはそんな薄っぺらい言葉では足りないのだ。

彼に首を絞められて死ねるのなら本望だ。

うん、その表現が今の気分にぴったりだなと感じた。

けれど、その言葉を口に出してしまったらいけない気がして心の中で呟いた。


日に日に赤色から青色に変化していく彼の手形状のあざですら愛おしい。

あざに自分の左手を重ねて彼の事を思い出す。

明日の仕事はスカーフを太めに巻こう。



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