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「辛党」という言葉のはなし

当方、無類の辛党(からとう)である。

辛党という言葉が意味するのは酒好き、すなわち酒飲みということだが、文字面だけだと『辛いものが好き』という意味合いで勘違いされがちだ。
『甘党=甘い物好き』が一般流布しているため、そりゃあ無理はないが、はて正しく酒が好きだと伝えるにはどうすれば良いのだろうか。

『辛党』ということば調査

NHK文化放送局曰く、辛党という言葉の成り立ちはこうである。

「からい」は、古い日本語での中心的な意味は「舌を刺すような鋭い味覚」で、現代の「ぴりぴりする味」だけではなく、「しょっぱい味」や「すっぱい味」についても使われていました。(中略)酒の味についても、「舌を刺すような鋭い味覚」というところから、「アルコール度数が高い」「甘みが少ない」といったことを表すのに「からい」が使われてきています。

参考:カレーが好きな人は「辛党」?|NHK文化放送局

しかしNHK文化放送局が実施したアンケートによると、40歳代以上では従来の意味である「『辛党』=酒好き」という回答が主流であるのに対して、それよりも下の年代では「『辛党』=カレーやキムチ好き」といったような答えが多く寄せられたそうなのだ。

『辛党』ということばトラブル

「ふむ……」
頭を捻る28歳の女がひとり、ぽつねんとカンヅメ部屋にいる。
本来ならば納品すべき原稿を進めるべきだが、しかしながら『辛党』という言葉に対する己のスタンスを決定しなければ、2021年の総決算はおろか、おちおち商業原稿など手に付かない始末なのである。

というのも以前、新しい編集氏に自己紹介する際に
「わたくし辛党ですので、なにとぞよろしう」
との旨の一報をしたのだが、
「あら、辛いものがお好きなのですね! カレーなどお好きでしょうか?」
との返信をいただいた。

うむ、間違いではない。カレーもキムチも中本蒙古タンメンも大好きだ。神保町エチオピアではチキンダルカレー28倍をヘビロテする人間である。そこそこ辛さにも耐性があると自負しているのだが、しかしここで伝えたかった意味は異なる。
ここで「いや、辛党という本来の意味はですねぇ、かくかくしかじかこうこうでありましてデュフ」などとお送りするのは避けたい。
しかしだ、ここで相手がひとつ知識を得るチャンスだと思えば、キチンとお伝えせねば……などという老婆心が疼く。いや疼かんか。

『辛党』ということば考察

言葉というものは生ものだ、という格言もあるが、まさにその通りだと私は思う。
誰が決めたのだか分からない(おそらくは広告代理店の差し金なのだろうが)『流行語大賞』や勝手に生み出されては殺されていった『死語』という存在がある限り、“生もの”という表現はいえて妙である。

『辛党=酒好き』が『=辛いもの好き」という意味に変化をするのは、俯瞰して見ればごく自然な淘汰だと考えられよう。言葉には華美な装飾や小難しい意味合いは不要、ごくシンプルで伝わりやすければ本来の役目は果たしている。
だからこそ「近頃の若者は『辛党』さえ、正しく使えぬものか」と憤るのはナンセンスなのだろうな。

『言葉』という存在考察2021

しかしだ、しかし。
失われる言葉や、意味合いというものはこうロマンというものが溢れてはおらんか。
人に伝えるのではない、胸の内に黙々と秘め、将来的には老後に日の当たる縁側で失われてしまった言葉だけでひとりしりとりという遊びに興じるのもまた良し。老人ホームなどで活字中毒者友達を作り「今は無き言葉カルタ」などを自作してもよろしい。

言葉は財産であり、知識は血となり肉となる。使わぬとも、知り得て愛でることは十二分に豊かな行為ではなかろうか。
ともすれば、私は心の中で生涯にわたり「己は辛党よ」と呟きくたばるのもまたよろしい。

振り返れば、言葉を扱う職業に従事し、早5年が経とうとしている。まあ飽きんのだ。〆切と取材、文字起こし、参考文献にまみれる日々はこうも苦々しく、愉快で、痛快だ。これじゃああっという間に歳を取っちまうな、とぼやく私の顔はゆるんでいると思われる。

読者の皆の衆、来年も互いにたくましくぬるりと耐え忍ぼうぞ。人生とやらを、共に。

2021.12.27 大城実結