見出し画像

三十路OLとスキットルのわくわくライフ

みなさま、こんにちは。果たしてこんな場所に私なんて素人が登場していいのか迷ったけれど、友人のおーしろさんのゴリ推しに負けて、こちらにて露出を失礼いたします。
私は都内某所の比較的大企業に勤めるOL、仮名・山之内さをり(29)と申します。所属はコミュニケーション事業部(つまるところ営業部)で、勤続年数は5年目と、新人から中堅への移行期ただ中におります。とまあ、平易極まりない自己紹介なのですが、今回は私の相棒を皆様に紹介させていただけますと幸いです。ええ、その相棒というのが……こちらですね、

\チョン!/

相棒、お守り、世俗への通行手形

はい、スキットルでございます。
私はスキットルを必ず懐に忍ばせ生活するOLでして、今回はスキットルの素晴らしさに関してみなみなさまに広く周知できればと筆を取った次第です。

【個人的見解】スキットルとはなんぞや

スキットルとはウイスキーといった度数の高い蒸留酒を携帯する小さなボトルです。言ってしまえば、『酒専用の水筒』とでもいいましょうか。今日はステンレスやチタン製のアイテムが多く、形状は薄型で全体が緩やかにカーブしているのが特徴的。ウワサによるとズボンのポケットに入れた時にすっぽりフィットするように作られているのだとか。
主にキャンプや釣りなどを嗜むアウトドア派のみなさまや、戦時下にて兵士さんが愛用しているイメージが強いスキットルですが、いまなぜこうして量産型OLの私が愛用してしまっているのか、改めて一考し、素晴らしきスキットルライフへの橋渡しをさせていただきたく存じます。

しがないOL withスキットルの某日

まず私の日常を端的にご紹介しましょう。弊社は4Q制度の9月期末で回っておりまして、平常月ならば月末に繁忙期を迎えるスケジューリングで動いています。まとめますと下記の通り。

・許せる修羅場
10月・11月・1月・2月・4月・5月・7月・8月
・解せぬ修羅場
12月・3月・6月・9月

3の倍数月は私のみならず事業部内の誰もが人間性をボロボロと失い、デスクの角を間違って蹴れば「死すべし」、隣のデスクが汚ければ「放火すべし」などと、犯罪ドストレートの発言が飛び出すほど世紀末状態へと化すのですから、戦場における死線というものに近いかもしれませんね。
こちらの背景を踏まえた上で、12月中旬の某日をご紹介いたします。

10:00 出社

業務開始時間が10時ですので、9時45分には着席をするように出社します。持って行く荷物はほぼ毎日決まり切っているのですが、ハンカチーフを交換し、ポケットティッシュの残り枚数とスキットル内のお酒の量が十分かを確認し、家を出ます。

11:00 社内にて進行中のプロジェクト会議

この日は午前中に業務報告を兼ねた定例会が小一時間ほど開催されました。今年45歳を迎える事業部長は人間性も業務能力も長けた人格者なのですが、それをやっかむ課長が重箱の隅をつつくような質問を重ね、事業部長への小さな攻撃を続けます。私はまだペーペーの平社員ですので、ここで「てやんでい」などと割って入れば、事業部長にとっての不利益となることは確実。そのため課長の放った無能な一言ひとことを逐一書き留め、いわゆる魚拓をとっているのです。
しかし時折、課長からは許せない暴言が飛び出すこともしばし。私はせり上がった怒りのマグマを押さえ、ジャケットの内ポケットに忍ばせたスキットルを握りしめるのです。金属の塊ながらも、スキットルは手の中で確かな温もりを持ってして、私の感情をなだめてくれます。そしていざとなればこのスキットルを課長の脳天に命中させ、パンチのひとつやふたつ食らわせてやろうと思うのです。

13:00すぎ ランチ

退屈な会議が終わればランチタイムがはじまります。毎日、職場のそばにあるお弁当屋さんで360円の日替わり弁当を購入し、徒歩15分の位置にある少し遠い公園でひとりご飯をいただきます。このお弁当屋さんのお母さんは笑顔がとてもステキな方で、しわしわの手は誰よりも働きもの。「毎日ありがとうね。無理なさらずにねえ」と、笑顔でおつりを返してくれるお母さんの顔を私は直視できません。なぜならモロに彼女の眼差しを食らうと、涙が零れてしまいそうになるから。そんなときもスキットルをぎゅっと握りしめます。口下手な私は「ありがとう」の言葉を伝えられない代わりに、こうして毎日お母さんに僅かではありますがお金を払っています。スキットルだけはきっとこの気持ちを知っているのでしょう。

16:00 午後の業務と給湯室

さて退屈で長い午後が始まりました。人間の集中力というのは限界がありますゆえ、私も16時すぎになれば必ず睡魔に襲われます。そのときは給湯室でブラックコーヒーを淹れ、関節各所を鳴らしながらちびちびとコーヒーを啜ります。
その時間になるとだいたい給湯室で一緒になるのが、エンジニアのSさん。私が言うのもなんですが、Sさんは見た目からして社畜体質で、ナイススティックだけを食べ続けていそうな細々とした体形をしております。「まともな生活をしていないな」と思いつつも、私も昨晩はシムシティで街作りに励んでしまったせいで同じような不健康具合に陥っているわけですから、映し鏡のようだと日々自己反省を重ねるのです。
「山之内さん、寝てます?」
と聞かれ、「はいはい」と答えるのがいつしか日常になりました。私たちはそれ以上のことを聞かずに、コーヒーを飲み終えるとどちらからともなくその場を立ち去るのでした。
かれこれSさんとは半年以上このようなコミュニケーションをとり続けているのですが、最近なぜが胸の奥が筋肉痛のような痛さを孕むようになり、誰もいない給湯室で首を傾げながらまたしてもスキットルを強く握りしめております。

18:30 退社、そして

さて待ちに待ちました退社です。何事もなければ18時から19時の間に退勤するように業務計画を組んでおります。月の半ば頃はどのプロジェクトも炎上することなく、円滑に進行していることが多いですので、私もほっと胸をなで下ろし打刻をいたしました。さあ、ここからは楽しい楽しい夜のはじまりでございます。
会社が入ったビルを飛び出した私は、スマートフォンを確認するような自然な流れで懐のスキレットを取り出し、赤子を扱うように丁寧に蓋をあけ、ゴク、ゴクとウイスキーを飲み下すのです。

「ああ……」

これを恍惚と言わずしてなんといいましょう。熱く燃え上がるような液体が、舌を咽喉を包み込み、ゆっくりと胃の腑さえも犯していくような感覚──これは一種の性的快感とも言えるでしょう。その熱は体温と共に溶けていき、いつしか薫り高さをもってして全身の血を温めるのです。今日もいろいろありました。本当に疲れました。
私の酸いも甘いも苦いもすべて知っている蒸留酒は、どんな酒よりも肌馴染みが良いのです。見渡せば、ここはビジネス街と歓楽街の狭間。素面と酔っ払いが半々の割合で往来しています。ああこれこそ自由なのだと。今やどんな組織や人間関係も、この私を縛りつけることはできません。
いざ、帰路へゆかん、でございます。

現代社会生きるための武器

上記のことをおーしろさんにお話したところ、数回深く頷かれた後「山之内よ……」と、蚊の鳴くような声で呟き、しばらく黙りこくってしまいました。数十秒後、低く、けれどたしかに発された一言は「書いてくれ」というものでした。

「私の観測す限り、この世を生きる女性は何かしら懐忍ばせている。あそこのOLはシルバニアを、そこのOLはハンギョドンを、そして山之内はスキットルを。いってしまえば、護身用の武器なのだよね。精神を守るための、唯一のもの」

友人とはいえ、このようなお話を打ち明けるのは初めてでしたので、どのような反応が返ってくるか不安でいっぱいだった私に、この言葉は優しく口内を滑るウイスキーのような存在となりました。胃の腑に落ちたのちも、オーク樽の香りがふわりと立ち上がるようです。

まずは私の生態を一片ですがご紹介いたしました。
今後は、私がスキットルを掲げる素敵なスポットの数々や、ストロング系缶チューハイ、第三のビールを経て、なぜスキットルに出会ったかなど、しがない酒飲み三十路女の戯言が続く予定です。
細々と筆を進められれば思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。

この記事が参加している募集

ほろ酔い文学