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大切にしたい想い ~母と娘~

90歳代女性は、食事量が減って熱も出て、近くの開業医の往診を受けました。原因の精査と入院治療を検討するために総合病院を紹介受診して、入院になりました。
ところが、症状は加齢に伴うものでした。
介助で嚥下食を食べるようになり、療養病院の転院を経て退院が決まりました。
体の状態は、ベッドに寝たきりで、食事、排泄、入浴などの生活動作全てが全介助です。

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彼女には70歳代と60歳代の子供がいて、旦那さんはすでに他界しています。同じ敷地に、上の娘さん家族の家と、彼女と下の娘さんが暮らす家が並んで建っています。
私たち看護師は、退院した数日後の昼過ぎに伺いました。
駐車場に近い勝手口からお邪魔して、体調確認や皮膚のチェック、便秘の対応などのケアをします。
介護保険の利用は、昼間は訪問看護と訪問入浴を別の曜日に利用して、朝と夕方は訪問介護という予定です。

娘さんたちは、お母さんのおむつ交換を苦痛に感じているとケアマネから聞いていました。

同じ思いの家族は他にもありました。
その方は代々議員さんの家庭で、お姑さんのポータブルトイレを片付けることに抵抗があって、それだけは手伝えないというお嫁さんでした。

本人にとっては、見せたくない姿だと思うと、下の世話を家族が苦痛に感じることがあります。

それも、その方や介護する家族の大切にしたい想いだと思います。
ケアマネは想いを汲んで、介護保険の利用でおむつ交換ができるように予定を組みました。

下の娘さんは、食事や着替えを手伝い、上の娘さんは、妹に頼まれると食事介助のために隣の家から来てくれます。
この方の場合、食事を3食、口に運ぶことがなかなかの介護量です。作る手間を考えて、市販の介護食を購入し、不足する栄養は、高カロリーゼリーで補食しました。
脱水による熱が出ることを予防するため、私たち看護師は、外気温に合わせて室温調整することや、気温が高い日は、トロミを付けた水分を増やすことを勧めました。

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オムツの漏れによる寝具の汚れや、むれで背中に皮膚トラブルが起こりました。
吸水量の多いオムツを提案して、パットの使い方を検討しました。

一晩でも皮膚の環境が悪いとトラブルは起こります

今日できることから始めなければ皮膚の治りが遅くなります。
パットの交換回数を増やすことが、今できる対応と考えました。
夕方のヘルパーさんが吸収量2000㏄の上に400㏄のパットを重ねて当てて、娘さんが寝る前に400㏄のパットを抜くことになりました。

娘さんは、お母さんのために受け入れられる範囲のことをしてくれました。

便秘があるので、娘さんが夜に下剤を与えて、薬の力で下がってきた分を翌日の訪問看護でお手当します。
苦痛の少ない方法です。
1週間出ない時は、私たちの訪問頻度を増やすことを、娘さんやケアマネに提案しました。
娘さんは、下剤を与えることに加えて、お母さんのお腹を温めるようになりました。
週2回の訪問看護と、娘さんの頑張りで、お腹が整うようになりましました。

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訪問入浴で定期的に全身をきれいにして、ヘルパーや看護師が部分的に体を拭いて、皮膚を保護するためのワセリンはそれぞれ関わる人が塗りました。皮膚トラブルが悪化することはありませんでした。

彼女はベッドに寝ていると背中が曲がっている分、自然に少し体が起き上がっています。
ケアが終わると、視線が合って、にっこり表情良く頷くことや「ありがとう」を言う日がありました。
幻覚がありましたが、娘さんが否定せず、話を上手に聞いて、声を掛けるので、彼女が興奮や混乱することはありません。

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熱が出て、眠る時間が増えて、食事は30分以上時間がかかるようになってきました。
夜起きて昼に眠る逆転状態になり、その頃には、関節が固く、背中の曲がりが強くなって、肘や膝を伸ばすことが難しくなっていました。
程なく、呼吸が変わってきて、手足の冷たさや皮膚色が悪くなりますが、娘さんがマッサージをすると良くなりました。

そのような状態でも、名前を呼ぶと頷いて答え、目を開けたり、手をふったり、横を向く時は柵をつかむ協力動作もありました。

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そして、食事や水分が飲み込めない事が増えていきました。
主介護者である下の娘さんは「食事を飲み込まなくなったから、もう危ないと思う。看取りのことを考えたら涙が出た」と看護師に打ち明けてくれました。

娘さんが受け入れられるまでの時間を、お母さんは頑張って生きて、待っているのだと思いました。

娘さんたちと、呼吸の変化や皮膚色の様子から、看取りが近い段階であることを共有して、これから起こる変化や状態を伝え、看護師への連絡方法を再確認しました。

娘さんの心の準備ができた日に、彼女は旅立ちました。


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