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島の名も知らぬ人の家【世界の寝床から】

睡眠は人間のキホンである。
もちろん異論は認める。だが、私にとって睡眠は人生における至高の瞬間であり、何人たりとも立ち入れないプライベートな聖域なのだ。

これは自称・どこでも寝られる特異体質の筆者が、これまで寝てきた多種多様なシチュエーションを振り返る記事シリーズである。

第2回は、とある島の名も知らぬ人の家だ。

嵐の中、野営するのはこりごりだった

大学時代の春休みに、私はひとり南西諸島の島々を渡って沖縄本島を目指していた。
厳密にいえば途中まで仲間と一緒だったが、種子島でロケット打ち上げを見た後、彼らは九州の山々へ、私は島々へ、目的が異なることから現地で別の旅路に就いたのだった。

2月の南西諸島の天候は常にぐずついていた。種子島では持ってくれた天気も、奄美大島では土砂降り。予定の1/3ほどしか走れず悔しさが残った。
だが、無理を通そうとすると、数日前に体験した種子島での豪雨のキャンプのトラウマが蘇る。うーーん、水没はもう勘弁だ。

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天気図と睨めっこしながら、フェリーで次なる島・沖永良部島へ渡ったのだ。

沖永良部島で救世主現る

沖永良部島に渡った瞬間、一か八かの決断が求められた。
まずこの島では旅費を浮かすためキャンプを予定していた。だが、夜にはまた嵐が訪れるという。
その前兆かはわからないが、着港予定の港が急遽変更に。市街地から遠い港に降ろされ、泣く泣く雨の中を輪行解除したばかりのロードバイクで爆走した。

これ以上濡れたくないヨォ……
泣き言も一人旅は飲み下すしかない。おろおろしながら自転車を押し歩きつつ市街地を歩き、ふとおしゃれな雑貨屋へ。

そこで出会ったのだ。救世主と。

この店のご主人が、雨の中を女ひとりで、しかも家出娘のようなパニアバックをつけた自転車を押し歩いている姿に興味を持ってくれたらしい。
大学生であること、沖縄を目指して鹿児島から転々と旅をしていること、雨天の中キャンプしなければならないことを話したら、驚く提案をしてくれた。

それが、ドン──

お店の2階に泊めてくれるというのだ。奥では安室奈美恵に似たお綺麗な奥様が、いいわよと笑顔で頷いている。
藁をもすがる思いだった。ありがとうございますと地に伏す思いで泊めさせていただくことにした。

ふと、人の善意がこわくなった

そして夜。
「私たちは家に帰るから。鍵はこれね」
とご主人からいただき、見知らぬ部屋で1人になった。

うむなんだ、これは。
ふと冷静になり、困惑した。こんな優しい世界がこの世にあるなんて。
……いや、違う。雪女の昔話を思い出してほしい。もしくは山姥でもいい。困っている旅人を助けるふりをして、実は身ぐるみを剥がすつもりなのではないか。そうなれば私はまな板の上の魚。何も勝手のわからぬ知らない家で、なされるがまま。
いやいや、やめろ。そんなわけないだろう。あの安室奈美恵チャンのような愛らしい奥様がそんな。いや、人は見た目で以下略……。

つくづく自分の浅さが嫌になった。暴風がガタガタと窓を打つ。雨音が激しくトタンにぶつかる音がした。
何度も負の堂々巡りをしては、ふと今この瞬間あたたかい布団にいることの幸せを噛み締めた。だが次の瞬間には疑心暗鬼が心に水を差す。気付けば意識が遠のき、眩い朝がやってきた。

それは希望の朝だった

「わははは、なんだそりゃ」
感謝の言葉とともに少しだけ怖かった旨を伝えると、ご主人は大笑いしてくれた。なんでも彼は、この島をさまざまなアクティビティでもっと盛り上げたいと考える、島でも新進気鋭の若手だというのだ。ゆくゆくはゲストハウスをオープンさせたいという夢も語ってくださった。

そりゃあ関東から身一つでやってくる学生には興味を惹かれるだろう。でも来ざるを得ないほど、私の目には沖永良部島が輝いて見えたのだ。

雨上がりの島はとても美しかった。
ましてや屋根と壁がある場所から、その情景を見られるなんて、これ以上ない幸せだ。

ゆっくり伸びをして、私は最高のコンディションで自転車にまたがった。
さて、今日は快晴。全力で島を一周するぞ。

<寝床データ>

種別:屋内睡眠
名称:ありがとう島の人寝床
快眠スコア:★★★★☆(己の心配性が祟ってマイナス1)
備考:本当にありがとうございました。またいつか行きます!次はもっと計画性と金銭的余裕を持って。

追記:

いま調べてみたところ、もしかすると私が宿泊させていただいたこの建物がゲストハウスになっているよう。
ということは、このご夫婦の夢が叶ったのかも?もう少しよく調べてみますね。

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