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穏やかな気持ちで瞼を閉じる

生き物は、産まれた時から終着駅に向かって歩いている。
穏やかで気持ちよく過ごして、それまでの時間を大切に生きて欲しい。
人生の幕引きには色んな形があっていいと教えてくれた、在宅で出会った方たちと訪問看護師のお話です。

Dさんは90歳代の女性です。大きな病気をすることがなかったので、病名は廃用症候群と認知症です。

4か月前に自宅の駐車場で転んで、胸と股関節が痛いので整形外科を受診しました。結果は骨折でしたが保存的治療を選びました。

元来自分で生活の管理ができていて、薬の管理も自分で行っていたDさんは、痛みでトイレに歩くことなどの日常生活動作が難しくなって、ベッドで過ごすようになりました。食事も少なくなって、体調が整いません。

ベッドから自然に足が落ちてしまう時間が長いようです。
足先の皮膚は血流が悪くなって青くむくみ、皮膚から水が染み出て手当を必要としていました。

そこで、体調の確認や皮膚の手当、療養環境の整備が目的で、ケアマネから訪問看護の依頼がありました。

家族は通院が大変になったので、医師や看護師の訪問を希望しているとのことでした。

Dさんは、80歳台の間は自動車の運転をしていて、習字、短歌、舞踊、読書などの趣味を仲間と続けていました。今通っているデイサービスは、送迎をしてもらって出かけることに抵抗があって、すぐに利用には至らなかったそうです。
息子さん夫婦、孫と暮らしていて、お嫁さんは仕事に出ているので、主介護者は息子さんです。息子さんは地域の活動をしながら介護をしていました。

初回の往診の時間にケアマネ、訪問介護のヘルパー、私たち訪問看護師も集いました。
部屋の中央に介護ベッドが置かれ、ベッドを置くために隅に移動したであろう棚の上に猫いて、私達の様子をじっと見ています。

Cさんは頭側を起こしたベッドに座って、趣味のことを聞くと「着物で踊りをしましたよ。仲間もいてね」、体調を聞くと「お腹が空かないから、あんまり食べたくないですね」と応えてくれます。話は尽きず、体調以外のこともたくさん話してくれますが、元気な声とは裏腹に血圧は100代で体温計は32.0代、血中酸素濃度はエラーになって測れません。

検温した看護師は目を疑い、医師と顔を見合わせました。
見た目より、状況は深刻だということです。

確かに皮膚がむくんで水を含んだ体は冷たく、冬で室温も低めでした。お嫁さんと相談して、エアコンの温度設定を上げて水が染み出ている足の皮膚を一緒に手当しました。


往診が終わって、そのままリビングに移動してサービス担当者会議が開かれました。
ケアマネから、息子さんが地域の仕事を今まで通り続けられるようデイサービスを続けることや、デイサービス以外の日は、訪問介護と訪問看護を利用する提案がありました。

先ほどのCさんの深刻な状態から聞いておかなければいけないことがあります。
私たち看護師は、家族の想いを聞きました。

息子さんは「父親は施設に入所して間もなく病状が悪くなって、病院受診を勧められた矢先に亡くなった。本人の親も病院でちゃんと看てもらえず亡くなっている。母親は最後まで家にいたいと言っているから、家で看るつもり」と話しました。
施設や病院に対する思いは否定的で、在宅看取りを希望していることがわかりました。

        *

翌日はデイサービスに行きましたが、体温32.0°台、血圧は90台で帰宅することになりました。

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翌日の訪問看護では、頷いて体の向きを変えたりする協力動作はありますが、終始眼を閉じて言葉は少なく、明らかに前回会った時と違う状態でした。

息子さんは出かけていたので、お嫁さんに今の状態をどう感じているか聞いてみました。

お嫁さんは「夫は『縁起でもない』って言うけど、悪くなっていると思う。慌てちゃう」と話しました。

しっかり者のCさんは自分のことは自分でできていたので、食卓を囲んだ後に部屋に入ると声をかけることもなかったのが日常だったのだそうです。

転んでからというもの、お嫁さんが食事を部屋に運んで、おむつを変えていましたが、そのことに抵抗があったそうです。それはCさんに抵抗があるとお嫁さんが感じていたからで、急に関わり方を変えることになって、お互い気持ちが付いていかなかったのではないでしょうか。

そうはいっても、Cさんの様子は待ってはもらえない状況です。

これからのことも説明したいので、息子さんに連絡を入れましたが、応答がありません。

お嫁さんに、今 起こっている変化に、できることを提案して、変化があった時の連絡方法を確認しました。
息子さんには、説明した内容が書かれた看取りのパンフレットを置いてきました。
私たち看護師は、残り少ない時間を生きているCさんと、息子さん夫婦が一緒に歩んで欲しいのです。

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翌朝「おばあさんの様子が違う」とお嫁さんから連絡があり臨時訪問しました。
看護師が家に着いて、車を停めていたら息子さんが家から出てきました。
車の窓を開けた看護師に「さっき、逝っちゃったよ」と。

主治医に連絡後、最期に着てもらう服をお嫁さんと探しました。
この時 平日の朝、始業時間でしたので、今日の予定の訪問があります。事務所と電話でやり取りして、別の看護師と交代です。

趣味の集まりで着物を着ることが多かったCさんです。和ダンスにある着物は手入れもCさんが一人でしていて、お嫁さんはどれがいいのか決めかねました。
悩んで悩んで、やっとの思いで選んで、最期の身支度をしました。

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後日、グリーフケアに伺い、見返り美人のような立ち姿の素敵な遺影に焼香させて頂きました。

グリーフケアとは、遺族の死別後の悲嘆の援助のことです。
訪問看護師が、大切な人生の一部を一緒に過ごした者として、Cさんや家族の頑張りを振り返る時間になります。遺影を前に、遺族と話をすると亡くなった方が聞いてくれているように思うので、なるべく納骨前に訪問します。


息子さんの言葉です。

どんな時も手を抜かず一生懸命で、孫に寄り添い、温かく導いてくれたおかげで、皆おばあちゃん子に育った。母親の支えなくして平穏な暮らしは成り立たなかった。

家族の願い通り自宅で過ごすことができたのは、多くの方々の力添えがあったから。家にいたから可愛がっていた猫と安心して過ごせた。

すっと静かに水が引くように息をひきとったのは、きっと本人も穏やかな気持ちで瞼をとじたのだと思う。あちらで待つ父と仲良く過ごしてほしい。


短い関わりの中でも、家族が大切な人の死を受け止めてくれたことに私たち看護師はホッとして、Cさんとの出会いに感謝しました。


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