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推し活翻訳8冊目。The Ghost’s Child、勝手に邦題「まぼろしの子」

原題:The Ghost’s Child
原作者:Sonya Hartnett
勝手に邦題:まぼろしの子
 
「真っ暗な空を稲妻が切り裂き、天を衝く大波が地滑りのように崩れ落ちた。もうだめだと思った瞬間、マディーは声を限りにフェザーの名を呼んだ。姿を見せてくれてもいいはず。こんなにも、あなたが欲しいのだから」

概要と感想:
 
一人暮らしの老女マチルダが、冷たい霧の午後、犬の散歩から帰ってくると居間で見知らぬ男の子が待っている。不思議な客人は、訪問の目的も、自分の素性も告げないが、マチルダは、なにごともないように男の子を受け入れる。
 
その子が、部屋に飾ってあった少女と帆船の写真について尋ねたことをきっかけに、マチルダが自らの半生を語り始める。マチルダはかつて、ある答えを求め、小さな帆船を操って、たった一人で海を旅したことがあった。
 
物語は、一気にマチルダの幼少時までさかのぼる。マディー(マチルダ)は、裕福な家の一人娘として生まれた。素直だが内気で傷つきやすく、町の有力者で仕事中心の生き方の父親と、現実的で気分の変わりやすい母親に愛されてはいるが、学校では友だちと言えるような相手はいない。秘密を打ち明けられるのは、空想の友だち「岩女ナーガン」だけだ。心の底では人との関わりを欲していながら、他人に対して踏み出していけない孤独な少女時代を送る。
 
寄宿学校を卒業したての16歳のマディーに、父親が、「世界でいちばん美しいものはなにか」と問い、「海鷲」と答えた娘を世界でいちばん美しいものを探す旅に連れだす。二人は世界中を旅して、大聖堂、モスク、黄金で飾り立てた宮殿といった人間の芸術的才能が生み出す美や、刻々と姿を変える砂丘、地獄の入り口のような火口、灰色の海に向かって行進する氷河といった自然の驚異を目の当たりにする。旅をとおして、マディーは父親の新しい一面に触れ、愛するようになる。
 
旅が終わりに近づいた18歳の誕生日、父親はプレゼントの包みを渡し、再びあの質問をする。マディーは「すべてのものが美しく、比べるようなものではない。なにもかもが一つに融け合ったこの世界ほど美しいものない」と答える。父親は無言で立ち去るが、贈られた手鏡に映る自分を見たマディーは、父の愛と、自分が自分であることの素晴らしさに気づき、自分らしく生きてゆこうと心に誓う。
 
けれど、母親は旅をとおして成長した娘を理解せず、父親も仕事中心の生活に戻ってしまう。結婚相手探しのパーティーに連れだされる現実の生活に息苦しさを感じるマディーは、ある日、ペリカンを抱いて波打ち際に佇む不思議な青年に出会う。
 
マディーは青年をフェザーと呼び、毎日浜辺へ会いに行くようになる。海鳥と話し、住む家もなく、ただ海を眺める美しい野生の生きもののようなフェザーに恋をしたのだ。
 
世界中の美しいもので満たされていたマディーの心には、フェザーしか存在しなくなり、彼こそが世界でいちばん美しいものだと思う。そして、なにかに焦がれるように水平線の彼方を見つめるフェザーが、不意に飛び去ってしまうのではないかと不安に駆られる。
 
フェザーを引き止めておくにはどうしたら——。マディーはそうとは気づかぬまま、美しい生きものをとらえる檻を作り、そして自らも、その虜となる。
               ☆ ★ ☆
 
「ポール・ギャリコの『スノーグース』にも似た、心に深く刻まれる寓話のような物語」
これは、自身もYA作品をはじめ多くの著書を持つリンダ・ニューベリーが、ガーディアン紙に寄せた書評からの抜粋です。

大人のための童話とも言われる『スノーグース』と同様、この小さな物語も愛と喪失と再生が主題。

思春期の少女が感じる孤独や疎外感、美しいものを探して世界中を巡る旅、浜辺で出会った謎の青年との恋と絶望的な別れ、再会のための命を賭した航海、戦争とその傷跡、それらをすべて乗りこえた一人の女性の物語なのですが、
作品の随所にちりばめられた豊かで鮮やかな自然描写や、言葉を話す魚や西風のゼフィラス、クラーケンなど空想上の生きものたちといったファンタジー的な要素が詩的な文体と相まって、深みのある独創的な世界を生みだしています。
 
マチルダの人生は苦悩と困難に満ちていますが、それでもなお、読後に清涼感が残るのは、自らの価値を認め、人生を勇敢に生き抜いた人間の姿が描かれているからでしょう。
 
受賞歴:オーストラリア児童文学図書賞(高学年部門)
    この部門賞は、児童書よりYA作品寄りだと思います。

シドニーの紀伊國屋書店ではっと惹かれた装丁
こっちの装丁も欲しかった!

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