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自転車キャンプで雷雨に巻き込まれた手記

これは学生時代に書いた手記の一部です。思い出してみると、どうやら我々一行は種子島でのロケット打ち上げを見るべく、自転車にキャンプ道具を積んで旅立ったものの、海岸のキャンプ場で嵐に巻き込まれたのでした。

これはすべてが無事終わったあとの図

轟く雷鳴、海は地獄のように荒れ狂い、テントは水没──
これは昨今流行っている趣味的なキャンプではなく、金がなく時間だけを持て余した学生が無謀に衣食住をチャリに積んだ姿なのでした。

誰にも薦められないし、自慢できない。
けれど、何年経とうが結局ここが原点でして。


夕方すぎ

島の南東に位置する海浜水浴場は荒涼としていた。炊事場はどこか遠くの夏を待ち望んでいるような、そんな雰囲気がした。

深夜

真夜中、「これは死ぬんじゃなかろうか」と本能的に感じた。
雷鳴が轟く中、風の音と海の荒れ狂う音、暴風がテントを乱暴に叩く音が聴覚をいっぱいにする。テントの下からの浸水が、徐々に体温を奪っていった。
「先輩どうしましょうね」と、後輩が不安げに私に声をかける。
「これはなかなか大波乱だね」自身の心臓の音に合わせて、全身の血がドクドクと駆け巡る。
ピシャン、稲妻が走り、一瞬だけ後輩の顔が闇に浮き上がる。数秒後、雷がどこかで落ちた。地が揺れる。

「おーい、大丈夫かあ?」雷鳴後、私たちの緊迫した様子とは裏腹に、のんびりと間延びした声がテントの外から聞こえる。急いでテントの外に這い出すと、ヘッドライトをつけたもう一人の旅の同行人が立っていた。

「これは完全にテント浸水してるね。周りも一応溝掘ったけれど、やっぱり水はけが悪いな」彼はまじまじと現状を分析する。確かにテントは完全に水分を吸いすぎて、ぐにゃりとしている様子だった。
「それより君はどこで寝てたのよ。あまり身体も濡れてないじゃないの」
彼は、へへっと鼻を擦り炊事場を指差した。
「オフシーズンの炊事場のシンクって、ベッドにもなるんだぜ。」
あれは非常に快適だった、後日彼は改めてそう説明した。

その後私たちは、炊事場の屋根の下で身を寄せ合って、暖かいコーヒーをすすっていた。まるで何かの夢のようだった。ぼうっと闇に浮かび上がる青い炎、時々稲妻が走り、互いの姿が闇に浮かび上がる。

意外と明るくなる非常用簡易ライト

コーヒーのにおいや潮と森が溶け込んだ風。そして三人分の鼓動の音が、この夜のすべてだった。
まるで自分が溶け出してなくなってしまうような、そんな不思議な感覚だった。いつもは忌避してしまっているものたちが、今確かな色を持って私の輪郭を溶かしていった。嵐の夜なのに、これ以上ないほど、私は穏やかな心地だった。

「おい、起きろよ。テントもシュラフも全部干すぞ」
その声に起こされて、私はいつに間にか眠りに落ちていたことを知った。目を開いた途端、輪郭線が鮮明な視界が飛び込んでくる。まさに晴天の島の姿があった。
「いやあ、昨晩の嵐が夢のようですね」後輩は欠伸をしながら伸びると、海岸に駆けていく。

立ち上がり、視界に飛び込んできたのは凪いだ海だった。水平線の遠くまで一面が青く、そして静止画のようだった。そよ風が心地よく髪の毛を撫でる。仲間が二人、心地の良い日差しのもと、濡れた荷物を干している。

これが私の旅だ。いかに自分の呼吸を続けていくか、いかに生きようか、純粋に生と向き合える時間。自然の色彩に圧倒され、自身の存在さえも溶け出しそうになってしまう環境。それが私が愛してやまない旅なのだ。

私は瞬間、居ても立っても居られず、気づけば海岸線へ駆け出していた。
がらんどうの炊事場を残して。

そして、無事打ち上げに立ち会えたのでした。

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