見出し画像

秋の尾瀬を歩いた記録【2022年秋】

「夏が来たら思い出す場所」→「遙かな尾瀬」
というのは、日本人の遺伝子に刻み込まれている自動再生機能である。

かくいう私も、幼女時代より「はるかなおじぇ〜」と阿呆面で大合唱をしていたのだが、いかんせん尾瀬を知らん人生だ。情緒もへったくれもない。
尾瀬という場所が群馬県・新潟県・福島県の県境に位置する湿地帯であり、至仏山と燧ヶ岳という名峰の双璧に挟まれている場所だということも、何一つ知らないで歌っていたのだ。

「尾瀬を歩くことなく、なぁにが『夏の思い出』じゃ」
と思い立ったが28の初夏。天候と人出(人が多い場所が苦手)、仕事の都合を合わせていたらすっかり秋になってしまった。
まあよい、とにかく行くのだ。意気揚々と夜行バスに乗り込み、いざゆかん尾瀬の路。


【1日目・雨】鳩待峠〜見晴+お散歩

バスを降りるや否や、もうガスガスなのだ

それはもう雨なのである。視界は百点満点のガス、霧雨〜小雨が降りしきる。それはもう笑ってしまうほどに。
しかし我々パーティーは(今回は2人)は、一切口元に笑みを浮かべることなく、夜行バス上がりの気怠い体を引きずりながら、黙々とレインウェアを取り出し、ザックカバーを装着し、午前6時に看板「国立公園 尾瀬」の向こう側へと歩き出した。

遙かな尾瀬も、今は遠く

今回の山行は2泊3日、両日とも山小屋泊を予定していた。1日目は尾瀬ヶ原トレッキング、2日目は尾瀬沼周辺をトレッキング、3日目は至仏山登山と、比較的欲張りなプランなのである。(山行計画を立ててくださったのは、同行者の先輩。本当にありがとうございました…!!)

「夜行バスで体はグダグダだろうし、雨だし、1日目はゆるめにいきましょう」
という先輩の言葉にどれだけ救われただろう。
十二分に水分を吸った木道はつるっつるに滑るし、雨は止まないし、大荷物になぜかパンク修理キットを封入しているし。心頭滅却の気分で見晴地区の山小屋へ駒を進めた。

鳩待峠を出発し、山の鼻、牛首分岐、竜宮十字路を経由し見晴地区へ。もし晴れていたら、鳩待峠から東峰の稜線歩きを楽しみつつ見晴地区を目指す予定だった。だが、天候と人生はいつもうまくいかない。

あんらま〜〜!素敵な山小屋でござんして!

6時に鳩待峠を出発し、この日の宿「桧枝岐小屋(ひのえまたごや)」へ到着したのが9時過ぎごろ。おおよそ3時間の歩行だった。
小屋の玄関に入ると「お疲れさまでした〜」の声が。日常生活であれば朝9時に「お疲れさま」というのはちょいと早いが、この日に限ってはピタリとくる言葉であった。
それにしても豪勢な山小屋だ。灯油ストーブのほっとするような独特の香りと、柔らかくきしむ木造の廊下が、心を柔らかくする。
部屋に辿り着いた瞬間にレインウェアを干し、諸々を脱ぎ捨て、安寧の昼寝へ堕ちていった。

13時頃に目覚め、せっかくだからと尾瀬ヶ原のお散歩へ出かけた。
竜宮十字路の北西には「ヨッピ川」という、酔っ払いが3軒目で名付けたような一級河川がある。
そしてこの川に架かるのが、「ヨッピ吊り橋」なる定員10名の橋。吊り橋+定員ありと聞けば、ハラハラドキドキ☆恋の吊り橋効果! などと叫びたくなるが、かなり剛健な作りで一切肝が冷えるイベントは発生しなかった。

11人目に渡るときは、ここで待ちましょう

雨が降りしきるが、これも旅情があり良いのではと感じ始めた午後2時。秋の尾瀬は草紅葉が美しく、緑から黄色、橙色の彩りが一面に鎮座している。

竜宮十字路付近で見つけた「ちいさい秋」

16時には山小屋へ戻り、あたたか〜い湯船で思う存分耽美な溜め息を漏らし、夕飯をば。目を疑うほど豪勢な夕飯で、これが「尾瀬またの名を山小屋リゾートか…」と頷いてしまった。

すべて至高。特に左奥の豚肉の糀漬けが大変おいしゅうござんした

我がパーティーは無類の酒好きでもあるので、夕食後は談話室でワインを飲む。桧枝岐小屋オリジナルの水芭蕉ワイン。チータラと合うのだ、これが。

疲れた体にワインが直接染みこんでいく、たまらんな

最悪なことに、翌日は台風が東海地方〜関東地方に最接近するという予報が出ていた。天気予報を分析しつつ、山小屋の旦那にも諸々聞いた結果、気象を観察しつつ無理のない範囲で歩こうという結論に。
21時には就寝。バタンキューでござった。

<1日目の記録>
行動時間:5時間くらい
歩行距離:15kmくらい
up:42m
down:216m

amagi_1029(筆者)の山行記録|ヤマレコ

【2日目・雨】尾瀬沼周遊

6時直前で飛び起きる。何一つ準備ができていないのに、長々と惰眠を貪っていた。焦りながら朝食をもぐもぐと高速で咀嚼し(とても豪華で美味しかった)、荷物をまとめた。
2日目は連泊の予約が取れなかったため、向かいの尾瀬小屋へと宿を変え尾瀬沼をトレッキングする。大荷物をデポできるので身軽に動け、大変助かった。

見晴地区を出発し、一路東へ。白砂峠を経由して尾瀬沼をぐるりと時計回りに回って来た道を戻るのがこの日の予定だ。おおよそ17kmの行程で、アップダウンも峠越えくらいしかない。

肝心の天候はそこまで悪くなく、昼過ぎには雨も上がるだろうという予報だった。この日は黙々と歩いた。木道で滑らないようにソロソロと、いくつもの小さな湿地帯や池塘(ちとう)を経由し尾瀬沼へ到着。

(左)名物・トチの実大福。みたらし風味の餅が沁みる。コーヒーとも相性◎

長蔵小屋で大福とコーヒーで息を吹き返し、尾瀬沼山荘で山菜そばを食べる頃には時折晴れ間も顔を出していた。

尾瀬沼山荘のカレー広告。「大からいの」

尾瀬沼からの燧ヶ岳の山影を密かに楽しみにしていたが、生憎白む空に溶け込んでしまっていた。沼は「しとやか」という言葉がしっくりくるような佇みで、言い知れぬ情緒があった。雨天ということもあり、人も少なくて非常によい。

なぜだか雨のトレッキングばかりの人生だが、音やかおり、湿度を含んだ空気が心地良く、雨の日の森は好きだ。

足を止めて、ひと呼吸

この日のレコードは歩行時間8時間18分、歩行距離17.5km、up417m。淡々と平坦な道を歩いた印象だ。

距離はそこそこあるが、高低差が少ないので歩けるぞ

<2日目の記録>
行動時間:8時間18分
歩行距離:17.5km
up:471m

amagi_1029(筆者)の山行記録|ヤマレコ

2日目の宿「尾瀬小屋」はクレジットカードが使える垢抜けた山小屋で、夕飯のメニューが町の洋食屋にある「本日のスペシャルメニュー」以外の何ものでもなかった。つまり贅の極み。
煮込みハンバーグにポテサラ、イカスミコロッケ、ロールキャベツ……大・大・大ごちそうじゃあないか〜!!

きみはこれが山小屋飯だと思えるか?

しかもテラスではワインが飲める。1杯500円のグラスワインを片手に、湿地を眺めてのんびりと時間を過ごす。これ以上の贅沢があるだろうか……。

輸血

乾燥室にすべてを干し、風呂に入り、酒と飯で満たされた私にはもうやることがない。20時には就寝。さすがに早いと、暗闇の中で先輩とあれこれ山小屋話をしていたら睡魔が襲ってきた。寝よう。
明日は、久々の晴れ予報だし。歩かなきゃ。

【3日目・霧のち晴】見晴〜至仏山〜鳩待峠

「ねえ、ガスじゃん!!一面のガスじゃないの!!!」
心の中で私はのたうちまわっていた。この日こそ、教科書で見たような「The 尾瀬」の景色が広がっていると思っていたのに。神様ったら〜!

ちょっと前にやったゲーム「INSIDE」の冒頭みたい

「陽が昇ったら霧も晴れますよ」
と山小屋のお姉さんに見送られて、取り急ぎ見晴地区から山の鼻へ向かう我々。7時半を過ぎた頃だろうか、ようやく視界に変化が……。

あ、あれってもしかしてMt.SHIBUTSU!?

一瞬の出来事だった。
霧なのか雲なのか、今まで目の前に淀んでいた白いガスが駆け抜けるようにどこかへ去って行った。向こうから山の端が姿を現し、青空とともに目の前に現れたのだった。
「あっ…あっ、至仏山!」と、咄嗟の出来事に弱い人間らしい言動を繰り返し、私は小躍りした。

4日ぶりの晴れに踊るひょうきん者と化する筆者

湿地帯トレッキングに関しては、やはり晴れが大勝利なのである。青空を反射する池塘は、鏡のように美しい。

ハスの仲間の植物も紅葉しつつある

改めて、尾瀬は秋を迎えていた。太陽に照らされると、黄色に、赤に紅葉した植物の色彩が引き立つのだ。これが夏を経て、冬に向かう手前の尾瀬。

逆さ燧ヶ岳。感激だ

快晴の尾瀬ヶ原に後ろ髪を引かれながら、背を向けた。山の鼻で補給と小休憩をし、さあメインディッシュの至仏山登山だ。

地図を見る限り、登山道は等高線に対して垂直に交わっている。となると、直線的にゴリゴリと登っていくに違いない。2時間半、補給地点なしの山道へ3日分の荷物を背負い、挑む。

森林限界を迎えてからが、”最高”の始まり

登山を語ると、人というものは主観的になってしまう。その主観を語るには、酒片手で肉声というのが乙なので、ここでは割愛しよう。
結論からいうと、ほぼコースタイム通りで山頂へ達した。森林限界を超えてからが本番で、脳みそが溶けきってしまうような景色が広がっていた。

山頂ですわ〜

当初は山頂で飯を食べる予定だったが、あまりの人の多さに引いてしまい、もう少し先へ進むことに。至仏山〜小至仏山を経由しつつ稜線歩きを楽しみ、鳩待峠へ下山予定だったため、とりあえず小至仏山を目指した。

至仏山の西壁は岩肌が向きだしの雄々しい様相だ

やはり楽しい稜線歩き。みんなこれがしたくて山に来てるんだよなぁ〜。

天空のハイキングが続く

永遠に稜線を歩きたいなと思った。階段が続く登山は正直あまり面白みを感じない。階段が途絶え、険しい岩肌に這いつくばるように根付く高山植物のわきをへばりつくように登ることが好きなのだと、この登山で学んだ。自分の生態により詳しくなった。これも至仏山のおかげだ。

小至仏山と唱えると脳裏に小清水亜美の名が浮かぶ

小至仏山を越えたあたりの拓けた場所でお昼を食べた。山小屋で購入したおにぎり弁当だったのだが、これがうま〜い!

炊き込みごはんって最強よね

そんなこんなで無事下山。帰りはバスと鈍行列車、新幹線を経由し東京駅に20時に到着するという優等生なスケジューリングに。汗臭い体を早く風呂で清めたいなと思いながらも、山の話をしながら酒を飲む新幹線の時間はもっと長くてもよかったと、文明を恨むのだ。

<3日目の記録>
行動時間:7時間58分
歩行距離:13.5km
up:866m

amagi_1029(筆者)の山行記録|ヤマレコ

山登りをちゃんとはじめようと思う

今回の山行を通じて、「これは山登りというものを、腰を据えてやっていこう」と思った。これまで自転車の延長で、低山等の野山に分け入ったことは度々あったが、1から学ぼうと切に感じた。そして足らない部分の多さを痛感する、反省の多い3日間であったことも改めて記しておきたい。

最終的にはテン泊縦走を目指し少しずつのし上がっていく予定だが、現段階において目の前にある改善事項を自戒のために簡単に印す。

パッキング技術を向上させる

こりゃまあパッキングがヘタだ。指摘されるまでもなく下手。背負いやすさはもちろんだが、取り出しやすさなどを考慮して、次回までに自分の中の正解を作るべく研究と練習をば。

省荷物化

無駄なものを持ちすぎたと思う。そもそも宿泊登山における荷物の考え方がなっていない、ということがよく分かった。帰宅後、家にある参考文献を読み漁ったが、women's PEAKS 2022の「目指せロングトレイル! 山好き女子の軽量化プロジェクト」特集が大変勉強になった。
自身の手持ちギアの重量を測定し、改めて省荷物化・軽量化を図りたい。

下山テクニックを磨く

これがまあ下手で下手で、自分自身にげんなりしてしまった。
下山が怖いのだ。怖いからこそビクビクしてしまい、むしろ危ない。山雑誌や書籍、youtube等で下山のコツを一通り学んで、身近な山で下山の技術向上を図ろうと思う。

レイヤリングの勉強、適切なベースレイヤーの選択

登山におけるレイヤリングは、自転車と違うなと感じた。だからこそ面白い。ベースレイヤーの重要性を再確認した。ベースレイヤーの価格は一般的に高い。だが、それだけの価値があると、山腹や下山時に何度も噛みしめたのだった。
季節や環境に応じた適切なレイヤリング、ベースレイヤーの選択というものを学びたい。これは次回までに必ず。


……という形で、自分よがり尾瀬山行記録を締めることとする。
とはいえ、「夏が来れば思い出す」の伏線は回収できなかった。秋だからだ。そのため、次回は夏に訪れなければならない。そして燧ヶ岳に登らねば。
再訪を心待ちに、季節を歩もうと思う。また来るよ、尾瀬。



この記事が参加している募集

アウトドアをたのしむ