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家族からかけられる言葉

生き物は、産まれた時から終着駅に向かって歩いている。
穏やかで気持ちよく過ごして、それまでの時間を大切に生きて欲しい。
人生の幕引きには色んな形があっていいと教えてくれた、在宅で出会った方たちと訪問看護師のお話です。

Dさんは80歳代男性です。食道癌の診断がされていて、2年前に腎機能低下で精密検をしたら多発性リンパ節、肺、骨転移がわかりました。
放射線治療もしましたが、半年続けたところで骨転移からくる腕と足の痛みが強くて、食欲も落ちてしまいました。

痛みのコントロールと栄養状態改善の目的で総合病院に入院しました。入院中は骨転移の痛みに対して、疼痛緩和目的の放射線治療をしました。痛み止めの薬は、せん妄やうつ状態、意識低下が出てしまうため、屯用の座薬を使うことになって退院しました。

Dさんは隣市で生まれ育ち、家業を手伝ったのちに結婚後は独立して現住所に住んでいました。65歳まで仕事をしていたそうです。奥さんと長男と暮らしていて、昼間は息子さんが仕事なので、奥さんと二人きりです。入院前から近くに住んでいる娘さんと、次男さんが協力的にかかわってくれていました。

奥さんは、実兄と姉の介護を経験していたためか「本人が家に帰る事を望んでいるので、できる限りのことはしてあげたい」と在宅療養が決まりました。


ケアマネからの依頼で、退院前カンファレンスを経て、私たち訪問看護師は退院日に家に伺いました。

Dさんは入院中から酸素吸入をしていて、在宅酸素を使うことになっていました。管理方法を奥さんと確認をして、私たち看護師が訪問する時も一緒に作動状況をみることになりました。

Dさんは呼吸が苦しいと言うことはないものの、肩を使う努力様呼吸をしていました。肺の音は両肺とも聴診器で雑音が聴こえます。

声をかければ目を開けて、痛みを聞いても首を横に振り「無い」と答えます。手当が終わると「ご苦労様」と私たち看護師に声をかけてくれました。

話はできますが決していい状態ではありません。退院日が初日の往診になった かかりつけ医も同じ判断をしました。

奥さんと毎日訪れている娘さんに、今から起こり得る状態が良くないことを伝えられました。

奥さんは「やっと家に帰ってこれたのだから、家で看たい」と話しました。私たち看護師は困った時の連絡方法を確認しました。

        *

退院して初めての週末に「痰がからんで苦しそう」と訪問依頼の電話を受けて、私たち看護師は臨時訪問しました。

退院日から更に意識状態は悪くなっていて、声をかけても反応はなく目を閉じていて、体を余り動かしません。努力様呼吸と右肺の雑音が明らかで、訪問して数分の間に呼吸が変化しました。

残された時間は本当に少ないことが予測されました。

そこで、一人で対応していた奥さんに長男さん達を呼ぶように伝えました。奥さんと長男さんが声をかける中、呼吸が止まりました。

連絡を受けて娘さん家族と次男さんもすぐに到着しました。

次男さんは永遠の眠りについたお父さんに「家に帰ってこれて良かったな」「よく頑張ったな」と声をかけました。

次男さんが落ち着いて静かに優しい言葉をかけていて驚きましたが、伴侶を亡くしていると聞いて納得しました。

最後の大仕事を終えたお父さんにかけられた家族からの言葉は本当に優しさにあふれていました。
自らが経験した大きな喪失から得られた優しさに、私たち看護師も心が温かくなりました。

最後にかけられた言葉が、その方の生きざまを肯定してくれるように感じたのでした。


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